第2話『逃走からの転落』
手に入れたスキルに興奮していた精神が冷や水を浴びせられたかのように冷めていく。
普通なら倒したゴブリンの素材なりを取って冒険者ギルドなどで換金するのがお約束だが、そんな余裕は今の俺には無い。
解体のやり方もわからない。
物音を出さないように慎重に、とても慎重に周囲を警戒しながら森の中を進んでいく。
人のいる方角などわからないが、とどまっても救援にはだれも来てくれない。かなりビビっているが進まなくては生き残れない。
「転移前に動きやすい服に着替えればよかった」
こんな安物のスーツでは森の中では動きにくくてしかたがない。靴もはいていなかったので葉っぱを変形させ即席のサンダルを作った。靴下を履いていなかったらかぶれていたなきっと。
「ちくしょう、何がペア温泉旅行券だよ、だましやがって」
隣に異性でもいれば、男の意地で見栄をはったかもしれないけど、一人だと心細くてしょうがない。
いつでもグライダーナイフを投げられるように握りしめ、草木をできる限り丁寧に払いのけていくと、前方でなにか動く気配がした。
ギギィとさっき聞いたばかりの鳴き声。
いやな予感に震えながらそっと覗いてみれば、やっぱりいたよゴブリン、しかも今度は三匹も。
「よし引き返そう」
戦うという選択肢は最初から存在しない。
「これは戦略的撤退である。パワードなスーツが完成した暁にはちゃんとした火力で相手してやろう」
俺は来た道を引き返そうとしたら、今度は後ろから別のゴブリンの集団が近づいてくるのを発見してしまった。
「うそだろ」
運よく俺の方が早く発見したのですぐに身を隠せたが、前も後ろも塞がれてしまった。
「ちくしょう、こんなことなら一つでも戦闘系のスキルを取っておけばよかった」
森を歩いてわかった。『変形』と『付加』を習得した以外、身体能力は日本にいたころとまったく変わっていない。いや体が十五才に戻って力は落ちているかも、運動不足は解消された可能性はあるが、気休めにもならない。
戦闘系のスキルを習得すればそれに合わせて体も強化されるとパンフレットには書かれていた。例えば剣術などを習得していれば、剣を振るうだけの筋力や体力もセットでもらえたらしく、きっと模造刀のサバイバルナイフのままでもゴブリンぐらい簡単に倒せたはずだ。
いやでも、そんな事をすればパワードスーツを作るという夢が叶わないかもしれない、スキル選択に間違えはなかった。きっと一晩熟考しても答えは変わらなかったはずだ。
この森さえ突破できれば、夢への一歩をふみだせるはず。
「俺が選んだのは最強ではないが最高のスキル、のはずだ」
冷静に、冷静に戦力分析だ。
落ち着いてものごとを考えればどんな局面にも突破口はある、と思う。
まずは装備確認、スーツのポケットを探ったところでボールペン一本でてこない。わかってはいたが、ゴブリンに通じる武器はグライダーナイフだけ。
じゃあ、グライダーナイフだけでこれだけのゴブリンを倒せるか、答えはノー。
どうしてノーなのか、俺の魔力っぽい何かが足りないから、面倒だからもう呼び方は魔力でいいか、その魔力がゴブリンを倒しきる前に無くなる。
魔力が無くなればただのナイフでしかない。
それ以外の問題は、とくに思いつかない。
魔力さえあれば、数が多くとも遠隔操作で一方的に攻撃できるから、ゴブリン全てを倒せる。
だったら、魔力を他の場所から持ってくればいいじゃないか。
プラモで例えるなら〇ィターンズカラーのスーパー〇ンダムを作る時のように、G〇ィフェンサーをノーマルから持ってくる感じだ。前にこの例えを会社で使ったら誰も理解してくれなかったが、きっとわかってくれる人はいる。
足りないならよそから持ってくればいい。
「閃いた。相手から奪えばいいじゃないか、ゴブリンだって魔力くらいあるだろう」
俺はグライダーナイフにスキル『変形』を使い、遠隔操作の魔結晶が埋め込まれた面の反対側にもう一つの窪みを作り、新たに魔力吸収と付加した魔結晶をはめ込む。
足りないなら奪えばいい、斬り付けた相手から魔力を奪ってチャージする。うまくいけば敵がいる限り魔力切れを起こす心配はなくなる。
我ながらとてもナイスなアイディアだ。
「まずは」
狙いを前方の三匹にさだめグライダーナイフを空中に浮かすと、俺が隠れている茂みとは反対の茂みへ大きく迂回させる。
「あそこから攻撃すれば俺の位置はばれないだろ。攻撃開始だ」
茂みからグライダーナイフを飛ばして一体のゴブリンに突き刺した。
