第2章 奈落と天上
第35話 abyss the Round Table
薄暗い部屋の中心、その広い円卓の片隅に一人の男が姿勢正しく座っている。
ただ何も無い空間に目を据えて、金色に輝く瞳と精悍な顔立ちは時が止まっているのかと思う程動きを見せない。
「あら、貴方だけ? 皆は来ていないの?」
場の空気を読まない陽気な声色が突如と鳴る。
男は体を崩さず目線だけを動かす。
その先から現れたのは赤黒いドレスを纏った白髪の女。
足音は立てず、されど長い髪は揺らめきながら、男から見て斜めの席に腰を着ける。
西洋人形を思わせる白い肌と整った顔付きであるが、男に向ける表情は心根の腐った様な嫌味を含む笑みであり性格の悪さが伺えた。
男は固く閉じていた口を開ける。
「……思想の違いで荒らしたくはない。ただでさえ綱渡りな現状、何が引き金になるのやら」
女と裏腹に無表情、まるで文を読み上げる様に感情の篭らない言葉。
女はクスリと笑う。
「それもそうね。取り敢えず良い話と悪い話、どっちから聞きたい?」
「焦らすなよ、ファムファタール。貴様の匙加減で構わない」
「そう。なら良い話から」
女は艶かしい咳を一つ吐く。
「上層世界での実験は少しだけ成功。魔王が勇者の身体を用いての聖剣の使用を確認したよ」
「枠は取り払える。その証明は出来た訳だな」
「悪い話はその魔王の精神が元の勇者の考えに引っ張られる事。なるべく情の薄い奴を探したけど、それでも駄目だね。暗黒風味の勇者擬きが出来たわ」
「力量としてはどうだ? 反する二つの力は」
「馴染まないわね。片方を片方として使い分けるだけなら問題ないけど、結局の所戦うにしたって使い慣れた力を行使するのが確実だわ。どうしても魔王に勇者の力を使わせたいなら慣れが必要。そこまでして労力をペイ出来るとは思わないけど」
「やはり根本的、根源的な問題なんだろう。お互いが天敵と化している以上、それらが混ざり合う事は無い」
男は瞳を閉じ、ため息を吐いた。
その様子に女は片肘をテーブルに付いて頬をに手を当てる。
「まだ続けるの?」
「あぁ、此方にも彼方にも確かにその兆しがあったのだ。諦める訳には行かない」
「私はあの女に一泡吹かせられるならどっちでも良いけどね。それとコレもか」
女は肉の少ない細長い指を二本伸ばしてピースの形を取ると、開け閉じを繰り返す。
「報酬は部屋に送ってあるので受け取ってくれ。調査及び検証ご苦労だった」
「毎度あり。……はーぁ、本当ダサいし疲れた。彼奴めちゃくちゃ注文付けてくる癖にアッサリやられてるんだもの」
「それなりに善戦したと聞いたが」
「全然よ。あの魔王ったらやれ配下を生き返らせろだの、魔神の力を分割しろだの。挙句には街を作って城も浮かせたわ。殆ど私の仕事よ。費用対効果悪すぎるし、モルモットが一丁前に注文付けてくんなって話よね? やっぱり素の力で勇者に勝てない程度の魔王なんて邪魔でしかないのよ」
湯水の如く湧き出した女の言葉に含まれる不満。悪意という装飾品を、身に付けている様を隠さず、目の前の男へ同意を求めた。
「貴様にとっては恵みの少ないクエストだったか」
男の返す簡素な言葉。
女は不満を表す様に鼻息を鳴らす。
「……まぁ少しだけ、無理矢理楽しくはさせたけどね」
そして機嫌を損ねたと言わんばかりに発声された一言には棘があった。
会話が途切れると、見計らったかの様に男の隣の席の空間が歪む。
包帯を纏った両の手が空間との境を掴み、過剰に力が込められているのか小さく痙攣する。
握る境が割れ、ヒビが広がって行く。
「光の使徒。自らこそ絶対なる正義だと喧伝し、我が物顔で世界を練り歩く者等」
喉に泥を詰め込んだが如く濁った一言が奥から流れ込む。
「マレス、いたんだ」
女は悠悠とそう言った。
掴む右手を離し、くたびれた人差し指を女に向ける。
「気付いていただろう。知らないフリはするな」
「いや分からなかったわよ」
「どうだかな」
「マレス。何か用か?」
男はそう投げかける。
「いいや。コソコソと何をやっているかと気になっただけだ」
「虚空のマレス。我々は一応同志の位置付けではある。疑心暗鬼のままに詮索されるのは不愉快だ」
「なら、次は俺も混ぜろよ。仲間だってんなら寂しいじゃないか」
「貴様の能力は場所を選ぶだろう。おいそれと使ってはサバティカル・ブレイブの連中に補足されかねない」
「ケッ、そうかよ。連れないな」
その言葉を残してマレスと呼ばれる者の両手は虚空の中に戻って行く。
空間のヒビは癒着し、歪む空間は何事も無く元の形へと修復される。
「私もそろそろお暇するわ。シャワー浴びたいし」
丁度良いと言いたげに女は席を立った。
頭を二、三振り、長髪を揺らす。
「頼み事があればまた連絡する」
「受けるかはこっち次第って言っておくね、一応。それじゃさようなら」
名残惜しさの欠片も持たずに女は元来た道を戻って行った。
当初の音一つ響かない静寂が戻り、男は目線を前に向ける。
最後に残るのは一人。
「派遣勇者、そして“希望”よ。物事が単純に二分する事などありはしない。……この宿命、必ず乗り越えてみせる」
感情の薄い男だが、この一言だけは力の籠った熱量を内包していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます