第4話 黄色いワーゲン
すみれは航の部屋へ、よく遊びに入った。
航の部屋は6畳の和室で、ベッドと机と本棚があるだけのシンプルな部屋だった。
整理整頓が好きな航の部屋は、いつも綺麗に片付いていた。
本棚には塾で使う参考書や児童心理学の本、歴史小説などがあり、すみれが読めそうな本は残念ながら見つからなかった。
航は人が作った物語よりも、星や生物の辞典といった科学的な本が好きだった。
意外と子供っぽいところもあって、小さな頃から集めていたミニカーを棚に並べて大切に保管していた。
赤いポルシェやメルセデス、ランボルギーニといった高級車から救急車や都バス、バイクといったものまで、そのラインナップは多岐にわたっていた。
すみれはそのミニカーを見るのが好きで、航の部屋へこっそり忍び込んでは、それを机に走らせて遊んでいた。
航はそんなすみれのイタズラを怒りもせず、ときたま吸う煙草を美味しそうに咥えながらそれを眺めていた。
「航君はどうしてそんなにミニカーが好きなの?」
すみれがそう尋ねると、航は窓の外を向きながら言った。
「車の形状が美しいからさ。そして移動手段としての機能も優れている。人間が考え出した文明の利器の最たるものだと俺は思う。」
航はミニカーが飾られている棚に視線を移した。
「それにさ・・・お袋が・・・桔梗バアさんが京都に住んでいた俺に会いに来るときは、いつもそれを持ってきてくれたんだ。それから自分でも買うようになって、気が付いたらこんなに集めてた。」
幼い航君は、本当は実の母親と、桔梗お祖母ちゃんと一緒に暮らしたかったに違いない、とすみれは思った。
「航君、京都にいたとき淋しかった?」
「・・・いや。京都の養父母は俺にとても優しくしてくれたよ。友達も少なからず出来たし、古い町並みも好きだった。だから全然淋しくなかった。」
でも航が嘘を付いていることはすぐに分かった。
航は嘘を付くとき、視線を斜め下へ逸らす。
「すみれ。京都の人間は話を早く切り上げたい時は相手に、いい時計してますねって言うんだ。俺は空気が読めないからそれで苦労したよ。でもそれは京都の人の智恵なんだ。決して悪いことじゃない。」
「ふーん。」
「でもすみれはさ、言いたいことがあったらはっきり言えよ?俺は察することが苦手だからな。言われるまで気付かない。」
じゃあ私は何度でも航君に「好き」を伝えよう・・・すみれはそう思った。
ある日、いつものようにミニカーを見ていたら、航がすみれに言った。
「どれでも好きなヤツ、ひとつ持っていっていいぞ。」
「いい。いらない。」
航がそれらをとても大切にしていることを知っていたすみれは、大きく首を振った。
「いいから。好きなの選びな。」
そう何度も言われすみれは、実はひそかにお気に入りだった黄色いワーゲンを指さした。
「じゃあ、これ。」
航は人差し指と親指でそのワーゲンをつまむと、すみれの手の平に乗せた。
「なるほど。すみれらしい選択だな。黄色いワーゲンを見ると幸せになれるらしいぞ。大事にしろよ。」
「うん!」
「すみれが大人になって、子供が出来たらそれで一緒に遊んでやれ。」
「じゃあ私、航君の子供を産む。」
「おいおい。すみれは大胆なこというなあ。こっちが照れるだろうが。」
「だって子供って結婚すれば出来るんでしょ?私と航君が結婚すればいいじゃない。」
「正確には結婚するだけで子供が出来るわけじゃないが・・・ま、いまはそんなこと言っていても、そのうち気が変わるさ。女心と秋の空っていうからな。」
「変わらないもん!」
「俺はお前の叔父だぞ?」
航は腕組みをしながら、眉毛を下げて笑った。
その時のすみれはまだ幼過ぎて、その言葉が自分への牽制だということに気付いていなかった。
すみれはその黄色いワーゲンのミニカーを、小さな巾着の中に入れていつも持ち歩き、お守りのように大事にした。
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