第6話 人を見た目で判断してはいけません
子どもの乳母の件に関して、迅速に行いたいとの俺の意向を汲んだチェスターが、さっそく互いの予定が合う日程で顔合わせの日取りを決めてくれた。
いくらミリアの紹介でとは言え、我が子を任せる相手を全く知らないままでは不安なので、当然の措置である。
本日がその顔合わせの日だ。
チェスターはまだ城内の点検や管理に関してやることが沢山あるため、本日の付き添いは別の者だ。
付き添い兼護衛として選ばれたのは部下の一人で、俺が出会う前から勇猛さで名を轟かせていたカインである。
こざっぱりとして気前が良く、男に好かれる男と言った風だ。
出会いは俺に勝負を挑んで来た彼と戦って勝ち、その後妙に懐かれて今に至るといった流れだ。
「今日はよろしく頼んだぞ。
まあ、知り合いに会うだけだ。何も無いとは思うがな」
「常に万全を期しておくことに越したことはありません! 御身は尊い身ですから!
本日は不精ながらこのカインにお任せください!!
塵埃からも必ずやその御身を守ってみせます!!!」
うーん、熱い熱い。
毎回会うたびに、どこからこのエネルギーが湧き出るんだろうなってくらい元気だ。
俺の元気は前世の高校生の時でさえ、すでに失われかけていた気がする。
よく学校の熱血体育教師に「若者がそんなんでどうする!! 元気だせ!!」って喝を入れられていたな。
当時は面倒に思っていたが、時間が経って思い返してみると懐かしく思えるものだ。
俺とカインが訪れたのは常夜の闇に包まれる場所でありながら、常に灯りが絶えることのない不夜の
その中でもとりわけ目立つ中央にある玉兎楼の最上階の一室に案内されて、ようやくお目当ての人物と対面したのだが。
目の前にひどく怯えて緊張した例の乳母候補の女性。
俺、何かしましたかね?
「あらあら、お互いそんなに緊張してしまっていては、自己紹介すらできないじゃないの。
ほら、落ち着きなさいな」
静まりかえっていた室内に高らかに弾む声が鳴り響く。
声の主はこの玉兎楼の主であるミリアだ。
耳に通りやすく、その口に塗られている鮮やかな紅のように印象に残る声。
その中に艶を含んでいるように感じるのは彼女のサキュバスという種族柄なのかもしれない。
形のいい唇がすぼめられて、そこから吐息と共に薄く霧が吐き出された。
その霧をじかに浴びた女性はさっきまでの怯えが嘘のように、リラックスした姿へ変わった。
「さあさ、話し合いを始めましょう?
時間は有限。限りある中での束の間の夢を楽しまなくては。ワタシの一晩は一攫千金にも及ぶもの。
いくらゼノ様だとて女の花盛りの時を無闇に奪わせるわけにはいきませんのよ?」
「そうだな。
とはいえ無骨者の身では怯えた女性の扱いは少々手こずるものだ。正直落ち着かせてもらって助かった」
「まあ! ふふふ。
いじっぱりな殿方が多い中で素直さはゼノ様の美徳ですわね。
ゼノ様もほら、顔がまだ強張っていてよ?
せっかくの麗しいお顔が台無しですこと」
「相変わらず美的感覚がズレているな、ミリアは」
部下たちには威厳のある姿やら覇気を感じる顔立ちだとかはよく言われるが、麗しいとは言われたことがない。
前世ではいわゆる塩顔の圧倒的大和男児な顔であったからか、今世の彫りが深めの濃い顔立ちは今だに慣れないのだ。
前世なら間違いなく職質されるだろうし、今世でも朝に顔を洗ったときに見る顔は、寝起きの不機嫌さも相まって凄腕暗殺者のような張り詰めた雰囲気を醸し出している。
強面の悪人顔というやつだ。
かなりオブラートに包んで良く言えばワイルド顔だろうか。
「まあ! いまだにゼノ様はご自分の魅力的なご尊顔の価値を理解してないのね。
少し微笑めば桃幻街(ウチ)の子たちもたちまち虜にさせてしまいますでしょうに。
まぁ、簡単に靡かないところも魅力の内の一つとはいえ、やはり勿体無いとは思うもの。
あなたもそう思わなくて?」
ミリアの視線が、ここに足を踏み入れてからずっとダンマリを決めているカインへと向かう。
あまりの存在感の無さに忘れていたが、あの熱苦しいカインの存在を忘れるなど信じがたいことだ。
思わず背後にいるカインを振り返って見れば、酸っぱいものでも食べたかのように顔の筋肉を真ん中に引き寄せたまま突っ立っていた。
口は固く閉ざされており、出ている肌で見える箇所は全て真っ赤に染まっている。
「どっ、......どうしたのだ、カイン? 大丈夫か、どこか具合でも...」
「だだっ、だいじょおおおおぶでっっす!!!!」
「そ、そうか...? 無理はするなよ?」
「あらぁ、ふふ。
ゼノ様の下にこんなかぁいらしい方がいらっしゃったなんて知らなかったわ」
やはりミリアの美的感覚はズレている。
部下はみんな私を慕ってくれているし、主に見た目が厳つすぎる者が多いためかわいいとは全肯定できないが、大事だとは思っている。
だが、ミリアがかわいらしいと称したカインは2mをゆうに超える巨漢で、肩幅も厚みも申し分ないくらいだ。
人の形をした壁と言ってもいい。
今世の俺は前世とは比べようも無いくらい恵まれた体格をしているが、それを持ってしてもすっぽり隠れてしまう程の大きさだ。
ここまで大きいとさすがに羨ましいを通り越して不便そうとしか思えないのだ。
外へ食べに行くと、カインの持つコップが錯覚でオモチャのように小さく見えるのはご愛嬌である。
ミリアがカインに近づき、先ほどと同じように落ち着かせるための霧を吐く。
ぐらりと傾く身体。
見たままの重量通りの盛大な音を立ててカインはぶっ倒れた。
「あらやだ、この子ほんとうに女人に耐性がなかったのね。
リラックスさせてあげようと思ったんだけど、ワタシの術が効く前に吐息で限界を超えてしまったみたい。
ここまでの耐性の無さじゃあ、お詫びに今度ウチに遊びにいらっしゃいとも言えないわねぇ...」
カイン......!!!
そんな一面、俺は知らなかったし知りたくなかったぞ......!!
見た目で決めつけるのは良くないが、どちらかと言うと両脇に美人な女性を侍らせて酒を浴びるほど飲んでいるような見た目なのに!!
厳つい見た目に反して性格は真面目で細かい作業が得意で意外とマメだとか知っているからそんなことはしないと知ってはいたが!!!
護衛に意気込んでいたお前はどこへ行ったんだ......?
今日ここに来ることはチェスターから聞いていたはずだから断ればよかったのにな。
チェスターはカインがここまで女性に不慣れなことを知らなかったのだろうか。
あの何でも把握していそうなチェスターにしては珍しいことだ。
予期せぬトラブルであったが、場の空気はこれ以上ないほど緩みきったものになった。
部下の犠牲を無駄にするのは上司としてよろしくない。
ごほんっ!
俺は咳払いをして俺へと意識を戻させた。
「部下が迷惑をかけてしまって申し訳ない。
......では、話し合いを進めようか」
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