第32話 波乱の晩餐会
クレイグに客間までの案内された後、シアはひとまず荷物の整理と父に晩餐の時間を伝え、パールに付き合って空から城を眺め観光を楽しんだ。部屋へと戻ると晩餐への招待されるためには身なりを整えなくてはいけないようで、数人のメイドに囲まれて身体を磨かれ、髪を結い上げられ、動きにくそうでやたらと布が多い下半身が嵩張った服を着せられた。初めてづくしの経験だ。
ドラゴンであるパールも同様に磨きたいようだったが、メイドたちも手を出せずにいたので、シアはパールに大人しくするよう言い聞かせ、遠慮なく同じく犠牲となってもらった。
シアは実用的なのが一番という機能性重視な考えだ。こういう可愛いものが好きでシアをよく着飾らせたがる幼馴染の顔を思い出す。きっと今の自分の姿を見せたら喜ぶだろう。
そんな現実逃避をしてパールと一緒に諦めてなされるがままになっていれば、あっという間に晩餐の時間になった。
晩餐会場までの道案内の迎えもクレイグのようで、迎えに来た彼の後をシアは動きづらい格好で何とか着いていく。途中で見かねたクレイグから見苦しくない程度のこの服での動き方や作法を教わり、やっとのことで会場へと着いたのだった。
席にはアルフレッドともう一人、シアよりもう少し上くらいの女性が座っていた。女性が軽くこちらを見てパールに一瞬驚くも、すぐに動揺を消し微笑みを向けてきた。敵意はないようなのでシアも同様に笑みを返して席につく。
「全員席に着いたな。互いの挨拶はまずゼノ殿と繋げてからでいいか?」
「うん。アルフレッド招待ありがとう。さっそく父様に繋げるね」
眩いシャンデリアが照らす下に闇を纏ったかのような男の姿が映った。
招待客の一人である女性がはっと息を呑む気配がする。
ゼノは最初から元の黒を曝け出した姿で現れた。
『今宵はこのような席に招いてもらえたこと光栄に思う。礼を言おう』
「招待したからには退屈はさせないと誓いましょう。この後の会話が貴殿にとって面白いものになれば幸いだ」
『ふ、あまり予期せぬような余興は好むところではないのだが、お手柔らかに頼むとしよう』
ゼノはゆるりと目を細め口角を上げた。
その姿は全てを見透かした上で、見ものだと手のひらの上で踊る様を愉しむ覇者そのものだ。
招待客の女性は黒を纏った覇者に気圧されそうになりながらも声を上げた。
「まずは自己紹介を。
お初にお目にかかります。
先にアルフレッドからお聞きかと思いますが、本日は私の母国の王の座を私が手に入れるため、ご協力を願いに来ましたの」
彼女の意思を秘めたエメラルドの瞳が輝いた。
『ほう? これは大した余興だ。驚きのあまり笑うこともできなくてすまないな』
先ほどまでより怒りのせいか低くわずかに震える覇者の声にエメラインの脚は震えた。
怒らせただろうか。こんな小娘が何を世迷い事をと思ったのか。
小娘一人、目の前の圧倒的な存在にとって大したことのない者であろう。母国はこんな相手に本気で勝てると思っているのか。
私がここでしっかりしなければ母国はあっという間に滅ぼされてしまうだろう。目の前の覇者によってあっけなく蹂躙されるのだ。
エメラインの胸中は完全に目の前の覇者に怯えていた。
しかしエメラインは気丈に振る舞うよう自分を叱咤した。母国への愛と王女である誇りが彼女を奮い立たせる。
傍目には怯んでいるとは思われないよう、しっかりと目を見返して言葉を重ねる。
「小娘の戯れ言かと捨て置かないでいただきたいのです。
私の国が魔界への侵攻を計画しているのはすでにご存知でしょう。我が国は伝説にある聖剣を手に入れました。現在は扱うことのできる勇者を国中から募り探しています。
