第7話 面子を取るか信用を取るか

 ミリアのおかげか、カインのおかげかは分からないが、すっかり緊張を解いた乳母候補の者へと向き合う。


 ちなみにカインは別室に寝かせて置いてある。



「改めて、ゼノという。


 今回は君を雇いたいと思いここに来た。前向きに検討していただきたい」


「私はファルルと言います。本日はよろしくお願いします」



 今が本来の彼女の姿なのだろう。


 受け答えの声は落ち着いており、柔らかく少し低めの心地いい声だ。


 容姿や雰囲気からも全体的に柔らかい印象を与える。



 魔界においては珍しい空気を纏った者だった。



「まず、おおまかなこちらの事情はミリアから聞いているのだろうか?」


「はい。


 ゼノ様のお子のお世話などを主にする仕事だと伺っております」


「ああ、そうだ。

 急なことでな。俺を含め部下共々育児に詳しいものがいないのだ。


 そこで育児に慣れた、詳しい者を迎え入れたいと思っている」


「それならば私には子が三人いるので、子育て経験も十分にありお力になれるかと。


 ですが上の子は大人しいのですが、二番目の子がまだ手のかかるやんちゃな時期なんです。

 子どもも一緒に連れて行くことになるのですが、ご迷惑をおかけしてしまうのではないかと不安でして」


「なに、部下にも子ども好きで面倒見のいい者がいる。遊び相手には困らないだろう。

 大人しい子よりかはやんちゃなくらいが部下の方も面倒を見やすいだろうしな」


 そう、部下にもそのような者はいるのだが、さすがに赤ん坊はお手上げだった。


 ある程度子供からの意思が確認できるならまだしも、赤ん坊は泣くことでしか意思表示ができない。

 泣き声だけで何をして欲しいのかを察するのは至難の業だ。



「給与はこれくらいを用意しよう」


 俺は今朝チェスターから渡された求人用紙を差し出した。


 まずは一番気にかかる給料を伝えておく。

 求人広告で見るとき真っ先にチェックするところでもあるだろう、大事なことだからだ。



「細かくはそこに書かれている通りだ」



 ファルルが用紙を受け取ったのを確認し、何か質問はないかと聞く。



「住み込みとありますが、子供三人も合わせての場所で個室などでしょうか?」


「そうだ。

 場所は辺鄙なところにあるため、通いではなく住み込みになっている。

 職場内にあるから通勤時間はほぼないようなものだな。


 他の俺の部下たちも同じように住んでいるのだが、部屋は全て個室となっているから自由に使ってくれて構わない」


「食事は皆さんどのように?」


「食堂があるので皆そこで食べたりしている。もちろん外食や自炊も可能だ。

 

 社医も住み込みでいる。子どもたちの急な病気やケガにも対応可能だ」


「それはとても素晴らしい条件ですね!

 ありがたい話です」


「そうか!

 では引き受けていただけるだろうか?」


「はい。よろしくお願いします」



 ミリアがくすくすと笑う。


「無事に決まってようで、紹介したワタシもひと安心しましたわ。


 旦那様が亡くなり、この子一人で魔界で子育てしながら働くのは心配だったのよ。

 ワタシの融通がきく桃幻街ではあまり馴染めないでしょうしね」


「面倒見の良さは相変わらずだ。


 事情は分かった。こちらも不便がないよう取り計らおう」


「そこまで気を使っていただかなくても!」


「こちらは無骨者が多くてな。正直、育児や家事に慣れた者が来てくれることは物凄く助かるんだ。


 何かこうして欲しいなど不便があれば積極的に伝えて欲しい。君の子たちからの要望も同様にだ。


 これは俺の子が将来的に過ごしやすい環境にも繋がることだから遠慮は不要だ」



 子育てに不慣れな者が悩んだところで気がつけることは些細だろう。

 彼女の子どもたちが過ごすことで分かることもある。

 


「それでしたら、この子自身サキュバスと人族のハーフで、亡くなった旦那様も人族なの。ファルルの子は3/4が人族ということになるわ。


 あなたの子も人族ということだから、より力になれるかもしれないわね。

 遊び相手としてもちょうどいいのではないかしら」


「それは尚更いいな」




 現在ファルルは玉兎楼の離れの方で間借りをしている状態で、可能であれば今すぐにでもこちらに来て働きたいとのことだった。


 ここまで転移魔法で来たこともあり、帰りに人が増えたところで問題はない。


 さっそくファルルの子供たちも連れて移動することにした。


 カインはまだ目覚めないため俺が担いで運ぶことにする。



「お待たせしました」


「こんにちは!!」

「はじめまして。アーキスといいます。母共々お世話になります」


 今挨拶して来た子二人とファルルの腕の中にいる赤ん坊がファルルの子たちだろう。


 上の子たちは中学生くらいで、大人びた話し方といい賢そうな子だ。二番目の子はファルルが言っていた通り、元気が有り余っている様子が伝わってきた。


「マーシュ、きちんと挨拶しなくてはダメだろう」

「おれマーシュ!!! よろしく!!」


「すみません、ご無礼を...」


「気にしなくていい。元気で素直な良い子じゃないか」


 普段の口調を変えるのは難しいことだ。大人でもできないことが多いし、部下にも多い。


 やんちゃだと言っていたので生意気かと思っていたが、兄の言葉を受けてすぐに挨拶するあたり素直な子だ。



「そこのおじちゃんぐあいわるいの?」


 マーシュがカイルを指差して心配そうにする。


「いや、具合悪いわけではないと思うが倒れてしまってな」


「たおれた!? たいへん!! なら、もっとだいじにしてあげないと!!


 パパはママがぐあいわるいとき、こうやってね、ちゃんとだっこしてあげてたんだよ!


 たおれたならそーしなきゃ!!」



 マーシェがした動きは横抱き、いわゆるお姫さま抱っこというものだった。


「それは...」


「ね!」


「おい、マーシュ」


 俺が躊躇ったのを察してアーキスが弟を止めようとする。


「そこのおじちゃんだいじじゃないの?

 パパはだいじな人にはこうするんだよって!!」


「カインは大事な部下だが、その...」


 この言葉に嘘はないが、夫婦で行うのと俺とカインでは違うのだ。


 絵面がまずい。


 それに自分の意識がない間に横抱きで運ばれたなんて知ったらカインも嫌だろう。

 俺なら羞恥心でしばらく引きこもる。


「パパがだいじにできない男はしんようするなって、おまえもそうなるなよって言ってた!」



 いい教育してますね!!?



 ファルルの亡き旦那がいい男だったことが判明したが、全ての状況に当てはめないで欲しい。


 だがこのままではマーシュからの信用がなくなってしまう。


 現にこちらを疑うように見はじめてきた。


 今後の関係を悪くしないためにもここは大人しく引き下がっておこう。


 許せカイン。



 カインをそっと持ち直すと安らかに眠るカインの顔が見えた。


 願わくばどうか途中で目が覚めることがないようにとだけ祈っておく。


 ほんとうにこいつ何しに来たんだろうな。


 一応、俺の護衛だったか。



「...では移動する。転移陣の中に入ってくれ」


「うちの子がほんとうにすみません...」


 マーシュは満足気な顔をしている。これで彼との友好度は上がったことだろう。


 アーキスとは目が合わなかった。心なしクールな表情が引き攣っているように見える。



 マーシュの友好度が上がった代わりに彼との友好度は下がったようだった。

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