第38話 rusted blade

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 剣、槍、槌。大小様々な武器が立ち並びその隙間を縫う様に小物が所狭しと乱雑に置かれている中、一般的な武具屋の様相を呈するその枠とカウンターで隔てた奥の鍛冶場で分たれている。

 選択はその境で黒銀の重厚な鎧に身を包んだ主と相対していた。

 ただ重苦しい視線が向かうのはその相手ではなく、カウンターに乗せられた四つの聖剣だった。


 『ぴんぽんぱんぽーん。ブレイブカンパニー本部から通達致します。急遽ではありますが絶護の勇者から勇者大集結の発令です。これから一時間後に大聖堂へ集まって下さい。作業の残っている方は強制的に集合されますので手を空けるようお願い致します。ぴんぽんぱんぽーん』


 突如響き渡る放送にお互い視線を上に向け耳を傾ける。

 勇者大集結……また俺の知らない単語が飛び交っている。

 選択はそう思った。


「一時間後……仕事詰まってるのに勘弁してほしいよね」


 呆れた様子にそう言った。

 素顔は分からなかったが、選択はその声色から性別は女性であると納得していた。

 

「勇者大集結……。言葉通りですか? 聖成さん」


「そうだよ。此処に居る勇者も絶賛派遣中の勇者も皆一時ストップ。……ちょっと待ってて」


 聖成は椅子から飛び降りると纏う鎧の重さを感じさせず作業場の奥にある炉の方へ走った。

 背丈は子供の様に低い。前に出会った因剥と呼ばれる勇者とどっこいかと選択は見る。

 慣れた手付きで炉の前面を閉じて、一瞬の暗闇が辺りを覆い隠すと数秒も待たずに端まで照らす白熱光が広がった。

 

「電気って目が疲れるんだよね」


 何が無しにそう言って元の席に戻る。

 そして置かれた四つの剣の内一つを軽く撫でた。


「……横槍が入ったけどもさっきの続きね。取り敢えずこの聖剣だけは大丈夫。私が何がしなくてもそのまま機能する」


 聖成は置いた手を2度叩く。

 選択はその聖剣に手を伸ばし掴み取ると、鞘を挟んで尚仄かに熱を放つソレを軽く引き抜く。

 一時はサビに覆われていたが、その痕跡すら残さない程成立している聖剣。

 ファイミリアは戻ってくれた。だが、それなら……。

 選択はうんともすんとも言わない三本の聖剣を見据えた。


「こちらの聖剣達はもう命を終えている」


 聖成は憚る事なくそう続けた。

 ……心の何処かで分かっていた。ファイミリアですら感じた微かな命の灯火は彼等には無かったから。

 勇者としての使命を果たせず嫌われたと、俺自身その事実から目を逸らしていたんだろうな。

 選択は溜息を吐きながら聖剣を置いた。


「彼等は……もう元に戻せないのか?」


「残念だけど私には出来ないよ。特殊な力でも持たない限り他の人にも無理だと思う。死の逆転はそれこそ神様でもないとね」


 神……神か……。俺の世界には実在としていない概念だ。

 人の心を救う為の、形だけの物だった。

 仮に存在していても願うだけの資格は俺には無いが。

 選択は今一度聖剣を見やる。

 ウォールパル。ウィンケッド。アースメドゥーラ。彼等の命を消費するにはあまりにも不条理が過ぎる。


「……俺に向かう筈の代償なんだ。彼等が負わされる道理は無い」


 全ては俺が責任を果たせなかった事に起因する。

 暗く影を落とす選択に対して、聖成は宥める様に小さくはにかむ。


「この三つの聖剣の命の重荷を感じているその感情こそが罰とも考えられるね。勇者である事を失い掛けた君への」


 聖成の言葉は選択の心に重くのしかかる。

 

「似た様な能力を持つ武具の製作なら出来るよ。言ってしまえば基礎四元素から成る循環を模した聖剣の在り方だから、代用出来る部材は数多い」


 そう続けた聖成は店内の武具に指を向けた。

 この工房こそが自分の世界……とでも言いたげに火水風土の守護の力が確かに点在している。

 火の概念を司るファイミリア。彼女だけでは繰り出せない技も、これ等の各四元素を用いた武具があれば使用出来る。

 元の力に近付けば近付く程、派遣勇者としてもこのブレイブカンパニーに貢献出来るのは想像に難くない。

 頭を巡らせた選択は、ふと肩の荷を下ろすように息を吐き出す。

 ……その選択も或いはと思ったが。あり得ないな、やはり。

 選択はファイミリア、ウォールパル、ウィンケッド、アースメドゥーラの順に聖剣を掴み、慣れ親しんだ腰に戻す。


「辞めておきます。罰だと言うのならば俺はこの屍を背負って勇者をやり直す」


 選択は真っ直ぐと聖成の兜の奥にある瞳を見据えてそう言った。


「なるほどね。結構かっこいいね、君」


「そんな事はない」


 かっこいいと評するのは、此処に在籍する俺以外の勇者全てだ。

 俺はもう一度そこに辿り着かなければ。


「私はある程度武器を見て人の性格に見当が付くんだけど最初どんな悪人が現れたのかと思ったよ。もし浅慮に代わりの聖剣を求めていたら、全て取り上げていたかもね。……話すべきか話さざるべきか迷っていたけど、別に構わないねこれなら」


「何かあるのか?」


「ちょっとした事だよ。何故か分からないけど君のそのファイミリアには他三元素の力が微かながらに脈動している。もしかしたら在るのかもしれないよ、方法。頑張って探してみなよ」


 聖成の言葉に視線を剣へ移す。

 ファイミリアに……。

 静かにそう思いながら浮かべた選択の表情は、硬く暗さを帯びた物から仄かな朝日が射すが如く口角を緩めた表情に変化する。

 後悔を晴らす一筋の閃光。選択の心はただ安堵に包まれた。

 まだ取り返せるのだ、と。

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