第13話 人助けは誰のため?
シアのところへ寄った後は日々の業務をこなすため執務室へと向かう。
執務室の椅子は、デスクワークをこなす上で腰痛に悩まなくて済むようにこだわって選び抜いたものだ。
椅子に深く腰掛けると、机の上にはすでに書類の束が積み上げられていた。中身は主に依頼や部下からの報告などだ。
詳しい内容のチェックはチェスターがしており、その中から重要事項や最終決定が必要なものを伝えられる。
それが毎朝の流れだ。
「敷地内の巡回で早朝を担当している配下の者より報告が上がっております。
どうやら隣接している冥闇の森が騒がしいとのことで、問題がないか確認のため向かったところ人族の子供を数人発見したとのことです」
「冥闇の森に? しかも人族の子供がなぜそんな場所に...自殺行為ではないか」
この城から少し離れた位置に隣接する冥闇の森。
この森の先には人族が治める国があり、その国は教えとして魔族を悪としている。幼い頃より刷り込みのように教わるため、国民のほとんどが魔族を嫌い、その魔族の色として黒を忌み嫌っている。
俺が幼い頃にいた村もその国の辺境にあったため、その教えが浸透していたのだ。
俺は前世の記憶を思い出したことで、たかだか色くらいで虐げられる現状に理不尽さを覚え、あの村を抜け出すことを決意することができた。そうでなければ記憶が戻る前の自分は、黒を持つ自分が悪いのだと考えていたから、一生あのまま虐げれることを受け入れ続けていただろう。
そう考えると、黒持ちの俺に対して師匠の対応がどれだけ特殊であったかが分かる。
俺の運は良いのか悪いのか。
だが、黒持ちだからこそ俺は魔界を目指した。
その結果、こうして多くの仲間ができて過ごすことができているのだから、運が良いのだとしておこう。
そんな魔族を嫌う国が隣接しているものの、ここへと攻め入って来たのは前のここの城の住人、魔王がいた頃に訪れたという勇者一行のみ。
なぜなら冥闇の森は鬱蒼と茂った巨大な樹木に覆われているため、昼間にも関わらず森の中は暗く、森に踏み込んだ者の大半は迷ってしまう。それだけではなく強大な魔物たちも多く生息しているため、足を踏み入れることは死に繋がる行為である。
その名の通り冥界へと通じる闇に覆われた森として恐れられているので、わざわざこの森へと入る者はめったにいない。
そのため隣国が魔族と敵対していても、冥闇の森のおかげでこちらへの侵入を防いでくれているのだ。
人族にとっては恐ろしい森なのかもしれないが、魔族にとっては人族が攻め入るのを防いでくれる非常に有益な森である。
「配下の者が近づいたところ激しい抵抗があったため、現在は意識を奪った状態で身柄を確保し、城内地下に捕らえています」
「そうか、今すぐ会いに行くことは可能か?
