第3話 ずっと一緒にいたい
すみれは新しい環境に慣れるため、そして二人に嫌われないため、自分もこの家の役に立ちたいと思った。
桔梗に付いて食事の用意を手伝ったり、お風呂の掃除を積極的にした。
ゴミの分別も覚えたし、もちろん自分の部屋はキチンと整理整頓を欠かさなかった。
足の悪い桔梗の代わりに、買い物も手伝った。
「そんなに頑張らなくてもいいんだぞ?小学生なんだからもっと遊んでこい。」
航にはそう言われたけれど、そうすることで家族の一員になれた気がして、気付けば勝手に身体が動いていた。
桔梗の作る食事はほとんどが和食だった。
すみれの母はハンバーグやオムレツといった洋食を作ることが多かったので、焼き魚や筑前煮といった和食を食べるのがすみれには新鮮だった。
航はいつも夜7時前には帰ってくるので、桔梗とすみれと航と3人一緒に夕食を囲んだ。
テレビもそっちのけで、お互いのその日あった出来事を話す、何気ないその時間がすみれにはとても楽しかった。
「すみれはちびっこだから、もっとカルシウムをとらなきゃな。それでなくても日本人は平均して100mgのカルシウム不足なんだ。カルシウムが多く入っている食品といえば小松菜、納豆、チーズ、牛乳、そしてヨーグルトだ。」
そう言って航は背の低いすみれに、よくヨーグルトを食べさせようとした。
たしかにクラスで一番背が低いけれど、なんだか幼児を扱うみたいな航のその態度にすみれは頬を膨らませた。
「航君の背が高すぎるんだよ。私はそんなにちびじゃないもん。」
「そうか?俺の記憶ではこの前の運動会で、すみれが列の一番前に並んでいたように見えたんだが。」
「いいじゃないか。山椒は小粒でもぴりりと辛い、というだろ?」
桔梗がまぜっかえすとすみれも「そうだそうだ!」とやり返した。
「俺は背が低いことが悪いとは言っていない。あくまでカルシウムの話をしただけだ。保護者として子供の栄養状態に無関心ではいられないからな。」
「じゃあこれからはちびっこって言わないでね。」
「それはいいだろ?ちびっこはちびっこだ。」
そう言って航は肩をすくめた。
「すみれ。一緒に買い物に行こうか。」
航はたまに車を出してすみれを駅前のショッピングセンターへ連れて行った。
ショッピングセンターは家族連れの客達で賑わっていた。
けれど隣に航がいるすみれはなにも羨ましくなかった。
「なにか欲しいものはないか?何でもいいぞ?」
すみれは首を振った。
自分のことであまり航にお金を使わせたくなかった。
「すみれはなんにもねだらないからなあ。欲しいおもちゃはないか?」
「・・・・・・。」
「わかった。じゃあ服を買おう。」
航はすみれを子供服売り場へ連れていった。
「好きなの選んでいいぞ。」
「でも・・・。」
「遠慮するな。」
すみれはためらいがちにボーダーシャツやジーパンを選んだ。
可愛い服を選ぶのが恥ずかしかった。
「お。これなんかいいんじゃないか?」
航はシンプルなブルーのワンピースを手に取った。
襟とポケットについている白いレースが清楚で可愛かった。
・・・航君はこういう服を着る女の子が好きなのかな?
「うん。これ欲しい。」
すみれはそのワンピースを航から受け取った。
「そうか。すみれによく似合うと思うぞ。」
それはすみれのお気に入りの服になり、航と出かけるときは必ずそれを着るようになった。
航は運動会も学芸会も、すみれの学校の行事は欠かさず見に来てくれた。
桔梗が足腰が悪くて来られないこともあるけれど、すみれが一人で淋しくないように気を配ってくれているのがわかっていたから、すみれはどの学校行事も全力で頑張った。
運動会の徒競走では一等を取ったし、授業参観では先生からの質問に、誰よりも早く手を挙げた。
その度に頭をくしゃくしゃと撫でられ「頑張ったな。」と航に褒められるのが、すみれには一番のご褒美だった。
学芸会では一回だけお姫様の役を演じた。
航はその後しばらくすみれのことを「すみれ姫」と呼んだ。
航は葬儀場ですみれに言ったいくつかの約束をちゃんと守ってくれた。
すみれが東京へ来て一週間後、航はすみれを連れてペットショップへ行った。
そしてグレーの毛並みに長い耳がピンと立った小さなうさぎを買った。
目が真ん丸で可愛らしいうさぎだった。
すみれはそのうさぎに「らら」という名前を付けて可愛がった。
航は自慢の愛車で、すみれを色んな所へ連れて行った。
遊園地で一緒にジェットコースターに乗ったり、動物園では長い列に並んでパンダを見た。
ある日航はすみれを東京タワーに連れて行った。
「すみれ。東京タワーって何メートルあるか知ってるか?」
「知ってるよ。333メートル。」
「じゃあスカイツリーは?」
「・・・わかんない。」
「答えは634メートル。」
「じゃあ東京タワーはスカイツリーに負けちゃったね。」
「高さではな。でもフォルムは東京タワーに一票を投じるね。」
ふたりは展望台へ昇った。
大きなガラス窓の向こうに広がる都会の街並みを眺めながら航が言った。
「どうだ。東京の景色もなかなか捨てたもんじゃないだろ?北海道には負けるかもしれないけどな。・・・すみれ。北海道が懐かしくない?淋しくないか?」
すみれは地平線の果てにある北海道の景色を思い浮かべた。
雄大な大地、豊かな自然、白い雪景色、そしてパパとママの笑顔。
でも、今は・・・
すみれは航の目をみつめながらハッキリと言った。
「淋しくない。航君と桔梗お祖母ちゃんがいるから。」
「うん。」
「私、東京が好きだよ。」
「うん。」
「航君がいれば、私はどこだっていい。私、航君とずっと一緒にいたい。」
「そうか。」
すみれの言葉に航は嬉しそうに微笑んだ。
「この広い世界の中で自分と関わる人間なんてほんのわずかだ。俺とすみれがこうやって一緒にいることは実は奇跡的なことなんだ。」
「うん。」
奇跡という言葉がすみれの中でキラキラと宝石のように輝いた。
「すみれはそのうち綺麗な大人の女性になる。すみれ、恋人が出来たら真っ先に俺に紹介するんだぞ。」
「恋人なんか作らない。私はずっと航君のそばにいる。」
そう言い張るすみれに航は「はいはい。わかったよ。」とその幼い頬を突き、笑って受け流した。
「よし。今度はスカイツリーへ行こうな。」
「うん!」
すみれは大きく頷いた。
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