朝、紅茶を飲んで。

 ―朝。与えられた自室で目を醒ます。起き上がり、未だ慣れない室内を見渡す。ひとりで眠るにしては広い部屋だ。ベッドの縁へ腰掛けながら、逡巡する。この家にはどうやら不思議な魔法が掛けられているようで、外観と比較して異様なほどに中は広い。地下にも幾らか部屋があるらしいが、彼女は全てをきちんと把握しているのだろうか。


「……おなかすいたな」


 仕様もない思考を遮るように腹が減り、また誤魔化すように伸びをした。昨日食べたスープは美味しかったな、パンも手作りだって言ってたし。所々粗暴な振る舞いも見えるが、基本的には細やかな気配りのある人なのだろうと思う。今こうして着替えている服も、さっきまで眠っていたベッドも、だって彼女が俺の身丈に合わせて設えてくれたものだ。曰く「ジジイが遺した金は全部アンタに使う」ってことらしい。


「じいちゃんにも、感謝しなきゃな」


 部屋を出て、漫ろと廊下を進む。―あの後、じいちゃんの『遺書』も遺書も彼女に預けた。最後には俺が『遺書』を開けなくてはならないのだろうが、現時点でアレを正しく管理できるのは彼女の他にいないだろうから。


(―でも、)


 じいちゃんが死んだというショックからも徐々に立ち直り、『遺書』について色々と学ぶ中で、ある疑問が頭を擡げていた。


(何が入ってるんだろう)


 彼女がじいちゃんから大金を預かっている以上、金銭などではないだろう。じいちゃんの性格からして、奢侈品の類ではないと思うのだけれど。


「あれ」


 ふと、足を止める。目の前に扉が現れたからだ。昨日までここに階段があったはずなのだが―彼女の気紛れで家の間取りが組み替えられたのだろう。ちょっとだけ溜息を吐いてから、耳殻に引っ付けたピアスのその青い石を爪先で弾く。


 ―どうした?


 ぼんやりとした声が、頭蓋の内に響く。この奇妙な伝達手段を使ってると、ちょっとだけ頭が痒くなる。


「カメリアさん、あのですね、前までここに階段があったと思うんですけど」


 ―おい、アタシのことは師匠って呼べっつったろ


「あ~……すいません、師匠、今階段ってどこにあります?」


 ―説明すんの面倒だからそこに階段出すわ。ちょっと待ってろ


 彼女がそう答えるや否や、瞬きの間にさっきまであった扉は姿を消し、階段がぽっかり口を開けていた。


「ありがとうございます」


 おお、と感嘆と拍手を送りつつ、階段を降りるその一歩を踏み出した。



「ああ、そうだ、今日仕事あるぞ」


 朝食の際、何の気なしに告げられて面食らう。柔らかいパンの最後のひと口を飲み込んでから、応えた。


「僕もですか!?」


 彼女は優雅に紅茶を飲み干した後、ハ、と緩やかな苦笑を浮かべた。


「まさか、お前はただの見学だよ。……事前情報は共有しといてやるがな」


「これも勉強の?」


「一環だ。如何せん、『遺書』に関する仕事だからな」


 ほう、と改めて彼女へ視線を向ける。どうやら高名な魔女らしい彼女の元へは、何かしらの相談に人が訪ねてくることがあった。例えば錬金の調合に関する相談もあったし、失せものの捜索依頼もあった。―死者蘇生に関する依頼は門前払いしてたっけ。


「やっぱり、そういう依頼もあるんですね」


 これもそんな依頼の一環であり、折よく『遺書』に纏わる話らしい。


「―依頼主は南方で大きな農場を営んでいるオリビアという女性だ。そして『遺書』を残したのは彼女の夫―オニキスだ」


 ふむふむ。と適当な首肯を返しつつ、サラダを一口放り込む。


「勿論、アタシに依頼が来てる以上、ただの『遺書』ってわけじゃない」


 まあ、そりゃそうだよな。普通の『遺書』ならそもそも「開かない」ということがないらしい。誰かに『遺書』について頼らなくてはならない時点で、並々ならぬ背景があるのだろう。


「灰の中から見つかったのは『鍵』だけ―つまり『遺書』が見つかってねえんだ」


 ―喜べ、宝探しに行くぞ。


 そう言って彼女は悪戯っぽく微笑んだ。

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