第26話 優雅なティータイム

 旅で初の人との遭遇にシアは緊張していた。

 シアにとって人族で関わったことがあるのはテッドたちくらいだ。それもシアが物心ついた時にはすでに城の中に溶け込んでいた。

 魔族に対して忌み嫌うという話に聞く人族の姿をシアはまだ知らない。少なくとも目の前の彼はパールに対し攻撃をするそぶりは見せておらず、むしろお茶を勧めてきた。だがそれだけでは魔族や魔物に対しどのように思っているかは分からない。


 今はまだ判断がつかなかった。



「僕はアルフレッド、そしてこっちが僕の従者のクレイグだ。


 ここへはこのあたりに充満する煙とこの臭いの調査に来ていてね。ティータイムの時間になったのでお茶をしているところだったのだよ」


「私はシアです。この子はパール。会ったばかりですが怪我をしていたところを助けたら懐かれて一緒に居ます」



 互いの挨拶が終わると控えていたクレイグと呼ばれた男が新しく淹れ直したお茶をティーポットからカップへ注ぎ、アルフレッドとシアとパールの目の前に差し出した。


 すぐに飲もうとするパールを、テーブルで隠れて見えないところでシアは尻尾を引っ張り行動を制した。


 パールは何するんだと言わんばかりに抗議の声を上げる。



 アルフレッドはそんなシアとパールの様子を見て笑みを浮かべると紅茶を飲んだ。



「これで満足かい? 


 共もつけず若い女性の一人旅。しかもこんな山の中にだ。無謀な阿呆か自殺志願者かと思ったがどうやらそうでもないらしい」


「それでも念の為鑑定を使わせてもらいます」


「それで気が済むのなら。


 まあ、僕はせっかくの楽しい食事を無駄にするような美しくない真似はしないが、ひとまずの信用を得るためには致し方ないことだとは理解している」



 そう許可を貰ったことで、シアはお茶を振る舞った男の目の前で毒など異物が混入していないか確かめた。そうして何も入っていない、ただの芳しい紅茶と美味しそうなお茶菓子だということが判明したところでパールに許可を出す。



 無条件で相手の出した飲食物を信用してはならないとシアが旅に出る前にミリアから教わったことである。可愛い子や美人な子は特に気をつけないと、騙す中にはひっそりと人族の国で行われている人身売買に関わっている者がいるから、と言っていた。



 そんなシアのように警戒も何もない様子でパールは目の前のご馳走に飛びつき、お茶とお菓子を次々と平らげていく。遠慮とは無縁の豪快な食べっぷりに、クレイグがお茶やお菓子を無くなる前に素早く補充して行く様も見事だ。



「さて、ここには何のようだい? 少なくともこの国の者ではないだろう」



 正直に魔界から来たと明かすわけにはいかず、シアは嘘を混ぜることにした。



「......よく分かりましたね。その通り、私は隣国のユーフウェイル王国から来ました。修行のため山籠りをしていたのですが、硫黄の香りがして温泉を探していたことで国境を越えて来てしまいました」



「硫黄の香りというのはこのゆで卵のような、この辺りに充満するこの臭いのことか?

 それに温泉とは何だい?」



「ええと、温泉というのは...」



 シアも見たことはないので詳しくは知らない。だが聞いた話を伝えたところアルフレッドの食いつきは異常だった。



「美肌...! ただの害にしかならないと思っていたこの煙と臭いにそんな素晴らしい可能性を秘めていたのか...!」


「私も聞いただけですけど、そうみたいです。まあ、まだ見つけられていないので私も効果のほどは分からないんですが」


「素晴らしい...! わずかでも可能性があるのなら損にしかならないと思っていたこの山に使い道が見つかるのだ。無駄どころか利益に繋がる。元々何か利用できないかと視察に来ていたのだ。チャンスがあれば掴むのみ!」



