流されて、溺れて、少年と女性は出会う。

 七月の中頃。夏休みが始まってすぐの、とある夜。

 中林なかばやし光輝こうきは友人達と海辺に来ていた。地理的に波が荒れやすく、海水浴場としては開放されていない場所だ。せいぜいコンクリの堤防の上に乗って、遠くの方を通る船を眺めるくらいが限度である。

 だが、そのせいかおかげか、BBQではしゃいでゴミを撒き散らす愚か者も少ない為、景観だけは無駄に保たれている、そういうありふれた場所である。

 しかしながら、この時期になるとそういった前提条件を一旦どこかに置いておくタイミングがある。


 今日がその日だった。


 海沿いの道路は夕方から一定距離を封鎖されて屋台が数多く並び、そしてその屋台の何倍もの人で道が埋め尽くされている。


「流石に人が多いな」

「そりゃあ、この辺りじゃ一番って言っても過言じゃないくらいの大イベントだもの。ガイドブックにも載ってるくらいの有名なお祭りなんだから」

「知ってるっての。ともかく、流されないように気を付けろよ。この人混みの中ではぐれたら、合流は面倒だぞ」


 そんなやりとりをするのは、栗谷くりたに翔哉しょうや泡海あわうみ果波かなみだ。二人は小学校からの幼馴染らしく、共に通う高校では夫婦と呼ばれるくらいには、仲が良く、息も合っている。


「アレとソレ、食べてみない?」

「コレはどうだ?」

「アリだな」


 光輝と二人は、大した共通点がある訳でもなく、二人のようにアレとコレとソレだけで大抵のやり取りができる訳でもない。

 ただ、タイミングだけは二人と妙に合うのだ。今回だって、どうしてか翔哉が果波を祭りに誘うのが一昨日と遅れたせいで、他のクラスメイト達とは別行動になった。――本当に偶然、そのタイミングでドタキャンを喰らった光輝を除いて。


 付き合いの長さと仲の良さは四捨五入すればイコールだ。心理的にも単純に付き合いの長い相手には好意を抱きやすい。高校生になってからの、一年程の付き合いとは言え、今回と似たような事が本当に偶然、偶々たまたま、度々起こったことで、周囲からは三人で一組のセットと思われている節がある。


「中林はそれで大丈夫か?」「中林くんはそれで大丈夫?」


 と翔哉と果波に同時に声を掛けられて、本当に息が合うなぁ、と光輝はそれまでの思考を中断してしみじみと思う。思うだけで別に話す訳でも、ツイッターで呟く訳でもない。ツイッターは読み込み制限がもう掛かっているので今日は諦めている。


「うん、大丈夫。それに、はぐれちゃっても気にしないで。はぐれた先で花火見るから」

「相変わらず、中林くんは自然体? だよね。ありのまま、そのままっていうかさ」

「そうかな。流されやすいだけだよ」

「って、そういえば果波、どの辺りで花火を見た方がキレイとか、知ってたりするか?」

「ううん、そういうのは知らないな。え、席取りとかしてないの?」

「急に相撲の話をしてどうした?」

「関取じゃなくて。急に変なボケかまさないで」

「冗談だ。特に決まってないなら、俺に任せてくれないか? へへへ、実は良い場所知ってんだよ」


 どや、という音が聞こえそうなくらいの自信あり気な表情。とても率直に腹立たしい。


「やっぱその顔、なんかウザいね」


 どうやら果波も似たりよったりの感想だったらしい。そしてどうやらその顔は何度も見せられているらしい。少しだけ光輝は同情する。


「急に罵倒しないでくれ、興奮するようになったらどうするんだよ」

「キモイ」

「ぐっ、ストレートかつシンプルな言葉はマジで効く…」

「それだけキモかったってこと。まぁでも、そこまで言うならでもお任せしようかな」


 ドヤ顔の不評には定評のあるらしい翔哉だが、同時に下手な嘘を吐かないことにも定評がある。故に、良い場所があるというのは事実なのだろう。


「おう、任された」


 なんてやりとりをもうしばらくした後、ふとしたタイミングで会話が途切れた。

 沈黙が平気かどうかは関係性を如実に表す指標である。三人は無理をして会話を繋げる程、不安定な関係でもない。翔哉と果波は同じタイミングでお揃いのスマートウォッチを見て、そんな二人を取って光輝はスマホをなんとなく取り出した。