子供たちだけであの森へ入って行くとは信じ難いな。何か事情があるのだろう。
話を聞きたい」
「分かりました。では向かいましょう」
場所を移し地下へと来た俺たちの目の前にはボロボロの子供たちの姿が。
冥闇の森へと足を踏み入れて無事に済むわけもなく、命があっただけマシだろう。
「どうやらちょうど良く目が覚めたようですね」
俺とチェスターに怯えているのだろう。
三人は隅へとそれぞれ身を寄せ合って震えている。
あちこち泥と擦り傷で覆われてはいるものの、動く分には問題なく、大きな怪我をしていないようで一安心だ。
「どうやらお前たちはそうとう運がいいようだ」
見たところこの子供たちに特出した力はない。
あの森に入って大きな怪我なく救出されるなんて、宝くじに二回当たるレベルの幸運の持ち主じゃないか。
「何がだよ...! 俺たちを捕らえてどうするつもりだ!!」
「魔物の餌にでもするつもり?」
「......」
そして、見逃せない子供たちの共通点。
全員黒持ちであることだ。
三人いる中で体格が一番大きい少年は顔に目立つ黒いアザがあり、魔物の餌にするという物騒なことを言い出した少年も、長い前髪に隠れてはいるものの片方の瞳の色が黒であった。
最後の無言のまま俯いている少女はメッシュのように一部分の髪が黒になっている。
「お前たちをどうこうするつもりはない。
なぜあの森にいた?」
「敵情視察や潜入をするつもりにしては力量不足。
私たち魔族が子供だからと油断するものだとあちらも思ってはいないでしょう。
単純に黒持ち故捨てられた線が濃厚ですね」
「違う!!!!」
大きな否定の声が響き渡った。
「俺らのオヤジをバカにするな!!!」
「父さんは僕らを捨ててない! むしろ庇ったから...!」
感情的になって叫ぶ子供たちの訴えを聞くに、彼らの父親は黒持ちである子供たちを逃すために犠牲になったようだ。
子供たちも追われてどこへ行けばいいのか分からず、追手が追いかけてこない冥闇の森に入ったというところか。
無謀だというべきだが、現にこうして生き残れたのを見るに、賭けに勝ったというわけだ。
俺がいた村は辺境であったので迫害にあっただけだが、首都では黒持ち狩りといい、黒持ちは見つけ次第捕らえられて見せしめのために広場で処刑されるのだと聞いたことがある。
そんな黒持ちに対し徹底して排除する状況で、庇った者がどうなるかは想像に難くない。
「そうか。
君たちの勇敢な父親を愚弄してすまなかった。
俺も元は辺境の村とは言えあの国で育った身だ。黒持ちに対する扱いの酷さはよく理解している」
「え...」
「...おじさん魔族じゃないの?」
「生まれは知らないが育ったのはカルムト村だ。
田舎すぎて言っても知らないだろうな。
俺もお前たちほどではないが村で迫害を受けていた。
だから黒持ちだからという理由だけで害されることのない魔界へ来たのだ」
信じ難いのだろう。三人の目には疑う気持ちが隠されずに現れている。
だがさっきまでの敵対した思いは消えたようで、比較的落ち着いた様子だ。
「まずはこの後どうするかは自分の意思で決めるといい。
魔界ではそれが許される場所だ。
力が欲しければこの城に残り鍛えてやってもいい。ここにはお前たちより幼い人族の子もいるし、他にもクォーターの子がいる。
信じられないなら人族の国に戻るといい。冥闇の森を抜ける手前くらいまでは送ってやろう」
いきなりの提案で戸惑う子たち。
「返事は急がない。
また明日ここに来る。
それまでに自分の意思を決めておけ。
それと手当てが必要だろう。
治療ならマーシーが適任だが...大きなものではないから簡単な手当てなら他のものでも大丈夫か。
ファルルさえ良ければこの子たちの手当てを頼むよう伝えておいてくれ」
「承知しました」
魔族に対し怯えている子たちには、柔らかい雰囲気のファルルの方が最適だろう。
マーシーはこの城内に在中している医者ではあるが、マッドサイエンティストと言うに相応しく、ぶっ飛んだ思考の持ち主だ。
そんな相手にろくに抵抗もできない人族の子供たちなんて預けたら、魔物の餌にはしなくても実験材料にはしそうだ。
地下を後にした俺にチェスターが感心したように言う。
「あそこまで気の立った相手を瞬時に手懐けるとは流石の手腕です。
あれらをどうするおつもりで?」
「なに、たまたま同じ境遇でお互い通じ合えるものがあっただけのこと。
こちらに残るようであればシアの遊び相手にもなる。我が子の遊び相手が増える分には困らないからな」
「左様で。ではそう思っておくことにしておきましょう」
チェスターが妙に楽しげにしているが、ほんとうにその程度にしか考えていない。
あまり過度な期待をされても、俺は平和主義なんだがな。
何もないぞ、ほんとうに。
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