「出会ったばかりの人の話を信じるのですか?」



 シアにとってもあればいいなというくらいのものだ。何せ話でしか知らないものを見つけるのだから、元からすぐに見つかるものとは思っていない。


 そう言ったシアに対してアルフレッドは呆れたように大仰に肩をすくめ、やれやれといった素振りをする。


「騙すつもりなら僕を知らないなんてそんな間抜けな詐欺師はいない。


 それに僕は賭けに強いんだ。それで生き残ったも同然。僕は自分の直感に絶対の自信がある。君を信じるのではない。直感でこれは利益を生むと感じた僕自身を信じるのだ」


「アルフレッド様の強運はいっそ感心するほどです」


「僕は神に愛された男だからな。まあこの美しさだ。神の寵愛を賜るのも致し方のないことだ」



 確かに見目は麗しいのかもしれないが、シアにとって好ましい顔というのは父であるゼノのような強者の貫禄を備えた顔だ。はぁ、そうですか、と気の抜けた声で返事をし、反応に困る相手だとシアは胸の内で嘆息した。



 温泉探しにはアルフレッドたちも加わることになり、二人がこの土地で調べたという地形図やどこに何があるのかなどといった情報を交え、ティータイムの時間は進んだ。



「では、この付近に熱を持った泉があったのですね?」


「ああ。湯気を発していたし独特の臭いを放つ泉だった。近くにいた動物たちもその水を飲む素振りは見せていなかったし、そもそもそれが温泉だと言うのなら人が入れるような温度ではなさそうであったぞ」


「こちらがその泉のサンプルとして採取したものです。複数採取しておりますので、少量にはなりますが何か分かるのであればそちらはご自由にお使いください」



 クレイグからシアはサンプルを受け取り、さっそく蓋を開けて臭いを嗅ぐ。独特の匂いがして、確かに飲み水として進んで飲もうとは思わない。


 次に液を手の甲へと数滴垂らした。最悪人体に害のある成分が含まれていたとしても、この程度ならシアは修復可能だ。



「何をしている...!? やはり君は無謀か阿呆か?! よく分からない物を肌につけるなどと信じられん...!!!!」


「すぐに手を洗ってください。その後こちらの軟膏を」


 アルフレッドとの慌てようがひどく、クレイグは落ち着きながらも手当ての準備をさっと用意している。初対面なのにこんなちょっとしたことくらいで心配するとは悪い人たちではないんじゃないかとシアは絆されつつあった。


 小さい頃から過保護な城の人たちや幼馴染たちからいかに悪い人や危険が溢れているかとたくさん教え込まれたが、元来シアに疑ったり色々難しい駆け引きは苦手なのだ。直球勝負、行き当たりばったりというか脳筋なところがシアにはあった。


 ゼノが見れば師匠の子だなぁ、と遠い目をしながら頭を撫でたことだろう。



「大丈夫。肌につけても問題なかったし、人体に害はないことは分かったからその泉に行ってみたいの...です。ので、案内してくれますか?」



「まったく...。口調は気にしなくていい。堅苦しいのは無しだ。僕も取り乱したりして見苦しいところを見せてしまったからな。


 しかしレディともあろう者が簡単に自分の肌を傷つけるかもしれない行動を取るのはどうかと思う。まったく君は僕ほどではないが整った顔立ちなのだから、自ら美しさを損なうような愚かな真似は今後しないように。


 あと、この際ついでに言わせておくとあそこのドラゴン。パールと言ったか? そちらもせっかく美しい姿だと言うのに行動に品がなくせっかくの高貴な出立が台無しだ。君が面倒を見ていると言うのならちゃんと躾けた方が良い。それと......」



 初めて出来た人の旅仲間は、悪い人ではないようだが小言が多いようだ。

 ちょっとやりにくそうだと思いながらも、シアはまたはぁ、と気の抜けた返事をして小言を増やされるのであった。


 結局ティータイムを一番楽しんでいたのはパールかもしれない。

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