「あのさ」「あのさ」


 やっぱりこの二人は息が合うなぁ、と光輝は思う。

 ただ、どうしてか二人の声は、遠くで聞こえた。


「あれ?」


 ぱっと、辺りを見回す。

 二人がいない。声からして、恐らくは前の方にいるのだが、姿が見えない。


「ととと、っと、あ、すみません」


 人が多い。どうやら一番混む場所にうっかり迷い込んだらしい。しかも、どうやら逆流に捕まったらしい。


(……あー、これ、まずいかも)


 かろうじて聞こえていた二人の声が聞こえなくなっていく。


「ったく、お前はいつも危なっかしいんだからよ。……ほら」

「……え?」

「手、繋げよ」

「……うん。ありがと」

(…………。これ、流された方がいいな。今割り込んだら多分天罰が下る)


 二人がいるであろう辺りから、青い春のオーラが見えたような気がして、光輝は流れに逆らうことを諦めるのだった。


・・・


 体感では十分以上。恐らく実際には数分かそこら。前に後ろに、右に左に。あるがまま、なすがままに光輝は流された。


「うわっと、ととと」


 不意に人の流れから勢いよく弾き出される。転びそうになったがどうにか耐えきった。


(やっと、流れが終わった……のかな?)


 違和感。

 弾かれて出た場所は道の端や通路の終わりではなかった。むしろ道のど真ん中だ。なのにどうして人の流れが終わったのか。

 辺りを見回してすぐにその答えが分かった。というより、目の前にその原因は居た。


「あはははは! もうどうにだってなってしまえ~!」


 座り込んで缶ビールを呷りながら何やら叫ぶ女性。ああ、もうすっかりできあがっているな、とすぐに分かる状態だった。

 周りには彼女のものと思われる財布や手提げバッグ、それと先程飲み干した分も含めると缶ビールが五本程転がっている。家で冷えてる、心がウキウキワクワクするやつである。

 転がっている全部を彼女が飲んだと考えれば、この有様も納得はできる。どうしてここでそうなっているのかは分からないが。

 要するに、そんな彼女を触らぬ神に祟りなしと避けて、不自然な空間ができていたのだ。


(よし、すぐに逃げ――)


 ここで止まっているよりは何倍もマシ、と光輝は彼女の方から背を向けて再び人混みに流されようとしたのだが。

 ガシィッと、腕を掴まれる。


「あんれぇ、君ぃ、こんなところで何やってるの?」

(どちらかと言えば、それは僕のセリフだと思うんだけどなぁ)


 二、三度強く腕を引いて無理矢理抜け出そうとするが、どうにも女性の力は強く、抜け出せない。

 はぁ、と諦めて光輝は女性の方へと向き直す。

 女性はだらしなく頬を緩ませていた。


「えぇっと、大丈夫ですか? 財布とか散らばってますけど」


 話しかけられたらとりあえず話をする。それは光輝にとって、翔哉や果波のような慣れた相手でも初対面の相手でも同じだ。

 無理矢理話をぶった切ったり、無視をするという流れを断ち切るようなことを、光輝は苦手としていた。


「ん~? ああ、らいじょーぶ、らいじょーぶ。どうせ、財布の中はなんにもないし? それに私にゃあもう、失うものなんてなーんにもないしね~。あはははははっ!」

(うわぁ、面倒臭いタイプの酔い方だぁ)


