第34話 活気を背に


「——凄いなここまで変わるのか。昨日の今日なのに」


 教会の裏手は人々でごった返し、墓の改築に勤しむ者達をまじまじと見つめながら選択は静かに呟いた。


「振れ幅が大きい程跳ね返った時の力は凄まじいからな」


 包鉄は選択にそう返す。

 魔王との戦いが終わり、街に戻ってからは事の経緯を全て伝えた。

 セラーレイは臆さずに前へ立ち魔王を討ち倒したと語ってその後の顛末は想像に難く無い。

 難く閉ざされた門は止まない人の往来に開いたままとなり、あれよあれよと言う間に先代勇者であるエディス・ホワイスの墓が作り直す算段に決まった。

 特にセラーレイの要望が大きかったのだが……何げなく言った言葉程良く覚えているんだろうな。

 選択は腕を組み怪訝そうな表情を浮かべる。


「理由は納得出来ますが、流石に違和感というか切り替えの早さに驚くというか」


 そこは分からなくもないな。

 包鉄はしみじみとそう思った。


「……皆今か今かと待ち侘びていたのですよ、勇者の凱帰を」


「お、現地勇者のお出ましってな」


 何処からともなく現れるセラーレイ。三人並ぶ様にして勇者の墓に身体を向ける。


「茶化さないで下さい。正直、まだむず痒いのですからその称号は」


「重いものだ」


 セラーレイは兎も角として選択のつっかえも取れた。

 研修第一段とすれば御の字か。


「こっちもあっちも真に勇者と成れた訳だ。ブレイブカンパニーの者として言わせてもらう。おめでとうとな」


「…………こちらこそ」


 照れ隠しに顔を逸らし、セラーレイの放つ言葉は返事として少し的外れだった。

 包鉄はニヤリと笑いつつ腰に手を当てる。


「さて、俺達の役目も終わりだ。さっさと帰ろう」


 選択はその言葉に振り向き、一つの間を置いて「分かった」と口にした。

 長居するのは宜しくないからな。

 そう思いつつセラーレイへ向くと、胸のペンダントが輝く。


『もう行かれるのか?』


 名残惜しそうにカドスが口にする。


「やる事が多いからな俺達は。それに、この世界はセラーレイがいるなら大丈夫さ」


「任せて下さい。エディスが見たかったであろうこの景色は全身全霊をもって守って行きます」


「その息だ。カドスはチャクの所に帰るんだろう?」


『どうせなら魔物と人の架け橋にでもなろうと考えている』


「そうか。道のりは……まぁ長そうだな」


『困難な事は承知しているよ』


 魔王城が落下して街に被害が出た後チャクは家族の下に帰った。

 時機としては丁度良かったんだろうな。流石に戦いにまで参加させられない。

 最後には城の外でチャクと弟達が出迎えてくれたしな。

 嬉しくも悲しくも取れない複雑な顔だったが、紛れもない魔物のチャクにとって大手を振って喜べないのは確かだろう。

 例え裏切り敵に与したとしても情が無くなる訳じゃないからな。

 まぁ……頑張れよカドス。チャク。とだけしか倒した者の立場では言えないか。

 

「包鉄、選択。貴方達に会えて本当に良かった。またいつか、必ず……」


 突き出された片手に包鉄は握手を重ねる。


「あぁ、またなセラーレイ」


「元気で」


 選択も交わすと二人は顔を見合わせその場を後にする。

 何時までも背中に感じるセラーレイの視線。

 そこには別れに対する未練が残っている様に包鉄は感じた。

 この仕事で一番辛い所だ。

 そう思いながら振り向く事に耐え、この街の門を目指し歩みを進める。


 段々と背中に受けるものが消えて、無心に街外れの道を戻って行く。

 大通りに出ると飛び込んだその様相に目が開かれた。

 最初のどんよりとした空気は何処か、活気と笑顔に溢れ英気に満ちていた。

 笑いながら飲み食いし道端に倒れている者を囲む集団。祭りの準備なのか子供達は飾りを家屋の軒に掛け、物売りは出店に何を出すべきかと相談している。

 吟遊詩人は歌を紡ぎ、道端をステージとする踊り子も存分に磨かれた技を存分に披露する。

 それぞれがそれぞれに輝き出す光。

 包鉄は思わず足が止まる。


「包鉄さん」


 同時に選択から言葉が伸びる。


「何だ?」


「この度はご指導ご鞭撻の程、誠にありがとうございました」


 そうして礼を示す。


「おいおい、そういうのはいいって」


「俺自身が生み出した因縁に拙いながらも答えを見出せたのは、包鉄さん、裏視さん、そしてブレイブカンパニーという一組織、皆さんの存在と助言が背中を押してくれたからだ。暗闇の中で手を引いてくれた」


「立ち直れたんだから、言いっこなしで良いだろう?」


「言うべきか言わざるべきかの二択。口にしなくても分かって貰えるだろうと甘えたくない。これが俺の選択です」


 選択は真っ直ぐな目を包鉄に向けた。

 ……全く、小っ恥ずかしいな。セラーレイの気持ちが分かったぜ。


「まぁ、あれだ。取り敢えずこれが俺達の仕事の内容さ」


「独り立ち出来る日が楽しみになって来ましたよ」


「頑張れよー、まだまだ色々教えて行くからな。例外が多すぎて研修になってなかったし」


 次はもう少し細かく教えられたら良いが、それでも変則は起こり得る。

 徐々に慣れてくしかないもんな。俺もそうだったし。

 包鉄と選択は街へ目を戻す。


「次の世界でもよろしくお願いします」


「任せろ。世界に寄り添い勇者に寄り添い、何時でも何処でもブレイブカンパニーってな」


「ダサいですね」


「ああダサい。今月の標語さ」


 暫く街の様子に舌鼓を打ちまた歩き出す。

 門を抜け街を後にし、野原を進み、そして最初に現れた崩れた教会の中に。

 名残惜しくも人の気が消え、残る物は小鳥の囀りと天から降り注ぐ暖かな陽の光。

 清涼な一陣の風が草木を揺らすのだった。

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