第4話 貧乏性は魂に染み付いている

 城に入ってすぐ目に入ったのは、光を放ちながら浮かび上がる魔法陣だった。

 魔法陣の模様から転移用の陣だということは分かるが、一体どこと繋がっているというのか。



 俺がまじまじと転移陣を見ていたからだろう、チェスターが気をきかせて説明する。



「こちらは前に住んでいました魔王様が、こちらに訪れるお客様用に作られた特別仕様の魔法陣でございます。


 直接応接間へと繋がっており、お客様が広い場内で迷ったりすることのないようにと配慮で設置されたようです。

 転移中の事故や転移後の魔力酔いなども起きないよう、安全性を考慮しては高性能な王族仕様の転移陣を使用しているとのこと」



 応接間ってあれか?

 

 魔王と対面したとき、大抵魔王が座って待っている玉座の間みたいな空間のことか?


 あの場所は応接間なのか。なんというか、ラスボス戦の緊迫感が一気に失せる感じがする。



「そうか。やはりここの設備は素晴らしいな。そのような気づかいにここを訪れた者たちもさぞ喜んだだろう」


「いえ、それが利用履歴を確認しますと実際にこちらを使用したお客様はいなかったようです。

 数回勇者の訪問があったようですが、いずれも城内を彷徨い迷ったあげく、城内にいる当時の魔王の配下たちにいきなりケンカを売るなどの迷惑行為を繰り返したようで。


 歓迎の意を示したり、親切心で配下の者が魔王のところに連れて行こうと近づいても、勇者一行は聞く耳を持たず、結局は迷った末に入口まで戻って、しばらく間を置いた後に何度も再訪問していたと記録にはありました」



 なんと、視点を変えれば見方も変わるというが、勇者視点でのゲームを多くやってきた俺からするとなんだか切なくなってくる話だ。


 だが、考えても見て欲しい。勇者目線からすると、魔王城という敵陣地に入りこんですぐ目の前に現れた転移陣を使う者がいるだろうか。

 怪しさ満点すぎる。罠としか思えないだろうな。

 普通に考えたら使わないだろう。よっぽどの猛者か、阿呆かではない限り。


 俺にとっては自宅なので遠慮なく使用させていただこう。



 それと、配下が話しかけたときの様子も簡単に想像できるな。


 きっと「よく来たな」とか「歓迎するぜ」とか言ったんだろう。

 ゲームをやっていたときは煽られているとしか思えないセリフだったが、あれがなんの裏もなく素直な言葉だったとすると、申し訳ない気持ちでいっぱいだ。



「この勇者の問題行動には魔王様も困っていたようで、無闇に歩き回らず転移陣を使用してくれれば配下が怪我をすることもなく、勇者も迷うことはないのに、とよく嘆かれていたようですね」



 勇者たちにも魔王の配下たちにも、この転移陣は優しさ100%でできていたのか。

 だが使用されたことはなかったという辛い現実。



「そうか...それでその問題は解決したのか?」

 


「解決というと微妙ですが。

 最終的には勇者が訪問してきた際に魔王様が直々に玄関ホールまで出向いたところ、扉を開けてすぐに勇者一行は国への直接帰還用転移陣を使用し、二度と訪れることはなかったようです」


 

 まあ、敵城入っていきなりラスボスにエンカウントすればそうなるだろうな。

 

 最終的に戦うとしても心構えができていない状態で来られると焦ってしまうものだ。


 当時の勇者一行も心底驚いたことだろう。



「顔を見るなり逃げられたことにショックを受け、数ヶ月間は塞ぎ込んでいたと、このときのことは配下の手記による魔王伝にも書かれていましたね。


 第666代目魔王が自身の顔の造形を気にしていたことは有名な話ですが、きっかけはこの勇者の行動によるもののようです」



 魔界側の視点からすると魔王が良い人すぎて、勇者たちとの温度差にやられそうだ。

 俺にはどちらの気持ちもわかるからな...。


 しかし、魔王よ。


 繊細すぎないか?


 第666代目魔王は悪名高いとか聞いたが、それは勇者たち人族目線での話なのだろうな。



 俺が遠い目をしていたところで、チェスターが懐から豪華な装飾のついた鍵を取り出した。



「転移陣の説明に戻りますね。こちらは通常ですと応接間へと繋がっていますが、こちらの鍵を使用いたしますと主寝室へと繋げることができます。


 他の部屋の鍵も同様に、この転移陣へと使用することで直接その鍵の室内へと繋げることができるようです。


 他にも複数城内には転移陣がございますが、すべて同様の機能を備えているとのことです」


「ほう、それはずいぶんと便利だな」


「では、さっそくこちらの主寝室の鍵を使用して移動いたしましょう」



 魔法陣の中に二人とも入り込み、チェスターが転移陣に鍵をかざすと光が強まった。


 一瞬のうちに視界が切り替わり、玄関ホールから見るも眩しい、一目で高級家具だと分かるような調度品ばかりが備え付けられた寝室へと移動したのだ。


 転移のよりも目前に広がる豪華絢爛さに俺は衝撃を受ける。


 ベッドのシーツは滑らかな光沢を放っていた。

 調度品には細かい意匠が施されているし、引き出しの取手の箇所が宝石になっていたり、金や銀細工が施されている。

 何に使用するのかそもそも分からない謎の大きな壺にも、繊細ながらも色鮮やかな絵が描かれている。


 この部屋のすべてが眩しい。



 あ、むり。



 こんなところでは一日たりとも落ち着いて寝れやしない。



 

 俺はそもそも前世から貧乏性なのだ。



 今世も最初の頃は贅沢とはほど遠く、細々と老夫婦の下で暮らしていた。

 俺の黒髪黒目は忌み嫌われていて虐められていたから、きれいな服や新品の物を身につけていてもすぐに汚れてしまうと思い、古着やぼろぼろになった服を選んで着ていた。

 髪ものび放題で顔を隠していたし、見た目からしてみすぼらしい感じでもあっただろう。


 旅に出てからもおしゃれとはほど遠く、実用性重視で清潔感さえある程度整えておけば大丈夫だろうというレベルのものだ。


 今では配下におしゃれ好きな者がいるため、ほとんど服に関しては任せっきりだ。


 少々派手すぎないかと思うときもあるが、おしゃれに疎い自分が口を出すよりかはすべて任せることにした。


 実際に配下たちからの評価は断然自分で選んでいたときの頃より高い。



 そんな貧乏性とおしゃれさに無縁な者が、この空間で落ち着けるわけがない。

 ここは豪華すぎて居心地が悪すぎるのだ。


 チェスターには申し訳ないが却下とさせて頂こう。


 この部屋は、それこそ他の使いたい者が使うか、客間とすれば一日魔王体験みたいなアトラクションっぽい感じで楽しんでもらえるんじゃないかと思う。

 子どもが大きくなってここを使いたいといえば、そうしてもいい。この広さのベッドならどんなに寝相が悪い子でも落っこちることはないだろう。



 うんうん。それが良いな、そうしよう。



 とりあえずの俺の中での言い分を済ませておく。



 俺の部屋は屋根裏とかがいい。


 あとは外から見たときに高い塔が複数あったから、そのうちの一つとか。


 屋根裏とか階段下とか地下といった秘密基地のような場所を部屋にするのに、一回は憧れたことある人けっこういるんじゃないかな?


 俺は前世で賃貸に住んでいたので屋根裏も階段下も地下もなかったが、押入れはあったので便利な猫型ロボットの真似をして一回その中で寝たことはある。

 

 寝相の悪さで一週間くらいで断念したけども。扉を開けたまま寝てしまい、寝相がひどすぎて押入れから落ちてしまったのだが、その時の腰へのダメージは即刻やめることを決断するレベルのものだった。



「俺の部屋はもっと...屋根裏部屋などの、そう、見晴らしのいい、庭の端まで見えるような塔の先端付近の部屋とかが空いていればそこがいいのだが」


「なるほど、ゼノ様は贅を凝らすよりも下界を見下ろす方が好みでしたか。私の理解が足りずに申し訳ありません。


 すぐに案内させていただきます」



 希望が通ったものの、ニュアンスが若干違く伝わったような気がしてならない。


 俺はもやっとした感じが残るまま、こちらへ、との案内に従いチェスターの後に続いた。

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