 内心でそう思いつつも、顔には出さない。


「……おぇ、気持ち悪ぅ。吐きそう……」

「ちょ、ちょちょっ!? こんな所で吐かないでくださいよ?」

「あはははっ、じゃあ吐いてもいいトコに連れてって~。私ひとりじゃあるけなーい」

「はぁ……。分かりました、分かりましたよ。じゃあ、ほら掴まってください」


 手っ取り早く、周辺に散らばっているもので女性の貴重品や私物と思われるものをかき集めて、女性立ち上がらせる。


「あいあと~」


 ニコニコの笑顔のままで、そのままどしりと体重を掛けられる。どうやら自分で立つつもりはないらしい。


「うわっ、酒臭っ。っ、ああもう、どうしてこんなことに……」


 女性一人。礼儀としては、おそらくは軽いと言っておくべきなのだろうが、しかし全力で寄りかかられてしまっては軽い訳がない。


「おっも……」

「ちょっと~、レディに失礼じゃない……、うぇ、あんま、揺らさないで、マジで、ゲロ出る」

「レディはゲロって言わないです、よ。いや、マジで、ちょっとは自分で歩いてくれません!?」

「むぅりぃ~」


 はぁ、と光輝が大きな溜息を吐くと、女性の方も同じように溜息を吐く。


「酒クッサ!?」


 どうやら反応を面白がって真似ているらしい。


「あはははははは! ――うぇ、やば、マジでやばいかも」

「もう! ちょっとは大人しくしてくれませんかね!?」


 彼女の千鳥足に流されながら、同時に彼女の存在によって人の流れをかき分けながら進んでいく。


(すっげぇ。みんな逃げるように道を譲ってくれる)


 流れ流される光輝にとって見慣れない光景にそんなことを思いながら、光輝は彼女をどうにか人混みの外れにまで運んでいった。

 本来ならばトイレにでも連れて行っていっそのこと吐かせるべきなのだろうが、完璧な酔っ払いの対応などただの高校生には荷の重い話である。

 堤防から道路を挟んで向かい側の歩道。コンビニの前のガードレールに背をもたれさせて女性を座らせる。


「はぁ、はぁ……。大丈夫、ですか?」

「ん? あははは、全然。全然、だいじょばないよ。オロロロロロロ」

「うわっ!?」


 一切の前兆もなく、女性はとうとう酸味のあるダムを決壊させてしまった。


「あははははっ!」

「何も面白いこと起きてないですけど!?」

「あひゃひゃひゃひゃっ!」

「笑い方がバグった!?」


 多分、今の女性は箸が転がっても面白いのだろう。女性がひとしきり笑っている間、光輝は途方もない疲労感に襲われていた。


「……あ~、一回吐いたらスッキリした。ねぇ、君、ちょっとそこで水買ってきてくれない?」

「アナタがゲロ掛けた足で、行かせるんですか?」

「掛かってないでしょ。お酒かなり抜けて来たから、騙されないわよ」

「全然そんな風には見えませんけどね。ちなみに、お金は?」

「ない! 財布からっぽ! あははははっ!」

「……はぁ。分かりましたよ。頼みますからそこで大人しくしといてくださいね?」

「は~い! ありがと」

(本当に酔いから覚めていてこれだったら、かなり陽気な人だなぁ……)