勇者が見つかれば我が父、ユーフウェイル国王はすぐにでも魔界への侵攻を進めることでしょう。私は無駄な争いをお越すことを望んではおりません。元より魔族や黒持ちに対しての異常な動きも、ここ数十年の父が即位してからの動きです。黒持ちへの迫害の裏には私の父が絡んでおります。父の魔族への敵対心は並のものではないことは確かです。
ですから私は父を王座から引きずり落とし、私が王となって今の国を正したい。
私が王になれば黒持ちへの迫害を取りやめ、魔族との平和条約を結ぶことを約束いたしましょう。その代わり、私が王座に着く手助けをしてくださいませんか」
『......それだけか?』
「え?」
『協力を願う理由はそれだけかと聞いている』
ゼノはそう言って冷めた眼差しで切り捨てた。
話は以上だと言わんばかりに通信は途切れる。
アルフレッドは笑った。
「交渉決裂のようだ」
「アルフレッド...! あなたも何か手助けをしてちょうだい! このままでは我が国は...!!」
わざとらしく肩をすくめ、アルフレッドは仕方のない相手を宥めるかのように言う。
「エメライン、昔のよしみで交渉の席は設けたが、それから後は君の腕次第だと話したはずだ。
優しくてお上品で夢見がち。貴女は僕が人質としてユーフウェイル王国で過ごしていた時から何も変わっていない。
言ったはずだ。僕もゼノ殿も理想論や感情論では動かない。君も一国の王となりたいのならよく覚えておくといい。
それに協力したところで今の君が王座につけばユーフウェイル王国の未来は泥舟だ。どっちみち滅ぶだろうなら変わらないさ」
エメラインの話は他力本願で自分の望みを優先したものだ。
勇者が見つかれば脅威ではある。だが現状では魔界にとってユーフウェイル王国は何の脅威でもない。黒持ちの待遇を話されたところで、ゼノ自身は黒持ちだが多くの魔族にとっては他人事、人族の話なのだ。わざわざ介入するメリットがなかった。
アルフレッドの言葉は棘だらけだ。
エメラインはその言葉に打ちのめされていた。
彼女を放ってユーフウェイル王国の話は終わったと言わんばかりにアルフレッド別の話を始めた。
シアもようやく場の雰囲気が和気藹々としたものになったのを確認し、パールの口を抑えていた手を離した。場違いにならないよう今まで必死で目の前のご馳走に飛びかかろうとするパールを押し留めていたのだ。
待てを解除されたパールはご馳走を平らげていく。
その食べっぷりを見て、アルフレッドが次々と出される食事の説明をする。
「シア嬢、そういえば山で見たヤギを覚えているか?」
「あののっぺりした顔の四本足の生き物...」
短い間ながらも飽きるほど見たアルフレッドの呆れ顔がされる。
「言い方がすごいが...おそらく思い描いているので合っている。
本日用意したのはあのヤギから取れた乳を加工したものだ。チーズ、ヨーグルト、アイスなど。気になるものがあれば遠慮なく教えてくれ。
宝飾などにも興味があればそちらも後で見せよう。
まだしばらく滞在するだろう?」
「うーん、まあお邪魔でなければ五日間くらい?」
「ではここを発つ最後の日にまた改めて晩餐会を開くとしよう。
ゼノ殿にまた時間をいただくことはできるだろうか? よければ温泉について詳しく聞きたいのだが」
「うん。大丈夫だと思う」
シアとアルフレッドで話が弾む中、晩餐会は終わりを迎える。シアをクレイグへと客間まで送り届けさせるのを見送り、残ったアルフレッドは同じくその場に残ったまま暗く沈むエメラインへ告げた。
「シア嬢の滞在期間は五日間。最後の日にはまた晩餐会を開く予定だ。
僕はもうこれ以上お膳立てはしない。それまでによく考えるんだな」
アルフレッドが言った二度目の晩餐会がエメラインの最後に残されたチャンスだった。
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