ナイフは深く刺さり一撃でゴブリンを倒すことに成功。
「よし!」
狙い通り、倒したゴブリンから魔力が流れ込んでくる。
魔力吸収も完璧だ。
感覚だが、ゴブリン一体の魔力で俺の魔力は満タンにまで戻った。しかもまだ吸収できそうな感じすらしている。俺の魔力ってゴブリン以下なのか、これはちょっとショック。
突然の不意打ちに驚いたゴブリンたちはボロボロの剣でグライダーナイフが飛び出した茂みを斬りつけ始めるが、作戦通りそこには俺はいない。
「フフフ」
いやいや笑いが止まらん。声が漏れないように必死で我慢する。
「やっぱりこのスキルを習得して正解だったぜ」
残った二体も素早く倒そうとナイフに飛ぶように命令するが、深く刺さり過ぎてしまったらしくなかなか抜けない。
「え、ちょっと」
想定外。早く抜けろと必死で念じ、じたばたしてようやく抜けた頃には、茂みを斬りつけていた二匹のゴブリンがプカプカ浮かぶグライダーナイフを凝視していた。
「だ、大丈夫だ、俺の位置さえバレなければ問題ない」
それからは、空飛ぶナイフVSゴブリン二匹の死闘。
ナイフで急所を狙うも二匹もいると上手く当たらず、望まぬ長期戦へ突入してしまった。
ボロボロの剣をかいくぐり、チマチマ、チマチマとダメージを与え、ようやく二匹を倒しきる頃には俺の精神が限界まで擦り減らされていた。
「ど、どうにか倒したぜ」
隠れて命令していただけなのにとても消耗した。
とりあえずナイフを呼び戻して一休み、どかりと腰を下ろしたら、後ろからガサガサと音が聞こえた。
「ま、まさか」
恐る恐る振り返るとそこには。
「ギギィー」
ゴブリンさんたちの集団がおりました。
戦闘に集中しすぎて、後ろのゴブリンたちを忘れていた。
「あ、あはは、ども~」
陽気に挨拶してみたものの帰ってきた答えは暴力だった。
「だよな~」
もうね、ダッシュで逃げるしかないでしょ。
相手を斬れば魔力が手に入るとか、そんな悠長な場合じゃない。
命をかけた全力疾走、日本にいた頃より早く走れている気がするけど、追っかけてくるゴブリンたちは数が多い、とにかく撒くことに必死な俺は茂みの濃い方へと逃げた。
追いつかれれば間違いなく殺される。
木々の間を走り抜け、目の前に現れたピラミッドのような遺跡を四つん這いになって犬のように駆けあがる。体が若返っていなければ、運動不足の社会人のままの体だったらここまでできなかっただろう。
「まだ、追ってくるのかよ」
振り返ればまだ追いかけてくる緑の小鬼たち。
もう肺が破裂しそうだ、酸素がたりない、わき腹がいたい。
とにかく必死で逃げた。
遺跡を半分以上登った時、手を掛けた遺跡の壁が崩れた。
「へ?」
突如襲われる浮遊感、俺は遺跡の中へと転がり落ちた。
転がり、転がり、上下感覚がなくなるほどの長く急な坂を転がり、俺は落下中に意識を失った。
頬にあたるひんやりとした石の感触でぼんやりと意識を覚醒させた。
ここはどこだ。
薄暗い、けど完全な暗闇ではない石造りの部屋。
天井も高い、俺の住んでいた1LDKの部屋より間違いなく広い。
遺跡の中なのは間違えなさそうだが、学者じゃないので詳しいことはわかるはずもない、床に積もった小さい砂などから、もう年単位で人の入った形跡はなさそうだ。
「どれだけ気を失ってたんだ?」
壁には人が一人通れるくらいの穴が開いている。
「ここから落ちてきたのか」
どれだけ滑り落ちたか分からないが、上が見えないほどの長く急な坂道、これならゴブリンたちも追うのをあきらめたんだろう。
「助かった~」
とりあえず、直面した危機は回避できた。
膝から力が抜け座り込む、着ている安物のスーツもすでにズダボロで肩や膝などは裂けたり穴があいている。即席サンダルもボロボロで靴下も親指やかかとの部分に穴があいている。
「それでここは、どんな系統の遺跡なのだろうか」
お宝とか伝説のアイテムとかあったらラッキーなんだけど。
「鎧でもあればパワードなスーツの素材になるかも、門番的なモンスターがいないことを願う」
グライダーナイフも一緒に落っこちてきていたのはホントによかった。これがなければ貧弱な日本人でしかない。
微かに明るい縦長の部屋、暗さに目が慣れてくると明かりの元が部屋の奥からだとわかった。
俺は吸い寄せられるように優しく青い光の元へ向かう。そこには透明なカプセルがあり、中には静かに眠っている銀髪の美少女がいた。
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