第25話 旅で初の人との会遇
ここは人族の国ユーフウェイル王国を囲む山脈中腹あたり。見晴らしがよく心地よい風が少女の髪をなびかせる。地面にはあたり一面に黄色や白い花が咲きほこり、風に揺れている。
「障害物も何もないし、人気もないからちょうどいいね。
パーちゃん! 今日はここで特訓しようか」
パーちゃんと呼ばれた山脈の頂上に降り積もっている雪のごとく真っ白なドラゴンが答えるように青い炎を出す。
「やる気十分! よし、じゃあおいで!!」
少女もとい、シアが腰のあたりに刺していた短剣を取り出し構えを取るとドラゴンのパールがすかさずシアの方へ突っ込んでいく。シアはパールの爪や尻尾を短剣で弾きながら攻撃に転じるも、パールも羽を上手に使って空中へと距離を取る。
空中に逃げたパールはあたりをぐるぐる回り、撹乱しながら炎で牽制をする。シアは特訓中魔法を使わずに相手をしている縛りを設けている。そうではないと、すぐに終わってしまうからだ。
だがそのせいで空中への攻撃手段が圧倒的に少なくなっている。自分が飛んで追いかけることも魔法で狙撃することもできないからだ。
パールもそれを分かっているからか、空に浮かびながら余裕の態度でこちらを炎で攻撃し、逃げるしかないこちらを完全に煽ってきている。明らかに飛べないこちらを舐めくさった態度である。
「戦闘中に油断するなって何回も言ったでしょう」
回避の途中で地面に落ちていた小石を拾い上げ、空中にいる油断し切ったパールへと投擲する。
もちろん油断していたとは言え目の前に飛んでくる小石を炎で燃やし尽くすことはドラゴンの戦闘能力を考えれば造作もない。
シアとパールの間の空間に大きな青い炎が広がり弾ける。小石は跡形もなく燃やし尽くされた。
どうだと言わんばかりにパールは鼻をフン、と鳴らす。
目の前に広がった炎が掻き消え、塞がっていた視界が晴れる。見晴らしが良くなったパールの目の前には短剣が迫ってきていた。
ぎゃおう!!!
避けるにも距離が近すぎてかわすことは叶わず、ブレスも吐いたばかりで続けて吐くことはできなかった。
短剣の柄には縄がくくりつけられており、短剣が重しになりパールの口先へとぐるぐると縄が巻き付いた。身体の自由を塞がれたあとは縄の先を握るシアが思いっきり引っ張り、あっけなくパールの身体は地上へと連れ戻された。
「ぐぅうう~」
「情けない声出しても油断したから悪いんじゃない。何回も言ってるでしょ、相手の攻撃手段を決めつけるのはダメだって」
シアはパールの反省点を指摘しながら口先に縛り付けられた縄を解いてあげた。
「いざというときは自分で戦うしかないんだからもっと強くならないと。
しばらくは私がいるから守ってあげれるけど、私も人がいる街の方に行くしその間は父様に預かってもらうようには頼んだけど、何が起きるか分からないのが常だから用心してやられないよう鍛えるに越したことはない!」
「ぎゅう...」
しょんぼりするパールを撫でながらシアは気分を変えるよう明るく声をかける。
「向こうから硫黄の臭いがするから見にに行こっか! もしかしたら温泉が見つかるかも」
シアは旅をするのははじめてだが、それこそ旅の経験者であるゼノやその仲間たち、博識者のエイブラムから話を聞いていたため知識は豊富だ。
山で硫黄の臭いがするところには温泉という温かい水が沸く場所が見つかることがあるという。シアの父であるゼノはとりわけこの温泉をよく好んでいる。
入ると気持ちがいいしさっぱりするとのことだが、温泉の泉質によっては色々な効能があり、健康や美肌効果もあるという。エイブラムが溶け込んだミネラルがうんぬんと詳しく教えてくれたが難しいことはさっぱりだ。だが年頃の乙女として美肌効果に興味があるのは確かであり、是非ともこの温泉を発見して入りたい。
そう意気込んでいると、ピコンと音が鳴った。
"硫黄の発生源はユーフウェイル王国より国境を越えて、隣国の人族の国ローゼンクリシュタイン王国にあります。
ルート案内を開始しますか?”
「別の国か~。遠回りになるけどせっかくだし温泉には入りたいな。山から出ないのであれば......。
うん! 案内お願い!」
案内に従いながら進んで行く。気分は宝探しだ。わくわくしながらパールを連れてシアは硫黄の臭いが強くする方へ進んで行った。
「温泉か~どんなんだろ~。父様は温泉上がりには酒か牛乳って言ってたけど残念ながらそれはないからなぁ...。でも温泉でお肌が綺麗になるだけでも嬉しいよね~」
「ぎゃーう、ぎゃう!」
「そっか、パールも楽しみなんだね。ドラゴンのお肌、というより鱗にも効果あるのかな? もっとピカピカになったり?」
二人、正確には一人と一匹でおしゃべりしながら進んでいくと、さらに硫黄の香りが強くなってきた。もうそろそろだろうか。あたりには煙が多く上がっている。
硫黄のする煙が上がる中をもうしばらく進んでいくと、あちこち岩肌ばかりのこんな山で場違いと言えるほどの優雅なティータイムをしている男がいた。
シミひとつないクロスがかけられたテーブルの上に、美しくカットされたサンドイッチやタルトが並べられた三段重ねの皿やティーポットなどが置いてある。それもこの場所に場違いではあるが、それよりももっとこの場で異彩を放っているのが、華やかな宝石と服に身を包む少年と側に控える黒服の執事の格好をした男だ。
シアたちに気がついた男が飲んでいた紅茶のカップを静かに置く。
「クレイグよ、最近の年頃の娘たちの間でペットはドラゴンを飼うのが流行っているのか?」
「それは一般的ではないかと。非常に稀なケースです」
「そうか、僕は下々の情勢には疎いからな。これでひとつ詳しくなった」
「それはようございました」
シアが状況についていけずぽかんと眺めていると、男がふっと微笑んだ。
「見よ、あそこの娘が僕の美しさに驚き固まっているぞ。確かに無理もない。このような山で僕を目にしてしまっては天から降臨してきた麗しい少年神かと見間違え、あまりの神々しさに畏れ慄いてしまったのだろう。申し訳ないことをしてしまった」
「単にこのような場所でティータイムをする常識外れなアルフレッド様に驚いているだけではないでしょうか」
「そこのレディ!
僕は寛大で公平だからな。詫びに同じ席に着くことを許可しようではないか。君たちに紅茶と軽食を振る舞おう」
「えっ!? 私?」
シアが戸惑っていると横から盛大にお腹の音が鳴った。横を見ればヨダレを垂らしてテーブル上のお菓子に視線が釘付けのパールがいた。
「もう、パール......。
お言葉に甘えて、ご馳走になります」
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