第37話 brave the monitoring room
「久しいな包鉄」
「……それはこっちの台詞だ。まさかファーストナンバーが姿を現すとはな。『
薄暗くモニターが差す電灯だけが視界の寄る辺となる一室。
包鉄は目の前で唸りつつキーボードを叩く一人の背中をまじまじと見つめつつ、突如として開いた扉の先の人物へそう言い放った。
普段籠っている始まりの勇者。シミ一つない丈の長いローブに身を包み、両手に刺青のように描かれた青い五本のラインが目立つ。
吹けば飛ぶ様な細身の体に端正な顔付き。長い黒髪を後ろで纏め上げ、紺青の瞳は包鉄、奥の女性と続けて向けられた。
包鉄は一つ鼻息を吐く。
ブレイブカンパニーの創設者とも言えるこの勇者が足を運ぶとはな。
どんな御用向きなんだか知らないが、正直今はタイミングが悪い……。
「あんたでも外に出たい気分にはなるもんなのね。今色々と大変なんですけど」
不愉快だと言葉強く、手指の作業に勤しむ女性の声色が突き刺さる。
固まる絶護に対しそれみた事かと包鉄は思った。
「……『
絶護は固まった体を動かして女性の背中の前まで進み、そう言って話を続ける。
「毎日色々あるから私達がいるんでしょうが」
変わらず刺々しくあるその様子に口を噤み、少しの間を置いて振り返る。
「包鉄。『譚層』は今日機嫌悪いのかい?」
「まぁ……な。実はややこしい事態になってて」
思わず額に手を当てる。
「私の予測が当て嵌まらなくなって来たのよー。苦情苦情苦情苦情! あーイライラする!!」
俺が報告に来た時が酷かったんだよなぁ。勇者達がこの部屋に詰めに詰め……。
思い返すとどっと疲れが襲ってくる様だった。
「ついさっき新人研修から帰還したんだが、その時に……」
包鉄はそう言ってこれまであった事を語り出した。
選択と共に向かった派遣先世界での出来事を主として詳細に伝えると、包鉄の体験した一連に絶護の勇者は考え込む様に瞳を閉じた。
「魔王が勇者の体を奪う、か」
そしてポツリと一言漏らす。
「敵方にも事情があるにはあったが、それにしたって悠長に構えていてな。勇者と魔王の戦いは謂わば椅子取りゲームだろ? 如何にも引っ掛かる」
理を奪われた世界には原則向かう術を持たない。
派遣勇者の存在を認知している魔王はこのルールを知らないはずが無い。
なのに態々残すとなると、他の目的があるのは明白だ。
「何か別の思惑があるな」
「十中八九。その出来事を踏まえて譚層に相談したんだが……遂に爆発しちまった」
包鉄の言葉に譚層は肩を小刻みに振るわせ始めた。
そして破り取る様に赤髪を振り乱して、机を思い切りに叩いて席を立つ。
「上層中層下層で分けた世界深度のレベルがまるで働いていない! あべこべよあべこべ!」
そう言って譚層は終わりに咆哮を上げる。
俺と選択が向かった先も明らかに上層の枠組みに入らない強さを魔王は持っていた。
他の勇者達も同じ様で、帰ってから一斉に詰め掛けた結果譚層の許容範囲を超えた。
……宥めるのは骨が折れたぜ。
「ま、俺だけじゃ無いって事さ」
包鉄のは軽口を叩く様にそう言った。
納得したと言わんばかりに絶護は頷く。
「明らかな撹乱行為だね。……最近大人しかったがまた動き出したか。魔神に登用されし簒奪者どもが」
……やっぱり、そうだよなぁ。また忙しくなりそうで気が滅入る。
包鉄は眉間を押さえながら溜息を吐いた。
「あ、そうだ包鉄! 貴方勝手に理の解放したでしょ!! 事前に申請しろってあれ程言ってるのに!!」
譚層から唐突に向かう矛先。
なあなあにしようとしていたが気付かれたと包鉄は冷や汗をかく。
「イレギュラーって事で勘弁してもらえません?」
低頭に手を合わせそう言ったが、反して譚層の鋭い瞳が一際輝く。
「分からないなら毎回申請書出しなさいよ!!! 面倒事ばかり増えるじゃない!!」
「まぁまぁまぁ。落ち着いて譚層」
「落ち着いて理解しているから、こんなに喚いてるんでしょうが!! あああああああああ、もう!!!」
こりゃ駄目だ。火山の噴火か天変地異か。女の癇癪は恐ろしい。
譚層の溢れんばかりの圧に後退り。
その様子とは裏腹に絶護の勇者は笑みを浮かべる。
「……一度大掛かりに調べる必要があるかな。何時も大変な作業ありがとう譚層。追加の人員を回すから皆で考えようか」
「はぁ、はぁ。……分かったわよ」
絶護の穏やかな気に当てられたのか、はたまた叫び疲れたのか包鉄に判断はつかなかった。
気疲れの後に尚の事堪えるなぁ。まぁ、絶護に助けられたのは違いない。
「年の功は伊達じゃないな」
疲労感に溢れた表情で話す。
「まぁね。機嫌を治してもらうのもこちらの仕事だね」
そう言ってハニカム姿に多少疲れが抜ける包鉄だった。
絶護は態とらしく一つの咳を吐く。
「
高らかにそう述べる姿は、確かに一組織の長として相応しく貫禄があった。
勇者大集結。
これも随分と久々だ。……あっ、選択に説明せにゃならんな。
まだまだ残っている仕事に一体いつ休めるのだろうかと包鉄は肩を落とす。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます