第3話 引越先は大きな一軒家で広い庭付き

 ガアガアとカラスの鳴き声が響き、空は分厚い黒雲に覆われている。

 わずかな光さえ差し込まないため昼間だというのに日没直後の明るさしかない。


 廃墟というべきか。だが、言葉を変えれば古き良き、とでもいうのであろうか。

 年代は感じるものの、引越し先の建物に崩れている箇所はなく、一応は住める場所ではあった。


 雰囲気はまさに魔王城。

 

 魔界には相応しい高物件なのかもしれないが、俺の感覚からしたらここ住みたい人いるの? ってくらいの不気味さだ。


 人を寄せ付けない排他的な存在感を持って目の前に佇むこれから住居となる古城を眺めた。



「ゼノ様が提示されました条件である、建物の広さと庭付き、ご近所トラブルの少ない場所をご用意しました。


 また、防犯の点では周囲を配下の者が烏と使い魔契約を結び、交代制で常に監視しております。意思疎通も可能なため、万が一不届者がこの地に足を踏み入れた場合は即時情報伝達がされるようになっております。

 それだけではなく敷地内の境にはトラップを仕掛けておりまして、正式な手続きを済ませ、こちらから招いた者以外には発動するようにいたしました。


 配下含め全員分の住居を確保できるだけの広さ、お子様が今後成長していく中でどんなやんちゃをなされても十分な遊び場となる庭付き、お子様の安全面ではこれ以上ない高物件でございます。


 建物自体も歴代魔王様の内、最も名高い悪名を広めました666代目の魔王様が居住にされていたという歴史的価値のある物件となっております。歴代の中でも有数の審美眼と財力をお持ちだったため、内装は選りすぐりの美品が備え付けられております。

 アンティーク家具付きであり、設備はオプションで最新式の物にアップデートも可能です。


 こちら、ゼノ様のお気に召しましたでしょうか?」



 やはり俺の第一印象は間違っていなかったか。


 まごうことなき魔王城だった。


 庶民の感覚からすると高級家具とか調度品を傷つけたらどうしようかと、家であるのにくつろげない居心地の悪い空間になりそうだ。


 こんなところで長年一緒にいた仲間のチェスターと、美的感覚というか、価値観の違いを感じることになろうとは思ってもみなかったな。


 俺としてはあんまりここに住みたいとはならないのだが...



「すげー!」

「オレら今日からここに住めんのか!?」

「さすがゼノ様!」

「ここより相応しい物件なんて他にねーだろ!」

「ここで絶対決まりだな!」



 そう、背後で部下たちが大はしゃぎする声が聞こえて来るのだ。


 俺は部下の声を聞くことができる上司を目指している。


 上司の圧力で俺一人の意見を押し通すわけにはいかないだろう。そんなことしたら部下の気持ちが離れていってしまうからな。



「ああ、よくやってくれたチェスター。おまえの働きは本当に素晴らしい。礼を言うぞ」



「はっ!! ありがたき幸せ。御身のためならいつでもこのチェスター、全身全霊を尽くして支えます。些細なことでもこの私にお命じください」



 最高潮に盛り上がる背後の歓声と、普段冷静なチェスターが喜んでいるのを見て、俺の判断は上司として間違ってなかったんじゃないかなと妙な達成感を覚える。



「では、さっそく中を案内いたします」



 底の見えないほどの堀が城を囲むようにあり、幅広い石橋が城の入口へと続いている。


 その石橋へと足を向けて俺はどことなく既視感を覚えた。



 この感じ、何だったか。



 前世ではもちろん。今世でも俺は魔王城に縁なんてないのだから、見覚えあるわけがないのだが。



「難しい顔をなされて、いかがいたしましたか?」


「うむ。いや、たいしたことではないのだが...ああ、なるほどな。


 思い出したぞ。どことなく覚えがある雰囲気だったため考えていたのだ。

 この城の入口がな、俺の知る中年の配工管が活躍する物語に出て来る敵城に似ていたのだ。

 

 そう、ここの堀にマグマでもあればより近い感じになるだろうな」


 入口に大きなドラゴンの口が開いた装飾がされているのを見て思い出した。

 そう、例のお姫様を攫う敵の城といえばゴツゴツとした無機質で厳つい石の城にマグマは欠かせない。

 実際にやるかと言われると熱いし危ないし、実際に配工管も落ちればゲームオーバーになっていた。マグマはなくとも深い堀に落ちれば終わりだろうが、安全性ならまだしも、なぜわざわざ自宅の危険度を上げなくてはいけないのか。

 それに、現実問題どうやってマグマを運んでくるのかという疑問が残るため再現するつもりは全くない。


 

「ほう、マグマですか。私も書をよく嗜んでおりますが周りをマグマで囲む装いは知りませんでした。

 やはりゼノ様は私では思いつかないような素晴らしい案を出される。


 ですが、マグマとなると近くの山から引いてくるか魔法で常に生み出す形になってきますが...ここまでの広さですと広範囲での魔法になりますね。

 魔力と高度な技術が必要になってくるので、数は限られますが後ほどリストをお持ちいたしましょうか?」


「いや、なに、そんな本気にせずともいい。

 そのようなものもあったなと、思い出したから言ってみただけだ」


「そうでございますか」


「ああ、そうだ。今はそれよりも先にすべきことがある。


 内装はすぐに住める状態とのことだから、全員の自室の割り当てをし、その後は各自に任せるとしよう。

 

 そしてこの、少々...いや、かなり...荒れ果てた、ような、殺風景な庭を...これも一種のそういった芸術なのかは分からんが、この城の周りを整えたいのだ」


「庭を、ですか。確かにこのままでは少々物寂しいですね。見晴らしはいいのですが、防犯面ではあまりよろしくないでしょう」


「ああ、まあ見晴らし、な。そうとも言うな。

 

 そういうわけで、もっと庭らしく緑など植物を増やしたら良くなるのではないかと思ってな。

 俺の知っている城の庭といえば、上から見ると迷路かと言うくらい細かく作られていたものだからな。

 だが俺はあまり庭などに詳しくないし、植物も種類を知らないのだ。

 詳しい者や庭作りや植物が好きな者がいたらその者に任せようと思う」


「わかりました。ではそのように。後ほど該当者をリストアップしておきます」



 このどう見ても不気味な魔王城も緑があればだいぶ軽減されるだろう。

 前世で大抵のおしゃれなカフェや、センスのいい人の部屋には観葉植物などが置いてあった。

 今は癒しとは正反対に位置していても、緑があれば癒し効果で少しはこの殺風景さも和らぐんじゃないだろうか。


 俺自身は詳しくないので丸投げとなってしまうが、植物に詳しいものであれば街で見かける花屋さんのように癒しとおしゃれ空間を演出できることを期待しよう。


 子どもが大きくなって庭で遊ぶとき、俺も荒地でキャッチボールよりは自然溢れる場所の方がいいからな。

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