第31話 乙女の秘密
シアにとって城というのは自分の実家、ゼノがいる旧魔王城のことだ。見た目はお世辞でも華やかとは言いづらい。装飾や調度品一つ一つを見れば大変価値のあるものではあるのだが、それを覆す禍々しさと威圧感がどうしたって麗しいの形容詞と仲良くしてくれないのだ。百歩譲って厳かである。シアの感じるものは自分の家と全く違う雰囲気の友人宅にお邪魔したときの高揚感に近い。初めてお邪魔する友人宅が城であるのも十分すごいが、それだけではない。
各国の国宝とも呼ばれる宝飾品は大抵がこのローゼンクリシュタイン王国から採れた宝石をこの国の技術士たちが加工したものである。その美しさを生み出す技術においては世界中が認めるものであり、それは人が身につけることができる程度の大きさに留まらない。この国の城もまた、城そのものが国宝級の芸術品と言っても過言ではないレベルのものであった。
一級の芸術家たちが何十年も何代にも渡って丹精込めて作り上げられた城。
険しい山々に囲まれ、切り立った崖の上にそびえ立つ白亜の城。庭は白薔薇に囲まれ、白水晶の如き。それがローゼンクリシュタイン城だ。
「ようこそ我が城へ。君を歓迎しよう」
「ええっと、お邪魔します?」
「ぎゃーう!」
シアの肩に乗っかるパールもまた真似をして挨拶をする。
「晩餐までには紹介したい客人も着くだろう。先にあの過保護そうな父君と連絡でもとっておくといい。話し合いの前にもう一度方針などを決めたりしたいだろうしな。
クレイグ、彼女を客間に案内してやれ」
恭しくクレイグがアルフレッドに礼をして、歩き出すクレイグにシアも後をついて行く。
城の渡り廊下からは庭の白薔薇の芳しい香りが風に運ばれて、咲き誇る様子が楽しめる。遠くを見れば霞がかる山々の景色が。あまりにも現実味がない場所だ。ここはまるで美しいものだけを選りすぐって寄せ集めたような場所だと思った。短い期間で知った美しさを愛し妥協を許さないアルフレッドが住むにふさわしい場所である。見た目だけなら儚げなのに薔薇の棘だとか切り立った崖だとか他者を寄せ付けない危うさがある。
まあ、その儚さとやらも喋れば全て霧散するくらいのいい性格をしているのがアルフレッドなのだが。
シアはアルフレッドと仲良くなりたい。初めて旅で出会った人物だからだけではなく、なんとなく放っておけないと思ってしまったからだ。
ここに来るまでに気がついたのはアルフレッドは眠りの時深く眠らないし、食べ物も絶対にクレイグが用意した物しか食べない。触れ合いもこちらにはそうと分からない程度に見事に避けていた。
「クレイグさんはアルフレッドと付き合い長いんですか?」
客間までの間、シアは少しでもアルフレッドのことを知ろうとクレイグに尋ねた。
「付き合いが長い...どう言った意味でかによりますが、この城に居る者の中で一番長く居るのは私になります。
ですが私がアルフレッドの側にいるようになったのは二年前からです」
「えっ...それじゃあこの城の人たちはみんな新しい人ばっかってことですか? それまでいた人たちは...」
「少し前までここは王座を奪い合い血濡れの城でした。大半が死に絶え、アルフレッド様が王座に着くことでその醜い争いにも決着がつきました。ですが生き残った者はすべからくアルフレッド様と敵対する者たちばかり。その全てをアルフレッド様は一掃し、一から自らの王国を作り上げました」
あまりの話にシアは目を見開く。
アルフレッドは危うい。シアがわずかながらに感じた違和感と、クレイグから聞く残虐性に自分の感じていたことが間違いではなかったことを知る。
「この話を聞いて、あなたがアルフレッド様から距離を置くも、同情でそのまま友人関係を続けるも、私には預かり知らぬところ。
ですが、私の主人を害そうとするのなら容赦はしません。一度目のアレは許しましょう。二度目はありませんのでよく覚えておくように」
クレイグはあの時のことを言っているのだ。
シアは自身の大事なものを傷つけようとするものは何であろうと許さない。シアにとってゼノ、父様は絶対の存在だ。だからそれを傷つけようとするものかと疑って、アルフレッドに攻撃を仕掛けたことはある。あの後誤解は解けたが、シアだってもう一度アルフレッドが父様を狙うと疑うようなことがあれば、躊躇いなくその首を切り落とすだろう。
クレイグにとってアルフレッドが、きっとシアにとっての父様だ。
この瞬間、シアはアルフレッドよりもクレイグの方が自分に近い存在だと理解した。
「二度目があるかどうかはそっち次第だね。自分の大事なものさえ無事なら他はどうだっていい、そうでしょ?」
「ええ、私もあなたに興味はありません。あなたも、あの父と呼んでいた男以外本当のところ興味はないのでしょう。よくそのように好奇心旺盛な道化を被っていられますね」
「興味はあるよ?」
この言葉は嘘じゃない。
ただ、父様が要らないと言えばシアは仲の良かった者でも物でも切り捨てられるだけのこと。
何にでも興味はある。それが父様の役に立つかどうか。父様に何をもたらすか。知っておいて損なことは何一つないのだから。
アルフレッドは頭が切れる。害にならないと判断してもらえれば、互いに利益をもたらすいい友人になれるだろう。
パールも今は弱いがドラゴンだ。鍛えてあげればその強さはもっと跳ね上がる。いずれ父様の盾にだって剣にだってなれる。
父様が私に普通を望んでいることはよく理解している。だから私の本音を父様には内緒にしているだけ。
ファルルは『父親に知られたくないことなんて女の子にはいっぱいありますからね。普通のことですよ』って言ってたし、ミリアも『秘密の多い方が女は魅力的』って言ってたからこれでいいの。
二人の不穏な空気を裂くようにパールが鳴き声を上げた。
「どうしたの? パール、あんまり騒いじゃダメだよ」
「お目が高いですね」
クレイグはパールが見上げていた城の中でも大きくそびえ立つ中央を見上げた。
「この城は下からでは分かりづらいですが、上から見るとドラゴンをモチーフに作られています。
モデルとなったのもあなたのように純白のドラゴンだったのかもしれませんね」
「へぇ、それってすごく素敵」
「せっかく翼があるのですし後でも空いた時間に上空から城を見てみるといいでしょう」
「じゃあパール、後で一緒に見よっか?」
パールがぶんぶんと激しく上下に首を振る。よほどこの城がお気に召したようだ。上から見るのが楽しみでしょうがないらしい。
パールによってシアとクレイグのまとう雰囲気はいつもと同じものになっていた。先ほどまでのことをお互い気にせず引きずらないのは、やはりお互い大事なもの以外興味がないからなのだ。
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