第18話『フロト硬貨』
「こ、これは、ピジョンバァストの肉か!」
ネズミのような顔の商人ネクロが仰天の声をあげた。ランクは低いけど傷つけずに捕獲が難しいので高級食材としてフロトライン王国では銀貨一枚で取引されている。
この開拓村がある地域はフロトライン王国の領土であり、硬貨の種類は銅貨、銀貨、金貨の三種類。金貨には小金貨、大金貨との区分があるけど金貨は大きな取引しか使われないので地方の村などで見かけることはないだろう。
単位はフロトで、10フロトで銅貨一枚。100フロトで銀貨一枚。1000フロトで金貨一枚の価値だ。一回食事をするのに20フロト、銅貨2枚くらいが平民の平均らしい。また平民の間でもっとも使われる銅貨はよく割れるらしく、割れたら割れ銭と呼ばれ欠片の大きさによって価値が変動する。半分なら5フロトといった具合に。
「傷がほとんとどない、こんなキレイな状態のピジョンバァストは初めて見たね、王国銀貨三枚でどうか」
「相場よりかなり高くないか」
SOネットにのっていた買い取り価格の三倍の値段が提示された、商人の雰囲気からかなり安い値段が告げられると思っていたのに、偏見が強かったか。
「この村は食料が不足しているね、食材はなんでも高く買い取らせていただいてるよ」
「全部で四羽分あるんだけど」
「四羽も! もちろん全部銀貨三枚で買い取とるね」
本当は六羽だけど二羽はシルヴィアのコンテナに入れられている。
それからシルヴィアが保存食として作っていたブラックボアの燻製や干した果実なども相場よりも高く買い取ってくれた。
ポンポンと気前よくお金出してくるな、とてもいやらしい笑顔で。
こんな表情をする奴って、決まって何か隠してるんだよな、会社にいたころ営業の成績が極端に高い社長の親戚がこんな表情で取引するとからなずクレームの電話がかかってきたっけ。しかもクレームを受けた俺がその営業の失敗した責任を取らされ、ヤツの成績には傷がつかない不思議な体制だった。
「食料はこんなもんだな」
「おや、食料以外にも何かおもちか」
コンテナから食料を全部出し、すぐにフタをしめたつもりだったけど、目ざとくコーティング剤のビンを見つけられた。
「それはもしかすると、何かの魔法薬か」
魔法薬と聞いて売った食材に注目していた開拓民たちの視線が集まった。
「この村は現在、いろいろなモノが不足しているね、回復薬などをお持ちなら譲ってほしいね」
「申し訳ない、これは回復薬ではなくコーティング剤だ」
「コーティング剤ですと!!」
叫びすぎだよ商人さん、確かにコーティング剤は人気商品って書いてあったけど。
男たちが持つ武器をよく観察すると、どれもこれもボロボロだな、手入れはされているみたいだけど、刃こぼれどころか亀裂が入ってるぞ、ゴブリンの武器とどっこいの劣化具合、コーティング剤が欲しいわけだ。
ブラックボアクラスの魔物に襲撃されたら村全滅の可能性もありそうだ。
できれば鉄との物々交換がよかったんだけど、これじゃそれも望めないな。まあお金はいくらあっても困らないだろ。
「これの買い取りもお願いできますか」
「ええ、ええ、喜んで買い取らせていただきますね」
ニヤニヤと手もみする商人にコーティング剤を売却した。
「ネクロ」
「わかってますよ村長、ちゃんと平等にいきわたるように配分しますのでご安心を」
後に判明したことだが、村では物々交換が主流なのではなく、物々交換しかできなかった。硬貨を使っての買い物は不可能。だからあんな相場よりも高い金額で食料を買い取ったのか。
食材などを売ったことで村の人たちは少しだけ好意的に接してくれた。馬のいなくなった馬小屋なら使ってもいいと村の中へ入れてくれた。
