第19話『騎士見習いレオリンデ』



「マスター、その小剣はミスリル製のようです」

「ミスリル!?」


 ミスリルってあれか、ファンタジー素材の定番のあのミスリルか、希少金属だよな、それなら大金貨十枚ってのも納得できる。それをゴブリンのボロ剣と雑草で作ったコーティング剤と交換…………無理むり無理、俺の良心が崩壊する。


 俺は小剣を丁寧に鞘に戻し少女騎士に返した。


「これでは不足か」

「過剰すぎるんだよ、あ、です」


 乱暴になった言葉使いをとりつくろおうとしてよけいに変になってしまった。


「言葉は崩していいぞ、私も正式の騎士ではないからな」

「そうか、だったら遠慮なく」


 敬語を使うのは会社を思い出すからあまり好きではない。


「ああ遠慮するな、それでこの小剣ではコーティング剤は譲ってくれないのだな」


 そっちも無理して騎士風に喋っているように聞こえるが、気にしないことにしよう。


「もっと適当な鉄材でいいんだ、他にないのか折れた剣とか壊れた鎧とか」

「壊れた武具か、この村はあらゆる資材が不足している。壊れた鉄製の物は杭に加工して村の防柵に使われてしまった」

「不足するってわかっていて、柵に資材をつぎ込んだのか」

「そうしなければならない理由があるのだ、カズマ殿は本当にこの村の事情を知らないようだな」

「事故で飛ばされたから、ここがフロトライン王国だってのも村に着いてから知ったんだ」


 本当はSOネットで現在地はわかっていたが、話していい内容でもない。


「その話しも聞いている。転移で飛ばされた先がこの地とは災難が続くな、その見慣れぬ鎧も異国の物だったか」

「これはパワードなスーツその名をアクティブアーマー。素材不足で妥協はしたが、性能には満足してる自信作だぜ」

「あくてぃぶあーまー、聞いたことはないな、いや、まって、それよりも自信作って、まさか自分で作ったの!?」


 あ、ちょっとだけ素が出た。


「その通り」


 その素直に驚いた表情かわいいな、俺はポーズコード01を起動させビシっとポーズを決めてみた。


「その構えは?」

「この構えが、この機体の一番カッコよく映えるポーズなのだ」

「そ、そうか、なかなか様になっているぞ?」


 驚きが冷め、決めポーズにちょっと引かれてしまった。さすがにこれはこの世界の住民にはレベルが高かったか、アニメだと装着完了のポーズはお約束なんだけど、やっぱりリアルだと違うな、毎回同じ絵が使われたのは尺調整や製作時間短縮の役目もあったらしいけど、でも俺はカッコいいポーズなら肯定派だ。


「マスター話しがそれていますが」

「あ、そうだった、コーティング剤が欲しいんだよな」

「鉄製の物が欲しいのだったな、それほど独創的な鎧が作れるのなら加工もできるのか」

「当然、加工や改造は得意分野だ」


 どんなに固い鉄だって俺の『変形』にかかれば粘土をいじるよりも簡単だぜ。


「だったら譲れるものがあるかもしれない、一緒にきてもらえないか」




 俺とシルヴィアはレオリンデに連れられ、彼女が寝泊まりしている場所へ向かった。そこに俺に渡せる鉄材があるらしい。用心のために荷物も馬小屋には置かず全てもってきている。全ての資材が不足している村では隙を見せれば物が無くなってもおかしくない。


 元の世界でも海外旅行に行けば鍵のかかる部屋でも油断はするなと言われるらしいし。

 二十ほどの木造平屋建ての家を抜けて門とは反対の山側へと足を進めていくと、高い壁が姿を現した。太い丸太で作られた壁は森側にある壁の三倍の高さと厚さがあった。こんな壁を作れば資材不足になるはずだ。


 レオリンデにうながされ、壁に沿って進んでいくと壁にめり込むように同化した一隻の船があった。全長は一二〇メートルくらいだろうか三枚の重ねた菱餅を逆さにしたような船体が真ん中で折れている。


「これは、なんだ?」


 マップで見る限りこのサイズの船体を浮かべられるほどの海も川も無い。

 そもそも水に浮かべるにしては船底が平らすぎてバランスが悪そうだ。


「該当あり、これはヒートヘイズ級飛行駆逐艦。フロトライン王国で開発された戦闘飛行艦です」

「飛行艦なんてものがあったんだな」


 サーチバイザーにシルヴィアからデータが送られてくる。

 なになに、フロトライン王国がアドミュウラ帝国と共同開発した対悪魔用戦闘飛行艦だと、対悪魔用って、こんなすごい飛行艦を開発しなければならない敵がこの世界にはいるのかよ。

