3

「ねえ、きのうのやつら、学校に押しかけてこないかな?」

 昼休み、机をつき合わせていっしょに弁当を食べている美里に、あたしはいった。

「なんで? あいつらをやっつけたのは、謎の覆面の男。誰もあんただって思わないって」

 美里はエビフライを囓りながら、不思議な顔をした。

 そうかなあ?

「まあ、来たら来たで、またやっつけちゃえばいいじゃないの」

「そんなことできるわけないよ」

 そうなのだ。あのとき、あれだけ動けたのは、マスクをしていたからにちがいない。現にきょうだって、クラスの男の子に顔を見られただけで、緊張してなにもできなくなった。べつにその子が好きなわけでもなんでもないのに。

「じゃあ、またマスクすれば?」

 美里は気軽にいう。

「馬鹿なの、美里は? 第一、あんなマスク学校に持ってきてないじゃない」

 あんなものはもちろん昨日のうちに返した。

「それが持ってきてるんだな」

 美里は「ひひひ」と不気味に笑うと、他の生徒に気づかれないように鞄からこっそりとマスクを取り出した。

「な、なにこれ?」

 あたしは、そういうなり、絶句した。

 マスクがみょうに改造されてる。

 目のまわり、というか、上のところにはまるでつけまつげのようにとげとげが出ていて、さらに金髪のかつらとセットになっている。それもツインテール。

「だって、素のままだといかにもプロレスのマスクじゃない。かわいくないよ。これなら、なんていうか、美少女仮面?」

 あたしは深いため息をついた。

 そうだった。美里はいかにもお嬢様っぽい美女なのに、その実体はこういう変なやつだった。

「い、いいからしまってよ。誰かに見られたら変に思われるでしょ?」

 あたしが声をひそめていうと、美里は残念そうに鞄に戻す。

「せっかく夜なべして作ったのに」

 美里はこれでなぜかけっこう裁縫が得意。

「まあ、これが必要なときはいつでもいって」

「そんなときはこない」

「そう? あかりだって、これしてれば聡君とも普通に話せるんじゃないの?」

「ば、馬鹿じゃないの、美里?」

 美里はいたずらっ子のような笑みを浮かべている。

 まあ、たしかにそれは考えないでもなかったんだけどさ。

 聡君。あたしのあこがれの君。クラスメイト。

 あたしとはぜんぜん釣り合わない超絶美少年。

 さらさらの髪に、色白で女の子みたい。

 はかなげなんだけど、なぜか正義感が強く、べつに強くもないのにしょっちゅう不良ともめている。でも、そこがいい。

 だけど、ただでさえ男の子の前だと緊張してなにもできないのに、聡君の前だとそれが極限に達する。

 目を見られただけで、顔は燃え上がりそうで、心臓はばくばく。体は小刻みに震え、そのくせ石のように動かなくなる。

 もちろん、そうなったら、ひとこともしゃべれない。

 だからといって、こんな変なマスクをした女を相手にするわけない。

 仮に相手にしてくれたところで、それがあたしだってわかってないわけで、そんなの意味ない。

 ちらっと聡君の方を見た。

 聡君は誰かとつるまず、ひとりでもくもくとお弁当を食べている。

 なんというか、孤高の人なのだ。

 変に妥協せずに、自分の意志を貫くから、うっとうしがられてる。

 だけどあたしは好きだな。そんなところが。

 誇り高い野生の美しい獣って感じで……。

 ぽかっ。頭に衝撃。

「なに、脳内ファンタジーワールドに浸ってんのよ」

 美里があきれ顔で見てる。どうやら美里に頭を叩かれたみたい。

 そんなに惚けた顔でもしてたのかな?

「だからさあ、そんなに好きなら、告っちゃいなよ」

 美里が笑いながら耳元でささやく。

 もちろんそんなことできるわけない。

 だってあたしは戦うと強いけど、恋に内気なシャイガールなんだから。

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