第12話 古今東西、異世界でも母は強し
自身の出自の謎が深まったところで、すぐにどうこうできるものではない。
俺にはこの世界での常識、魔界でのこともまだまだ知らないことが分かったばかりだ。
出自のことも気になるが、それよりも先にここでの知識を多く得ることが優先事項だろう。
情報を得ていく中で自身に関わることを見つけられたらそれが一番だ。
俺はいつもと同じように日常を過ごすことで、不安な気持ちを忘れることにした。
少しでも気分を変えるため、さっそく昨日迎えたファルルとシアの様子を見に行く。
部屋の前に着くと、中からの賑やかな声が外まで聞こえてきていた。
思う以上に良い関係を築けているようだ。
ノックをして中に入ると、ファルルがシアを抱き上げている姿があった。
「シアのご機嫌な声が聞こえてきたのでな。様子を見に来た。
何か不便はないか?」
「不便は特にありません。
シア様も大人しくて良い子ですし、可愛らしいです」
「ほう、さすがの手腕だ」
「ありがとうございます。
今までシア様の面倒はゼノ様が見られていたのですか?」
「ああ、子育てをしたことがなかったので育児本を読みながらやっていたんだ。
だが、実際にしてみるのとでは勝手があまりにも違くてな。本当に困っていた。
それからはファルルも知っているように人族に詳しいミリアへ相談し、こうして育児に詳しい者に出会えたわけだ。
我が子としっかり向き合うためにも、こうして顔を見せに来る時間を作る予定だ。
俺にも子どものあやし方などを教えて欲しい」
「そういうわけでしたら、さっそくシア様と遊んであげてくださいな。
つい先程も遊んでいたのです」
そっとシアを受け渡される。
俺はぎこちないながらも小さいシアを抱きかかえた。
腕の中のシアと目が合う。
期待するように目を輝かせているので、よほどファルルと一緒に遊んでいた内容が楽しかったのだろう。
「まず強い子になるようアグレッシブな遊びをして、幼少期より慣らしてることが重要です」
「そ、そういうものなのか...」
赤ん坊との接し方にアグレッシブさが必要だとは初聞だが、ここは大人しく聞いておこう。
「それではゼノ様に慣れていただくためにも、私のおすすめトレーニングメニューの二つをお教えしますね!
三半規管を鍛える目的で、浮遊魔法と風魔法を使って高速回転させるぐるぐる遊び。
加速Gや重力に慣らしておくため、目視で確認するのが難しいくらいに高く放り投げて高い高いをしてあげる遊び。
この二つです!」
これが異世界方式での通常の子育てなのか!?
「回転するおもちゃなどで遊ぶとかではないのか?」
「さすがゼノ様。求めるレベルが高いですね!
ですがそれはもう少し大きくなってからです。
的への魔力を打つ遊びは、まずは魔力コントロールができるようになってからですから。
それにしても的を動くものにするというのは、より実戦向けで良いアイディアです!!
シア様が大きくなられたときにはぜひそうしてみましょう!」
動く的とかそんな激しく遊ぶおもちゃではないのだが、このアグレッシブさが異世界なのか魔族だからなのかが分からない...
「ではさっそく、室内なので高い高いはできませんから、ぐるぐる遊びからしてみましょう!」
腕の中にいるシアに今から拷問をする心地だ。
だが目の前で鬼のようなことを言ってのけた相手は、すでにアーキスとマーシェを育て上げた子育ての玄人である。
一応シアには保護魔法と身体強化魔法をかけておくことにしよう。
念のため何重にして魔法をかける。
今のシアならドラゴンブレス一発くらいなら耐えれるくらいだ。
「で、ではいくぞ」
「はい!」
浮遊魔法と風魔法を同時展開し魔力を可能な限り抑えて出力を低くしておく。
シアが泣いたら即中止だ。
師匠からは魔法を使うにあたって魔力コントロールが大事だと常々言い聞かされたが、今まさにその大切さを噛み締めている。
魔力コントロール頑張ってきてよかった!
過去の修行に耐えた自分が報われるな。
シアの身体は俺の腕の中から浮き上がり、部屋の上部中央へと移動した後に回転し始める。
シアの様子を注意して見ておく。
泣いてはいないな。
むしろ、笑っているくらいだ。
俺の心配をよそに、シアはきゃっきゃと声をあげて楽しそうにはしゃいでいる。
「もっと強めにしてあげても良いかもしれませんね」
ゆっくりと出力を上げていくがシアは変わらず楽しそうに声をあげている。
「まあ! さすがゼノ様のお子です。将来有望ですね!」
確かに今からこの様子だと将来はコーヒーカップ無双できるな。
この世界にコーヒーカップがあるのかは知らないが。
「まだまだ平気そうですし、もっと強くしてみても大丈夫ですよ。
私が止めるまで威力を上げてみてください」
「.....ああ、分かった。
止めるタイミングは任せたぞ」
ファルルの指示通りに出力を上げていく。
どんどん加速していくシア。
「これくらいでちょうどいいかと」
「そうか、これくらいか...」
部屋の中央で軽い竜巻のようなものが出来上がっている。
その中央にいるシアの姿は見えないが、「あー!」と気の抜ける声が聞こえているので無事ではあるようだ。
「あまりし過ぎてもいけませんから、今日はこれくらいにしましょう」
「それがいいそうしよう」
待っていた終わりの声を聞いて俺はすぐに返事をした。
回転を止めてシアを腕の中に戻す。
様子を細かくチェックし、ケガなどはおってないかの確認をしたが、どうやら問題ないようだ。
興奮が未だ覚めやらないのか、手足をバタバタとさせて、うー、あー、とおしゃべりをしている。
「とてもお気に召したようですね。またしてあげるとシア様も喜びます」
これをまたするのか...
「今度はお外での機会があれば高い高いをしてみましょう!」
「ああ、機会があればな...」
俺は過保護過ぎるのだろうか?
この世界での子育てについていけないのだが、どうしたものか。
異世界式子育ては、どうやら俺の心臓に悪いようだ。
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