 構成材はほぼ木造だが全長が約一二〇メートルもあり甲板にある砲身の長い大砲が船体が傾いているため下からでも見ることができる。


 データによるとこの船の主砲らしい鉄の弾を打ち出すのではなく、強力な魔法を打ち出す魔力砲、俺の魔導式リボルバーとは比べ物にならない威力がありそうだ。


「どうかしたのか」


 魔力砲を見上て足がとまっていた。


「ああ、あの大砲か、あれはたしかに鉄製ではあるがカズマ殿に渡せる素材ではないぞ」

「まだ動くのかアレ」


 船体は完全に壊れているが、幸運と言うべきなのか砲自体はたいした損傷は見られない。


「いや、流石に動きはしない、ただ見た目だけでも脅しになればと睨みを利かせている」


 脅しってなんだ。


「こっちだついてきてくれ」


 魔力砲のことはそれ以上の説明はなく、船底に開いた穴に無理やり扉をはめ込んだ入り口から船内へと入った。

 船内も傾いているが移動に支障がでるほどの傾斜ではなかった。


「飛行艦としての機能はすでに失っているが住居として活用している。屋根のない馬小屋に比べれば高級宿だぞ」


 板などが敷き詰められており生活する上で傾斜の影響を最低限に抑えている。


「渡せる鉄材は奥の部屋に置いてある」


 後ろ半分の船体は完全に潰れているようだが、前方の船内は比較的無事なようだ。

 ひと一人がぎりぎりすれ違えるほどの狭い廊下を進み、少しだけ装飾がされた扉をあける。


「ここは艦長室でしょうか、他と造りが違いますね」

「その通りだ、船内で唯一鍵が壊れなかった部屋でな、今は貴重品の保管室として使っている」

「そんな部屋に案内して良かったのか」

「保管室と言っても、それほど貴重なモノは残っていない遠慮なくはいってくれ」


 部屋に入れば、ここが本当に艦長室なのかと疑いたくなるほど殺風景な部屋であった。数冊の本が収まった壊れた本棚に木箱が一つ、壁には刃こぼれの酷い剣が三本と日焼けした地図が飾られているだけで他には何もない。


 床や壁に何かが置いてあった跡が残っているので以前はちゃんとした艦長室だったのだろう。


「さきほども話したが、鉄製のモノはほとんどが柵へと加工してしまった。武器にならない貴重品も食料と交換してしまったからな」


 レオリンデは一つの木箱の前へいく。


「剣は使うので譲れないが、これならどうだ、もうこれしか残っていないんだ」


 あの木箱には、よほど大事なモノが入っているんだな、何かを振りきるように決意した表情で木箱をあける。

 その中には子供サイズの鎧が収まっていた。あのサイズだと小学校高学年くらいの子供がなんとか着られる大きさだろう。


「私が二年前、この村に救援にきたときに着ていた鎧だ。体が成長してもう着られない、無理をすれば手甲とすね当てはまだ装備できるがそれ以外はきつくてな」


 ついついレオリンデの体に視線が行ってしまうのは仕方がない。鎧のサイズの話しをしているんだから、たった二年で彼女はこんなに成長したのか、胸は控えめだが足は細く長い、日本でトップモデルもやれそうなほどスタイルがいい。

 身長も十五歳の体に縮んだ俺と同じくらいなのでおそらく一六五センチはある。


「この鎧とならどうだ」

「へ? なにが?」


 レオリンデの体を見ていて他のことはきれいさっぱり記憶のかなたであった。


「マスター、コーティング剤との交換の話です」

「お、おお、そうだった」

「忘れていたのか?」

「わ、忘れてなんかいないぞ、ちょっと考え事をしていただけだ」

「そうか、それでどうなんだ」


 そんな覚悟を決めたような瞳で見つめないでくれよ、短剣とは別になにか思い入れがありそうなんだよな。これだけは手放さずに手元に残しておいたなんて絶対思い入れの品だろ。


「交換を決める前にひとつ聞いてもいいか」

「なんだ」

「どうもこの村には秘密があるみたいだけど、それを教えてくれ、情報次第では鉄材じゃなくてもコーティング剤を提供しよう」


 コーティング剤ってゴブリンのクズ鉄装備から作ってるからあまり貴重なモノと交換すると罪悪感に襲われる。あやしい商人のネロクと交換したときはこんなこと思いもしなかったのに。

 それに食料不足や柵の設置など絶対になにかあるだろこの村。


「村の秘密?」


 あれ、きょとんとした顔をされてしまった。もしかして秘密なんてなかった。そんなバカな。



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