7

 ひゅうと暖かい風が吹く。

 それに乗って校庭の埃が舞い上がった。

 見わたせば、あたりに転がったバイクと、気を失った不良たち。

 気づけば、校舎からのブラスバンドの演奏はとまり、なぜかかわりに軽音部のフラメンコギターがかき鳴らされる。

 よく知らないけど、気分は西部劇?

 もっとも撃ち合いじゃなくて、太極拳とキックボクシングの対決なんだけどね。

 ぶん!

 ものすごい音とともに、そいつの上段回し蹴りがあたしの顔に飛んでくる。

 思わず後ずさってかわした。

 だけどそれで調子にのったのか、敵リーダーは嵐のように蹴りをくりだしてくる。

 前蹴り。ローキック。後ろ回し蹴り。

 あたしはどんどん後ろに下がっていった。

 まずい。

 このままじゃそのうちやられちゃう。

 そう思わせるほど、相手の攻撃はスピーディ、かつ重そうだった。

「がんばれ、美少女仮面」

「負けるな、美少女仮面」

 校舎の方から声援が飛ぶ。

 応援するだけじゃなくて、助けて欲しいんだけど、ほんとは。

 でも、誰もが世紀の熱戦に見とれているのか、そんなことは考えもしないみたい。

 どん。背中がなにかに当たった。

 うわっ、校舎の壁? いつの間に?

 知らない間に押されて、あとがない。

「ぐえっ」

 思わずうめいた。

 敵の前蹴りがあたしの腹に打ち込まれている。

「ふはははは」

 眉間に傷のあるいかつい顔で笑う敵リーダー。

「けっこうがんばったようだが、そこまでだ。おまえに勝ち目はない」

 そいつはあたしをあざ笑うと、胸元をぐいとつかむ。

 次の瞬間、あたしの体は宙を舞っていた。

 たぶん、三メートルくらい飛んだだろう。

 ぐわんと、地面にたたき付けられ、体が動かなくなった。

 うわああ。だめだ。こいつ、強すぎる。

 あたしは薄れゆく意識の中で、そんなことを思った。

「だ、だいじょうぶか?」

 目の前に聡君がいた。

 あたしを助けに来てくれたみたい。

 ああ、せ、せめて……。

「キ、キスして」

 なんで戦いの最中にこんなことをいったのか、よくわからない。だけど、聡君は答えてくれた。

 熱い口づけがあたしの唇を覆う。

 かあぁ~っ。

 全身に熱い血が駆けめぐる。

「パワーア~ップ!」

 あたしは思わず立ち上がり、叫んだ。

 いや、冗談じゃなくてあたしは完全復活していた。

 恋する乙女は、あこがれの君の口づけさえあればどんなことでもできるのだぁ!

「ふざけてんじゃねえ」

 いきりたった敵リーダーは、聡君をはねとばす。

「なにすんの、この馬鹿」

 返事のかわりに右ストレートがあたしの顔面めがけて飛んできた。

 それを左手で打ち落とし、そのまま手前下に引きよせる。

 相手の体勢が前につんのめる。

 あとは体が勝手に動いた。

 右手の掌底で相手の鼻先を下から擦りあげると同時に、右膝で金的を蹴り上げる。

 太極拳の金鶏独立きんけいどくりつ。顔面と下腹部を同時に攻撃する技だ。

「おぐわっ」

 急所を蹴り上げられ、鼻血を流しながらのたうち回る男の両耳を、左右からはさみ打った。

 双風貫耳そうふうかんじ。女の力でもじゅうぶん大の男を倒せる必殺技。

 手応え十分。なんか快感が体中を走る。

 案の定、そいつはどうと後ろに倒れた。

「だいじょうぶ、聡君?」

 あたしは敵リーダーのことなど、もはやなんの興味もなく、額から血を流し、倒れている聡君のもとに駆けよった。

「あ、ああ。君って強いんだな」

 聡君の顔には、なんか崇拝の色が……。

「そんなぁ」

 嬉しいんだか、恥ずかしいんだか?

 普段ならそんなことをいわれれば、真っ赤になって逃げ出すことまちがいないけど、今のあたしはひるまない。

 っていうか、敵を倒したせいか、妙に興奮していて、体が熱いの。

 そんな状態で、聡君と数秒とはいえ、見つめ合ってしまったもんだから、さあ大変。

 あたしは、倒れている聡君の首に手をかけると、自分から唇を唇に押し当てようとする。

「おおおおおおおおお?」

 気づくとあたしたちのまわりを大勢の生徒が取り囲んでいた。

 も、もう。ちょっとは気を使ってよ。

 そう思ったけど、ひょっとしてそんなこといってる場合じゃないかも。

 なにしろ絶対にこの正体を知られるわけにはいかない。

 もし、知られたら恥ずかしくて死んじゃうよ。

 まだか、まだか、と期待するような熱い視線耐えきれず、あたしはチュッと一瞬だけ唇を盗むと、聡君から体を離し、取り巻いている生徒の壁を崩して、校舎の中にかけ込んだ。

 そのまま、後ろに誰もいないことを確認すると、女子トイレにかけ込む。

 マスクを外して、制服の中に隠した。

 鏡を見ると、トマトのように真っ赤な顔が。

「ああん。なんてことしちゃったんだろう?」

 数秒後、廊下をどかどかと走る足音が鳴りひびく。

「どこだ? 美少女仮面はどこだ?」

 あたしはこっそりとその中にまぎれこんで、いっしょに走った。

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