第17話『開拓村と若き女騎士』



 シルヴィアが剥ぎ取りをしたピジョンバァストの肉を背面コンテナに納めて開拓村へ。

 SOネットのマップではもうすぐのはずだ。


 それからほどなく、木々がなくなりあたりがひらけてきた。

 この辺から開拓がおこなわれている気配がある。伐採された樹木に整理された畑。冬なので畑には実りはないが、この世界にきてから初めての生きている人の気配だ。


「どうかしたか」


 単純に畑を見て喜ぶ俺とは違いシルヴィアは怪訝そうな表情をした。


「豊作ではなかったようです」

「そうなのか」


 料理が得意だからか、畑を見ただけでそこで取れる食材の品質もだいたい想像できるそうだ。


「てことは、ピジョンバァストは予想よりも高く売れる可能性もあるな」

「そうですね。備蓄食料しだいでしょうが相場よりも高く取引ができるかもしれません」

「よっしゃ、ブラックに限りなく近かった会社に勤めていた平サラリーマンの交渉術を披露してやるぜ」


 テンションあがる。高く売れたらさっそく鍛冶屋に行って上質な鉄材をゲットして、アクティブたちを強化してやろう。

 と浮かれていられるのは数秒の間だけだった。


 開拓村の見張りやぐらから俺たちのことを見つけた男が、何かを叫びながら警鐘を打ち鳴らした。それも村中に響くように力一杯連打で打ち鳴らされた。

 警鐘には打ち方によって意味がある。それは村によって違うためはじめて訪れる村の警鐘の合図などわからないが。


「歓迎されてないのがよくわかるな」

「随分と物々しいですね」


 魔物避けだろう村を囲む柵に、成人男性が数人がかりでようやく動かせそうな重圧な門を押し開け、武装した開拓民たちがぞろぞろと出てきた。見張りやぐらにも弓を携えた男たちが現れた。


 剣や農具で武装した男たちが十人ほど、見張りやぐらでは四人が弓を構えている。検索で村人は三〇人ほどだとわかっていたので、この場所に半数近くが集まっていることになる。

 俺たちは村人たちから十メートルほど手前で停止して、ホバーも切り着地する。


「おい、足が浮いてたぞ」

「魔物なのか」

「人の顔が付いてるがゴーレムか」

「地面を滑るように移動するゴーレムなんて聞いたことがねぇ」


 どう見ても人間に見えるだろ、いくらアクティブを装備してるからって。


「俺はカズマと言います魔導技師見習いだ、ゴーレムじゃない、ちゃんとした人だぞ」


 シルヴィアは魔導人形だけど。


「しゃべった!?」

「本当に人か」


 何でここまで疑われるんだ。装備している剣や農具を一斉に突き付けられた。まだ結構離れてるけど。


「本当に人なのか」

「そう言ってるだろ」

「ならどうやってここまで来た、それも未開の森の奥から」

「え? ああ」


 ようやく合点がいった。人間がいるはずのない方角からきたから疑われたのか。


「なぁ、も、もしかしてどこかの国と繋がっているのか、抜け道があるのか?」

「そ、そうなのか!? 抜け道があるなら教えてくれ!!」


 男たちが危機迫るような形相で近づいてくる。さっきまでの警戒はどうした。


「抜け道?」


 ものすごく期待のこもった目をしている。


「なにを期待しているのかわからないが、抜け道なんてないぞ」

「じゃあ、お前さんはどうやってここまで来たんだ」

「あ~、どうやって」


 異世界移住してきたなんて言えないよな、言っても信じてくれないだろ。ここはとりあえず。検証できなさそうな言い訳をしてみよう。


「ちょっとした不注意で転移の罠にはまって、あの森の中に転移させられて、人里探してようやくここまでたどり着いたんだ。ここがどこの国かもわかってない状況だ、できたら教えてくれないか」


 そうちょっとした不注意で異世界移住チケットを破いてしまい、異世界の森の中に転移させられた。うん嘘はついてないぞ、少し端折っただけだ。シルバーメイズ遺跡のことも住処としてだいぶ改造してしまったので黙っておく、話して探検にいかれても困るし。


