第30話 伝説の存在

 ローゼンクリシュタイン王国。人族の国の一つでユーフウェイル王国の北部に位置する。広大な平野が広がるユーフウェイル王国とは違い、領土の大半が山脈で占められている。鉱物や宝石、鍛治や宝飾加工に優れた技術士が多くおり、食料には恵まれずともその技術力と山々から取れる美しい宝石を求める者が多く集う国。


 少し前までは王座を巡り、王位継承権を持つ者たちがこぞって争いを繰り広げていた。血みどろの争いに勝利したのは誰もが気にも留めていなかった下位の王子。


 王が美しい踊り子に手を出して産まれた子がアルフレッドだ。彼は王宮内でろくな扱いを受けず他の王子たちからも蔑ろにされていた悲運の王子と呼ばれていたが、王座争いで継承権上位者たちがこぞって共倒れし生き残ったアルフレッドの元に王座が転がってきたのだ。彼は悲運の王子から強運な国王と呼ばれるようになった。



「彼についての情報はこんなところでしょうか」


 チェスターが報告書を机に置き、そうまとめる。


 ゼノは通信後すぐにアルフレッドについて調べるよう指示を出した。私情が混ざっていないと言えば嘘にはなるが、協力者になるかもしれない相手が信用できるかどうか、調べるのは当然のことだ。


 だが、"強運"とその一言でまとめるしかないほど彼についての詳しい情報が出てこない。天使族を従えている割には王座に着く前の目立った情報がないのはそれはそれで不自然だ。



 ローゼンクリシュタイン王国とユーフウェイル王国は仲違いしているわけでも同盟国でもない。今までも二つの国は深い関わり合いのない隣国同士という関係性でしかなかった。


 それがここに来て若き王は隣国を狙い始めた。単純な野心家かもっと深い事情があるのか。



「シアを城に行くことを許したのは早計だと思うか?」


「いえ、あれでいてシア様は自分に害をなす者かを見抜く勘に優れています。そのシア様が行くことを選んだのならシア様にとって害をなさない存在であるのは間違いないでしょう。


 ですが、それが我々にとって害にならないかはまた別の事。


 情報が少ない相手を知るために懐に飛び込むというのも一つの選択です」



「我らを捨て駒にユーフウェイル王国との共倒れを狙っているという可能性はないか?」


「それもまた可能性の一つでしかありませんが、現状我々がユーフウェイルと共倒れするというのは無理がある計画です。

 かの国の軍事力では我らには敵いません。まして冥闇の森を抜けることすらできないでしょう」



 ユーフウェイル王国がこちらに侵攻してくるのなら、最短ルートでは冥闇の森を抜けることが条件だ。多少遠回りにはなるがローゼンクリシュタイン王国の山を越えて北部から魔界へと攻め入る場合もあるが、それならばまずはローゼンクリシュタイン王国から国境を通る許可を得なくてはいけない。


 チェスターが言う事はもっともだ。


 だが、それは現状での話。



 ゼノは知っていた。


 その力関係をひっくり返す存在があることを。



「聖剣だ」


「あの伝説に記されている存在の、ですか?」


「ああ」


「今になってユーフウェイル王国が動いたのはその聖剣がある、もしくは見つけたからということでしょうか?」


「その可能性が高い」



 聖剣はその持ち主を選ぶ。ゼノはその聖剣を一度だけ見たことがあった。


 師匠たちの部屋の奥に隠されたように置いてあった剣。聖剣というものを知らないにも関わらず、その剣がただの剣ではないということは理解できた。


 気になってこっそり触ろうとしたことまでは覚えている。


 その後の記憶がなぜか抜けてしまっていて覚えていないのだが、その後ジーンさんは二度とアレに触ってはいけないと俺に言った。


 ジーンさんが持っていた剣が聖剣だと知ったのは師匠たちが亡くなった後、二人の遺品が残っていないか探していた時。あの特徴的な剣ならすぐに見つかるのではないかと記憶を頼りに描き出した特徴を見て、エイブラムがその剣は聖剣ではないかと教えてくれた。


 彼らからそう言った話を聞いた事はなかったからジーンさんが勇者であったのかは謎だ。



 いくら探しても見つからなかった聖剣だが、国が先に回収していたのならユーフウェイル王国の動きも理解できる。


 聖剣が手元にあり、それを扱える者が見つかったのなら魔族に勝つ算段がついたということ。



「俺たちを殺しに勇者が来るのかも知れないな」

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