「なぁ、本当に大丈夫か?」


 長くも一瞬の回想から戻ると、大学で出会い付き合って二年の彼氏が、どことなく厳かな声でたずねてきた。


 大学は実家から通えるところにした。両親も心配していたし、もう大丈夫だと思ったから。


 彼は私の王子様だ。醜かった私を認めて、受け入れて、愛してくれる。彼は発達障害で、空気を読むとか、嘘をつくとか、そういうことができない。歯に衣着せぬ物言いの彼を煙たがる人は多かったけど、私にとって彼は一つの正義だった。厳しいけれど優しく、プラトニックに、私の瞳の奥を覗いてくれる。代償を恐れてのことなのに、私が誰も憎まないことを、素敵だと言ってくれる。私の心を愛してくれる。誰よりもかっこいい私だけの王子様。


 君は謙虚で美しい心を持っている。


 生まれて初めて人を好きになったんだと自覚させられた日だった。彼が言ってくれた。私は醜くて、どうしようもない女なのに、彼は一分の迷いもなく、真っ直ぐな瞳で言い放った。


 誰よりも私を大事にしてくれる人。


 太っているし、オシャレとは無縁だし、それなのにいつも堂々としている。オブラートなんて持ち合わせておらず、思ったことは全て口にする。でも発せられる言葉にトゲはない。彼の発言は彼自身の誠実さを表していた。


 母の作った唐揚げと大盛りご飯を頬張りながら「美味しい」と連呼する彼を両親もいたく気に入っていた。


 そんな素敵な彼に心配はさせたくない。


「うん…………。平気だよ。大丈夫」


 彼は言葉の裏を探るのが不得手だった。なのに、一旦口ごもってから、「そうか」と返した。


 目的地に着き、電車が停まった。私は下車する際、やめておけばいいのに、かつてのクラスメイトに目をやった。彼はその瞬間をまるで待っていたかのように、不自然なほど口角をニッと上げた。外国人に発音を教えるように大げさに口をゆがませた。


 み  つ  け  た


 そう口が動いた。


 気がした。


 ここ数年、私は幸せの絶頂にいた。目一杯に満たされていた。それなのに彼の視線の針が私にぶさりと突き刺さった。小さな穴が穿たれた。


 彼氏が見ていない隙に、過去に私が束縛されていたSNSを開いた。私はクラスメイトのアカウントをあらかた把握していた。さっき会ったクラスメイトのページをたしかめると、ちょうどあの時間に『ツチノコ発見』とつぶやいていた。


 見つかった。


「なにが?」


 彼氏が聞いた。


 言葉として口をついていたらしい。

 けれど言葉で返すことはできなかった。

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