 などと考えつつ水を買って戻る。女性はなぜかニヤニヤした笑顔でこちらを見ていた。


「はい、これでいいですか?」

「うん、さんきゅ! ……えぇっと、あれ、君誰だっけ? ごめん、もしかしたら記憶も一緒に流れたかも」

「安心してください。初対面で、お互いに名前も知らないです」


 そっか、と言った後女性はペットボトルの水をがぶ飲みし始める。一気に半分を飲んで、ぷはぁー! といい声で唸っていた。随分とマシにはなったがまだ酒臭い。

 とはいえ、どうやら水を飲んでようやく少しはマシになったらしい。ようやく、二人は目を合わせてちゃんと会話ができた。


「私は穂高ほだか凛子りんこ。ごめんね、色々と。それとありがとう」

「ああ、えっと、いえ。僕は中林光輝です。それじゃあ、その気をつけて」

「おいおい、酷いなぁ。こんなところでいたいけなお姉さんを残して行くのかい? もしも襲われたら君のせいだよ?」

「ぐっ……。前半は否定したいけど、後半がその通りなのが腹立つな。……はいはい、分かりました、分かりましたよ。それで何したら開放してくれるんですか?」

「酷い言い草だねぇ。私の酔いがもう少し覚めるまで、少しくらいは付き合ってちょうだいよ。話をちょっと聞いて欲しいだけなんだから」


 そう言って凛子が語ったのは、今から一時間ほど前の出来事だ。


「――って訳」

「えーっと。つまり、話をまとめると、結婚を前提に付き合っていた相手が公衆の面前で浮気相手にプロポーズをしていたから顔面をぶん殴ったと」

「そ。で、もうなんかこう全部がどうでもよくなって、ヤケ酒してたの」

「それは、まぁ……、ご愁傷さまです?」

「なんで疑問形なのよ。普通にご愁傷さまよ。さぁ、慰めなさい。この可哀想な私を、さぁ!」

「うっざ」

「あ?」

「なんでもないです。っていうか、傷心の女性を慰めるとか、そんな無理難題を一般の高校生に押し付けないでくださいよ。男女交際の経験のない僕には難しい話です」

「え、そうなの? 君なら結構モテそうな気がするのに。でもまぁ、大丈夫よ。人間誰だって、一度くらいはドラマや漫画みたいな出来事を経験するものよ。もしも未だに一度も経験がないというのなら、それはつまり今後の君に期待というだけの話なんだから」

「えっと、ありがとうございます?」

「……ってなんで私が慰めてるのよ!」

(まぁ、今も言ってしまえばドラマや漫画みたいな展開だよなぁ。多分ジャンルとしてラブコメはありえないだろうけど)


 と、光輝は漠然と思う。


「……えぇ、本当に。そんな訳ないでしょ、って思ってたのに。なんか出張とかヤケに多いなぁとか思ってたけど。せっかく職場が近くに変わって同棲ができるって浮かれてた私が馬鹿みたいじゃない。おかげで新居探しでお金無くなっちゃうし……。あぁもう、マジであのクズ野郎、絶対に破滅させてやるんだから……!」

「勝手にヒートアップしないでくださいよ」


 そんなやりとりをしている時だった。

 ドン、という低い音が聞こえて、同時に周辺一帯から歓声が上がった。夜空を照らす炎の花が舞ったのだ。


「あらら、花火始まっちゃったみたいね」

「……そうだ。もうそろそろ、メッセ飛ばしてる方がいいかも」


 ぼそ、と光輝は独り言を呟く。

 ほぼ無意識のものだったが、耳ざとく凛子には聞こえたらしい。取り出したスマホをちらりと目線だけで覗き込んでくる。


「何? 彼女とでも来てたの? だとしたら悪いことしちゃったかな?」

「男女交際は一度も無いってさっき言ったでしょ。まだ酔ってます? ……友達と来てたんですよ。……ああ、でもあの二人は彼氏彼女かもしれないですね」

「ん? 何、どういうこと?」

「ああ、いえ。一緒に来た二人は、多分付き合ってるんですよ。でもウチの学校、去年から不純異性交遊は明確に禁止になったので、誰も彼も付き合ってる云々の話は学校ではしないようにしているんですよ」


 もとより幼馴染や親友というには近すぎる距離感だと、二人を知る者達なら誰しもが思っていたが、ここ最近は特に顕著だ。人目もはばからず、あちらこちらでお花畑な雰囲気をダダ漏らしである。そんな二人とよく遊ぶ光輝は、砂糖よりも甘い雰囲気を喰らわせられている最大の被害者である。


「ふぅん、なんかどこかで聞いたことのある話ね。去年から……、ね」

「確か、去年の卒業生が、卒業式の日に羽目を外したらしくて」

「ハメた訳ね」


 ふふん、と凛子はどこかの誰かに負けず劣らずのドヤ顔を見せる。


「…………。凛子さん、さっき自分のことお姉さんって自称してませんでしたっけ?」

「お姉さんだから言ってもいいのよ。アナタが言うと生々しいでしょう? っていうか、まぁ、やっぱり聞いたことのある話ね。そんなものは、どこでだって起こるものよ」

「へぇ……」


 そういうものなのだろうか。真偽はともかくとして、光輝は納得してしまう。達観気味のただの高校生と、少なくとも漫画やドラマのような体験をしたばかりの女性、説得力は後者の方が上だった。