中にはあからさまにいやな顔をする連中もいたけど。
「まあ、雨風さえしのげれば……」
長居するつもりはない、寝床さえ確保できればと扉も付いてない馬小屋へ入ってみれば、天井が半分以上が崩れていて雨が降れば雨漏りどころかそのまま吹きこんでくるだろう。
馬がいなくなってからだいぶたっているのか、小屋に落ちている馬糞が完全にひからびてるし、動物小屋特有の獣の匂いはいっさいしない。
「マスター、私たちはあまり歓迎されていないようですね」
「だな、こりゃすぐに次の街へ行ったほうがいいな、ここじゃ鉄材は手に入りそうにないし」
アクティブを脱ぐのをやめた。
簡易的な温度調整も付けているから着たまま眠れば体が冷えることもない。足首のしめつけを取りたかったが、何が起きるかわからないし、少し緩める程度にとどめる。
「できれば足を伸ばして眠りたかったけど」
「どうしてこの村はここまで活気がないのでしょうか」
「冬の食料不足で開拓が進まないなら大きな都市に行けばいいのに、何か事情がありそうだな?」
SOネットの地図で確認すれば、北側の山を越えた先に村が一つあり、さらにそこから徒歩で半日ほど行けば大きな城塞都市がある。コーティング剤はこの城塞都市で売るつもりだった。
「ここの馬も食ったのかな」
「その通りだ」
独り言の疑問に凛々しくそして綺麗な声色で答えが返ってきた。いつの間にか馬小屋の入り口に皮鎧の美少女が立っていた。
「この村は現在食糧難でな、村の馬は一年以上前に住民の血肉となっている。失礼、扉がなかったのでノックができなかった許してくれ」
この村にも若い女性がいたのか、年齢は十五くらいだろうか、黒髪のポニーテールに細い顎、少しだけ釣り上がった強い意志を宿した黒い瞳、その瞳を際立たせる太くも細くも無い整った眉。顔のパーツがまさに奇跡的なバランスの美少女。
これで胸がもう少し大きければ俺の理想とするアクティブを着てもらいたい美少女だった、いや胸で判断するのは失礼だ、彼女は今のままでもきっとアクティブが似合うはず。
なんだろう。心臓の鼓動が早くなった気がする。
「どなたですか」
俺が彼女に見惚れて言葉を発しなかったのでシルヴィアが変わりに訪ねてくれた。
「私は騎士ライエン・フジ・ヴァルトワの娘、騎士見習いレオリンデ・フジ・ヴァルトワだ。貴様たちが未開の森からきた二人組だな、折り入って頼みがあってまいった。貴様の名は」
何か背伸びして無理やり騎士らしい言葉使いをしてるって感じだな。
「俺は魔導技師見習いカズマです」
「マスターカズマの従者シルヴィアです」
「カズマ殿にシルヴィア殿だなよろしく頼む」
「それで頼みとは?」
「ネロクがコーティング剤を買ったと聞いてな、残りがあれば譲って欲しい、ただ手持ちが無いので、この小剣と交換でどうだろうか?」
おお、待ちにまった鉄材。俺たちが欲しがっているモノを聞いてきたのか。
差し出された小剣を受け取った、手にずっしりと伝わってくる重み、メッキではなく正真正銘の中まで鉄の武具だ。これならいくらでも交換しますよ、幸いシルヴィアのコンテナの中にはコーティング剤も残ってるし。
「それは父が手柄を立てたさい、王国から賜った品だ。街に持って行けば大金貨十枚にはなるだろう」
「え?」
なにその法外な金額、大金貨って金貨十枚で一枚の換算だよね。つまり百万フロト。それに王国から賜ったって、鋳潰したら不敬罪になるとかないよね。
鞘から小剣を抜いて見れば、とても精巧に作りこまれたフロトライン王国の紋章が刻まれていた。こんなの潰せねぇよ。
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