「くそ~期待させるんじゃねぇよ」


 そっちが勝手に期待したんだろ。俺に悪態をつかれても困る。


「ああ、それでいきなり森の中に飛ばされたから手持ちがほとんど無いんだ、森で取れた素材なんだが誰か買い取ってくれないか」


 人口三〇人程度の村では商店などは期待できない、行商人とかかが訪れていてくれると嬉しいんだけど。


「……そ、素材って食料か?」


 何人もの男たちがノドをゴクリと鳴らす音が聞こえた。


「ん? ああ、食料もあるぞ」

「俺にくれ!!」

「いや、俺だ、俺が全部もらってやる!!」


 俺が背中のコンテナをはずして食料を取り出すよりも早く、開拓民たちが騒ぎだした。


「マスター!」


 シルヴィアが盾を構えて開拓民たちとの間に壁を作ってくれなければ俺は暑苦しい男たちに押し倒されていたかもしれない。


「落ち着け、これじゃ食料を取り出すこともできないだろうが!」


 声を張り上げ制止する。


「売るのやめるぞ!!」


 の一言が利いたようで、息は荒いままだがとりあえず騒ぐのは収まってくれた。

 まだどんな食料かも見せていないのにこの荒れよう。もしかしなくても開拓村の食料事情は最悪なのだろう。襲われる可能性もあるな、いつでも逃げられるにしておかないと。

 でも、とりあえず。できるとこまでは交渉はしてみるか。


「どうしますかマスター、我々が持参している食料はそれほど多くありません」

「そうだよな、流石にここにいる全員に売るだけの量はないよな」


 誰に売ってもいさかいが起こりそうで怖い。ここはアレしかない。


「村長さんはいないんですか、まとめてお売りするので配分はそちらで考えてほしいんですが」


 会社で学んだ嫌味な元上司の必殺技、丸投げだ。

 安くしますので恨まれ役も一緒に買ってください。


 視線が一人に集まったな、あの人が村長か、村長って勝手に杖の付いた老人をイメージしてたけど、開拓村ゆえか、がっしりとした筋肉をもつ六〇代くらいの初老の男性。髪は白くなっているが肌は日に焼け背筋も真っ直ぐに伸びている。


「う~ん」


 決断力のありそうな村長だったのだが、難しい顔されてしまった。


「買い取りとは現金のみか?」

「はい、できれば」


 もしかして物々交換とかが支流だったのか。だったら鉄とか欲しい、俺の方から物々交換を申し出ようとしたら、集団の奥からひょろっとしたネズミのような細顔の男がやってきた。


「それならワタシが、あなたの食材を全て買い取らせていただきますね、この村で王国通貨をもっているのはワタシだけなので」


 元上司に似た雰囲気がある。あんまり信用できなさそうなヤツが出てきたな。


「シルヴィアのコンテナの中身は取っておいてくれ、売るのは俺のコンテナ分だけにする」

「了解しました」


 この村での食料確保は難しそうなので、シルヴィアの所持している分は自分たち用に取っておくことにした。




 カズマが村の入り口で怪しそうな商人と交渉を始めたころ。開拓村の反対側の山道を駆け上がる二人組がいた。


 一人は長い黒髪を馬の尾のように束ねた皮の鎧の若い女騎士。もう一人は髪が全て白くなった経験豊富そうな大柄の老騎士。こちらは女騎士と違い全身にがっちりと鉄の全身鎧をまとっている。

 二人は闘技法と呼ばれる技の一つ『俊足の法』を使用し常人では到底出せない速度で山道を移動していた。人の足なら一時間はかかる道のりをわずか数分で駆け抜ける。


「あれは」


 先行していた若い女騎士が急ブレーキをかけるように足を止め、老騎士も急停止に慌てることなく玉突きにならないように足を止めた。全身鎧を着ているとは思えない俊敏さと反射神経である。


「どうしましたお嬢様」

「見ろヤツの足跡だ」

「まさか、ここはまだ村からそう離れていませんよ」


 信じられないといった表情で老騎士も地面を確認する。そこには熊などの大型な獣と同サイズの三本指の足跡がくっきりと残っていた。


「この、三本爪は」

「私はヤツら以外に大型の三本爪は知らない」


 整った顔の女騎士の表情が歪む。


「なんてことだ」


 老騎士の額に大粒の汗が流れ落ちる。


「足跡にあまり落ち葉がかかっていない、最近できたモノだ。ヤツは間違いなく村に近づいている」


 若い女騎士は腰の剣に手をかけ辺りを警戒し、老騎士は短眼鏡を取りだし山頂方角を確認する。


「姿は見えませんね、今のうちに引き返しましょう」

「できればもう少し偵察がしたかったが」

「お嬢様、お気持ちはわかりますが無理は禁物です。下手をすればヤツに見つかり村まで誘導してしまうかもしれません」

「…………わかった」


 お嬢様と呼ばれた女騎士が剣から手を放した。


「村へ戻ろう」


 聞き分けてくれたことにホッとした老騎士が何気なく村の様子を短眼鏡で覗くと、村のほとんどの住人が村の入り口付近に集っているのが見て取れた。


「お嬢様、村の様子が変です」

「まさかヤツが村を襲撃したのか」


 放した剣に再び手をかけて闘気を纏い走り出す。


「戻るぞバァルボン!!」


 二人組の騎士は山道を最速で駆け下りていった。



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