「ま、だったら、君は合流するのも、メッセを飛ばすのもヤメといた方がいいでしょ。どうせイチャイチャしてるんだろうし」

「かもしれないですね」

ぜぇたいしてるわよ。お姉さんの目に狂いはないんだから」

「……浮気されたんですよね?」


 またもや自信あり気な表情に、思わず光輝は余計なことを漏らしてしまう。


「泣くよ? お姉さん泣くよ? 大の大人の女のガチ泣きなんて本当に収集つかないんだからね?」

「どういう脅しですか」


 顔を手で覆って大袈裟な泣き真似を凛子は見せる。確かに泣かれてしまうとどうすればいいのか想像もつかない。本当にタチの悪い脅しだ。しかも彼女は酔っ払いだ。本当にしかねないのが尚更、である。


「まぁ向こうからも心配のメッセとかも来ないですし。向こうはいい雰囲気なのかもしれませんね。確かに合流はしない方がいいかもです」


 スマホをポケットに仕舞ったところで凛子と目があった。その視線は親の目線に近い何かだった。保護者やそれに類するなにか、だ。


「君は、なんかこう、色々と周りに流されて生きてきそうだね」

「よく言われます。周りに合わせて、その場の流れに任せることがどうにも癖になっているみたいなんですよね、僕」

「だめだよ、そんなことじゃあ。ちゃんと自分の道は自分で切り開かないと」

「さっきのお姉さんみたいにですか?」

「さっきからちょくちょく言葉で刺してくるねぇ。君一言余計って言われたりしない?」

「よく言われます」

「すごいなぁ、数回の言葉のキャッチボールで矛盾できるなんて。何かの才能かもしれないねそれは。でも、うん、なんか君は大丈夫そうだね」


 流されやすいのに、一言余計だからお前は訳分かんないんだよな。光輝は翔哉を含めた友人達からも、よくそんなことを言われている。


「――っと、そろそろ締めかな?」


 視線を夜空に向けた凛子の言葉の通り、次々上がっていた花火が一瞬止まり、そして、最後には惜しみなく、盛大に大量の花火が打ち上がった。

 最後の乱れ打ちは突如として昼が訪れたのではないかと錯覚してしまいそうになる程である。何ならば鶏が鳴いていたような気もする。


「……終わっちゃったね」

「みたいですね」


 先程まで鳴り響いていた破裂音は静まり返り、対照的に静かだった周囲一帯はどよどよと騒がしさを取り戻していく。


「この寂寥感せきりょうかんと、周りのうるさい感じ。うん、これが花火だね」

「…………。多分その二つは同時に存在しちゃあいけないと思うんですけど」

「世の中は矛盾だらけなのよ。矛盾しているのに成立する。そういうものよ」

「なんか良い感じのこと言いたいだけですよね?」

「あ、バレた? 職業柄、ついね。ともかく、うん、付き合ってくれてありがとう。だいぶ酔いも覚めたし、私はそろそろ帰ろっかな」

「そうですか」

「君は? どうするの? 合流するの?」

「ああ、はい。丁度、今更になって心配のメッセが飛んできてますね」

「そっか。じゃあね」

「はい。それじゃあ」


 特に別れを惜しむこともなく、光輝と凛子は別れたのだった。


(ま、一夏ひとなつの不思議な思い出としては及第点じゃあないかな)


 きっとこれが彼女の言っていた漫画やドラマみたいな展開なのだろう。光輝はそう思っていた。


・・・


 それからしばらくして。

 夏休みも終わり、二学期の初日。

 光輝、翔哉、果波の三人がいるクラスの担任が、事情により休職になるらしい。始業式の際にその旨が伝えられ、そして代わりに新しい担任の紹介もあった。


「……え」


 思わず、光輝はそんな声を漏らしてしまう。

 意図せずかなり大きな声が出てしまったらしく、周囲の視線を集める。

 だが、後悔はそれよりも後にやってきた。


「あぁっ!? 嘘、あの時の、光輝くん!?」


 新しい担任の、のそんな大きな声のせいで、今度は学校中から注目される羽目になったのだから。


「そういう展開かぁ……」


 そう言って光輝は、天を仰ぐのだった。

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