第4話『メイドとナイフ』
シルヴィアの特技を聞いて、あらためてすぐに村へ行くことをあきらめた。
いくらなんでも無謀すぎる。
「この局面をどう打開すればいいか」
「このシルバーメイズを拠点に戦力の確保に努めるしかありません、食料問題は森から木の実や野草などを取って飢えをしのぎましょう」
地味だけど現実的な意見だ。開拓村に行けない以上それしかない。
異世界だヒャホ~と言って無理に進んで死にたくはない。
「シルヴィアは食事が必要なのか?」
「マスターから魔力供給を頂ければ食事を取らなくても大丈夫です」
「OK、わかった」
つまり魔力供給をしなければ人間と同じで食事を取らなければならないと。
「食べられる木の実とか分別できるか」
「もちろんです、食材の吟味は料理の必須事項です」
自信がありますと胸をはる魔導人形少女、彼女が着ているのは俺が貸した背広の上着マントのみなので胸をはると、その立派な谷間が協調される。裁縫も得意だそうだから、あとで服を作ってもらおう。そうしないと俺の理性が崩壊するかもしれない。
でもまあ、料理できるモノさえ確保できれば飢えはしのげそうだ。
「魔物に気をつけながら周辺で食材をさがすしかないか」
「了解ですマスター」
「食材ついでに、武器などに加工できそうな素材もさがそう」
グライダーナイフに続く武器がなければ開拓村にはたどり着けない。
わずか十キロ、されど十キロ、歩けば遠いがタクシーであれば三十分もかからない距離だけど、今の俺たちには富士山の頂上よりも遠く感じる。
腹も減ってきたし、後のことはメシを食べた後に考えよう。
シルヴィアの服装問題もあるので外に出る前に裁縫はどの程度なのか尋ねたら。
「この上着を使ってもよろしいでしょうか」
「ああ、いいよ」
「では」
自分の髪の毛を一本抜き、魔力で強化して針のようにすると、上着の端の糸をつむいで、きたまま上着を新調していく、目の前で見ていたのに、どこがどうなっているのかさっぱり理解できない内に、上着の色そのままのワンピースへと変貌した。
「すごいな」
「お褒め、ありがとうございます。では食材探しに参りましょう」
「ああ」
こうして俺とシルヴィアは食料確保のためにシルバーメイズ遺跡から出る。本当なら遺跡の最深部にいるシルヴィアを手に入れるにはトラップが無数に仕掛けられた迷宮を突破しなければならなかったらしいが、崩れた壁がショートカットになったのはとてつもない幸運だった。
宝物庫には外へと直通で繋がっている転移陣があり簡単に出られた。戻ることも登録者であるなら可能らしく、これなら安心。追いかけられてもここまで逃げられれば追っ手をふりきれる。
俺が落ちた穴も『変形』を使って、しっかりガッチリと塞ぎなおしたからな。安全地帯の確保は完璧だ。
安全地帯があるだけで心に余裕が生まれた。ゴブリン程度にビクビクしていたのが懐かしいぜ。
「マスター、近くに魔物の反応です。これはゴブリンでしょう」
「数は?」
「一体だけです。うまく奇襲ができれば倒せる確立は高いかと」
シルヴィアが魔導人形に搭載されているレーダーでゴブリンを探知した。
「いいよなレーダーがあるって、俺も欲しい」
一体だけなら俺でも勝てる。腰のベルトからグライダーナイフを抜き放つ。
「マスターそれは」
「いいナイフだろ」
はめ込まれている魔結晶に驚いているシルヴィアに自慢げに見せた。
「すごい魔力を内胞していますね」
上級魔結晶を二つ分だ、そりゃ魔力はすごいことになっているだろうな、俺にはまったく感じられないけど。
俺はグライダーナイフの能力を簡単に説明した。
「『遠隔操作』に『魔力吸収』、破格のスキルが二つも、これは魔剣ですか?」
「魔剣?」
秋葉原でプラモを買った帰りに免税店で衝動買いしたサバイバルナイフの模造刀ですが。でも魔力で浮かんでるんだから魔剣でいいのか?
