第27話 温泉への道のりは長い

 アルフレッドとクレイグという温泉を見つけるまでという短い期間ではあるものの、旅の仲間が増えたことによりシアは思った以上に喜んでいた。


 今まで城から出たことがなかったということは、一人になるのも今回がはじめての経験だ。それは地図を見たりその日の食料を狩ったりするよりもシアにとって辛いものであった。パールで少しは寂しさが紛れていたとはいえ、やはり会話ができる相手がいるというのは楽しい。しかも今まで周りにいなかったタイプで、シアは自分の世界が旅に出たことで確かに広がっていくのを感じていた。


 アルフレッドは不思議な少年だった。シアより幼い彼はその身に反して大きな存在感がある。上に立つ者の風格というのだろうか。それはシアの大好きな父様に通じるものがあった。だからだろうか、個性は強いがシアはこの少年と仲良くなれたらいいなと思うくらいには絆されていた。



「ここからはより一層足場が悪くなる。気をつけたまえ。


 クレイグ、僕よりも彼女の方を気にかけて手伝ってあげるように」


「了解いたしました」


「そんなにやわじゃないから大丈夫」



 パールはそもそも飛んでいるので問題はないが、シアが少女ということもあり二人はずいぶんとこちらに気をつかってくれている。

 アルフレッドの方が年下なのだから、自分の方がお姉さんとして気づかってあげなきゃいけないのにと少し凹む。そもそもシアは自分より年下の相手と関わったことがなく、お姉さんぶりたくてもどう接すればいいか分からないのが現状だ。



「念の為だ。人の好意は素直に受け取っておけ。損はない。


 確かここら辺だったな。泉はあと少しだ」


 あたりをちらりと見渡すも煙で視界が悪く分かりづらい。だが湿度が高くなっているのが肌で感じとれる。


 パールも先ほどから落ち着きなく、鼻をひくつかせている。



 期待に胸を弾ませた時だった。


 目の前の煙から影がゆらめく。



 シアは咄嗟に二人の前に飛び出て、剣に手を置きいつでも抜ける状態にして身構える。



 張り詰めた空気の中、メェエエエ~と強張っていた身体が崩れ落ちそうになる間の抜けた声がした。


 四本足で面長の角が生えた動物がこちらを眺めていた。



「え...? 敵じゃないけど......あれ、何?」


「ふはははは! 

 温泉とやら難しいことは知っているのにヤギは知らないのか。

 これは傑作だ!」


「シア様はずいぶん戦闘慣れしているご様子。なるほど女性の一人旅でも問題ないわけです」


「あれはなヤギと言って高山にいる生き物だ。ヤギからは乳がとれるが、それを加工したチーズやヨーグルト、アイスクリームなどの乳製品がこの国では有名だな」


「へえ、そうなんだ。


 あれ? パールは?」


 と、初めて見る生き物に感動していたところでパールの姿が見えないことに気がついた。


「パール? どこ行ったの?」


 ぎゅわぁ~!

 ドッパーーーン!!


 パールの鳴き声に続いて水飛沫の上がる音がした。


「あっちからだ!」


 シアはパールの声がした方に駆けて行くと、湯けむりの中からバシャバシャとはしゃぐパールの姿があった。


 近くにいるだけでも熱気がすごく、とてもじゃないが人はそのまま入ることはできないだろう。小さくてもさすがドラゴン。パールは平気そうに泳いでいる。



「パールだけずるいよ~。私も温泉入りたいのに!


 あっ! そうだ!


 横に大きな穴あけて魔法で少し冷やせばちょうどいい感じかも」



 シアは思いついた方法を試すため魔法でさっそく泉の横に穴を開けた。そして泉から浮遊魔法で必要な分の水量を持ち上げて今しがたあけたばかりの穴の方へと移動させる。最後にちょうどいい湯加減になるように冷却魔法をかけて出来上がりだ。



「うんうん。いい感じ」



 突貫工事ながらなかなかいい出来ではと満足気に振り返れば、驚きに満ちた表情の二人がいた。



「きっ、君は隣国のお抱え魔法師とか実は高位貴族なのか?


 こんな軽々と魔法を、それもいくつもの種類を使うなんて、自分の目で見ても信じられん...。特に流体のものを安定して浮かせるのもすごいが一度にあんな大量になど、隣国の魔法レベルがそんなに上がっていたなんて...」


「ええ......私も非常に驚きました。しかもこうも片手間のごとく簡単にやってのけられると、他の魔法師たちが稚児レベルで威張り散らかしているのが恥ずかしく思えてしまいます」


 シアの基準はゼノを筆頭に魔界の中でも有数の猛者たちだ。自分のレベルに驕り高ぶることなど到底出来やしないのだが、人族の国ではそうではないらしい。


 むしろこんな程度で大仰に褒められる方が恥ずかしくなってしまうとは黙っておくことにした。


「まあまあ、せっかく見つかったんだから温泉にさっそく入ろうよ!」


「......って待て! もしやと思うが君も入るつもりか?! 淑女としての慎しみを持ちたまえ!!」


「ええ? もともと入るために探していたのに!!」


「こんな人気が無いとはいえ僕たちも居て遮るものも無いというのに正気か?!」


「じゃあ目隠し作ればいいんでしょ!?」



 ほい、っとシアは何がなんでも目の前の温泉に入るためもうやけくそになって土壁を作った。一応二つに区切りシアとアルフレッドたちで分けて入れるようにもしておいた。


「じゃあこれで文句ないでしょ? 私は絶対に温泉に入るんだから!」


 はぁ、とアルフレッドはこの破天荒な少女と出会ってから何度目になるか分からない溜息をついた。


「君が入るというなら僕らが外周辺を念のため見張っておこう。君は安心して入るといい。


 クレイグ、風呂の準備だ」


「はい。こちらを」


 クレイグは何もないところから、いわゆるお風呂セットと呼ばれるものを取り出した。


 桶にタオルと石鹸等。


「クレイグは亜空間魔法が使える。僕や本人も上限が分からないくらいの巨大な亜空間保持者だ。困ったことや欲しい物があれば大抵はクレイグに言えば出てくるので上手く使え」


「そっちも十分すごいよ。亜空間は私もちょっとしか使えないし、そんなに色々入らないよ」


「そうだろう。なんせ僕が僕の従者として側に控えるのを許可した男だ。優秀に決まっているだろう」


 魔法を使える者が少数の中でも亜空間魔法を使うことができる者は極端に少ない。魔法は大抵がその場に出現させたり物質の変化をさせる目に見えて分かりやすいものが多い。亜空間魔法は直接見えることができない空間へと物を仕舞い込む。失敗すれば二度と入れた物を取り出せないか、次に取り出した時に入れた物が原型を留めていないということが多い。


 アルフレッドが得意気に話している後ろでクレイグは次々と準備をしてシャンプーやらリンスやらを並べている。


「季節の花の香りの全シリーズから王宮御用達や著名人の愛用の品までご用意しております。どうぞお好きなのをお選びください」


「え...普通に石鹸だけでいいよ」


「信じられん!!」


 鬼の形相というべき表情をしてアルフレッドがシアの顔を鷲掴みにし凝視した。


「肌が少し乾燥気味だ。保湿成分のある、これとこれ。あとはシャンプーには、髪の毛先が痛んでいるな。傷んだ髪のケアを重点的にしておこう」


「ちょっとついてけないんだけど、アルフレッドが知らない魔法の呪文唱え始めた...」


「全て初歩的なものだ。知らない方がどうかと思うがね」



 もういいから温泉入らせてよ、とシアは目の前にあるのにいつ入れるのかとしょんぼり肩を落とした。

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