「ところでゴブリンって食材として使えるの?」
「いえ、人型の魔物の肉は食用には向きません」
だよな俺も食べたいとは思わない。
「ただ、魔物の体内には魔結晶がありますので、それは売却できます」
「解体ってできるか」
「おまかせください、大型魔物の解体もできます」
「ちなみに、ゴブリンの魔結晶ってどのくらいの価格」
「ゴブリンの魔結晶は最低品質なので、SOネットの相場情報になりますが三つ売って、街の一般的食堂の一食分ですね」
ゴブリン狩りはほぼ意味のない行為に思える。
「無視して食料を探すか」
「賛成です」
俺たちはゴブリンのいない方角へと進む、開拓村とは逆方向、古代都市があったとされる方角だ。
「マスター、魔物が一体近づいてきます」
しばらく進むと、またシルヴィアの探知に魔物が引っかかった。
「またゴブリンか」
「いえ違うようです。魔力反応はゴブリンの十数倍、討伐レベル65相当、ゴブリンの反応ではありません」
「討伐レベル?」
「冒険者ギルドが魔物の強さを基準化した単位です。補足、ゴブリンの討伐レベルは5になります」
冒険者ギルドがあるのか異世界ファンタジーしてるな、ゴブリンが5ってことは、数字が大きくなるにつれて魔物も強くなるってことか。
「質問だけど、レベル65ってどのくらいの強さ」
「レベル1~20は戦闘訓練をしていない一般人が退治できるレベル、21~40になりますと武装した一般兵と互角、41~60になりますと討伐に冒険者パーティー推奨とのこと、61以上をソロ撃破ができれば一流と呼ばれるようですね」
シルヴィアにも詳しい知識がなかったようで、SOネットで検索をかけた結果を読み上げてくれる。
この世界の一般人は訓練しなくてもゴブリンに勝てるんだ。俺のひ弱さを再確認させられたよ。
「姿をみるまでは食用に適しているかの判断はできません」
「いや、今はそれどころじゃないでしょ」
俺はグライダーナイフがなければゴブリンにも負ける男だぞ。
「に、逃げよう」
それしかない、勝てるわけがない。
「もう無理なようです。捕捉されています」
近くにあった一本の木が倒れる。その向こうにはとても堅そうな黒い毛並みの大猪がいた。纏うオーラがゴブリンと全然違う圧倒的強者の威圧、目が合った瞬間全身の毛が逆立っちまった。
これが恐怖というものか、もうね死んだねこれ。
「検索、該当あり、種族名ブラックボア。肉は食用に適しています。また魔結晶以外にも皮や牙などは需要があり冒険者ギルドなどで買い取り可能です」
なんでそこまで冷静に解説できるんですか、あの鋭くとがった牙、二人同時に貫くことも簡単にできそうなのに。
「マスター緊急事態のため、このナイフをお借りします。叱責はあとで」
了解するひまもなくシルヴィアは鞘からグライダーナイフを抜き取っていった。
無理だシルヴィア、いくら自在に操れるからって、あんな頑丈そうな魔物には刃が通らないって。
止めようとするが、恐怖で声が音にならない。カチカチと歯が打ち鳴らされるだけ。
シルヴィアはブラックボアから俺を守るように前に立ち、グライダーナイフを浮かび上がらせる。その扱いはとてもなめらかで、彼女が本来の使い手だったんじゃないかと錯覚してしまう。
そしてシルヴィアはそのまま放つのではなく、その場でナイフを高速回転させはじめた。
あまりの速さに残像が起こり、ナイフが円盤のように姿を変える。
「グライダーナイフ、射出」
かっこええ、その機械的な喋り方、まるで宇宙戦艦のオペレーターのようだ。いつかパワードなスーツの空母とか作ったら『発進どうぞ』とか言ってほしい。
ブラックボアの恐怖も忘れつい興奮してしまった。
円盤は空気を巻き込みダイヤモンドカッターのような甲高い音を立てながらブラックボアに目掛け襲いかかる。
飛ぶ速度は俺が操った時よりも数段速く、あまりの速さに対応できなかった大猪の首をスパンっと簡単に落としてしまった。
「…………は?」
あっけなさすぎるだろ。
首を失ったブラックボアはゆっくりとその場に崩れ落ちる。
戻ってきたグライダーナイフは回転をやめてシルヴィアの手に収まる。その刃には血の一滴もついていなかった。
「マスター、勝手に使用してしまい申し訳ありませんでした」
「う、うん、べ、別に気にしないでいいよ」
どもりながら返されたナイフを見る。間違いなく俺が作ったグライダーナイフだ。これがあんな凶悪そうな魔物を一撃で、俺が使った時にはゴブリンを倒すのにも苦労したのに。
「シルヴィアさん、あんな使い方をどこで知ったの?」
作った俺でも思いつかなかったのに。
「SOネットに浮遊兵器の手引きが記載されていましたのでそれを参考に、かなり古いデータですのでおそらく創造主ショウ・オオクラが記載したモノかと」
はい、もうショウ・オオクラさん日本人だけでなくオタクも確定でしょ。それも間違いなくサブカルチャーに強いシステムエンジュニア系だ。SOネットはきっと異世界でネット環境が無いことに我慢できずに作ったんだ。
「便利だなSOネット」
「私も便利だと思います。ですがアクセスできるのは開発者を除けばプロトナンバーシリーズだけですが」
「うらやましい」
異世界手引きがのっていそうなSOネットをうらやましく思う。なんとかして俺もアクセスできる端末作れないかな。
「マスター、またナイフをお借りしてもよろしいでしょうか」
「ああ、そうだよな」
解体用のナイフがないので返してもらったばかりのグライダーナイフをまた貸して、ブラックボアを解体してもらう。
その間に俺は落ちている枝を変形させ背負い籠を作り、シルヴィアが解体してくれたブラックボアの肉や素材を持ちかえる準備をした。
まあ、これで第一目標であった食料の確保はなんとかできたわけだ。パワードなスーツへの道はまだ踏み出せてもいない。
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