第33話 連星の勇者
「漸く、エディスの悲願が果たせます」
『そう易々とは行かんぞ』
「ええ」
セラーレイは脇を引き締め、聖剣を縦に構える。
魔王とそして現地勇者二人だけの空間。包鉄は勝利せねばならない戦いであってもそこに割り込む気は無かった。
節度を欠いていると、勇者の在り方として間違いだと思ったからだ。
俺に出来る事はセラーレイを信じるのみ。
それだけに重きを置いていた。
「……やはり、お前達は狡い」
睨み合う二人の内魔王が口を開く。
「狡い、ですか」
「私がこれだけ力を増す為に尽力しようとも、それを唯の光の一手にて全て覆す。潰しても潰しても幾らでも顔を出す。……どうすればお前達を殺せる。どうすれば私達は勝てるのだ」
「……あの時も、確かに貴方が優勢でしたね」
「お前は知らないだろうが、最後の最後にエディスの光が私と拮抗した。私の持てる全てを投げ打ったというのに相打った。あの瞬間までは私が上回っていたというのに」
感情を抑えた語り口にて魔王は言葉を放った。
俺は魔王の討伐に派遣されただけだ。だから現地勇者や人とどういった関係性なのか分からない。
並々ならぬ物は二人の口振りから察せられるがな。
包鉄はそう思った。
「詰まる所貴方達が正しくないから、なのでしょうね」
セラーレイは強い語気のままに言った。
「俺達は悪か。その手の問答は飽いたよ」
「善悪では無く、これは……正誤です。互いに歩めた筈の道を貴方の一存で無為にした。この世界はそれを認めなかったから貴方の思うように行かなかった」
「面倒な“理”だ。魔物と人が並び立てる訳無いだろうに」
こいつ……理について知識があるのか?。
包鉄はそう訝しんだ。
セラーレイの聖剣に光の渦が巻き、まるで大剣を思わせるエネルギー状の形態に変化する。
「問答はもう良いでしょう魔王。全ての因縁をこの一太刀に決着を」
「律儀な女め」
「エディスならそうする……というのは建前です」
二人の持つ空気感、これで終わらせるつもりなのかと包鉄は固唾を飲んだ。
セラーレイの動きに合わせてか魔王も黒い魔力の結晶を剣に固着させる。
「包鉄さん」
いつの間にやら隣に立っていた選択が声を掛ける。
包鉄はただ黙って小さく頭を落とす。
「デュオデシムヴァルガレイド」
魔王の唱えた呪文は魔力の結晶に対してその効果が現れた。
全体にヒビが入り、また耐え切れず崩れた部分から間欠泉の様に濃い魔力の粒子が噴き出す。
そしてアンバランスな魔剣を難なく掲げ、魔王も剣を目前に構えた。
一騎打ちか……やっぱりレトロタイプだな。
そう思って包鉄は思わず含み笑う。
「セラーレイは……勝てますかね」
「心配なら加わるか?」
「冗談言わないで下さい。流石にそこの空気は読める」
肩の荷が降りた選択の言葉は、会った当初の固いものとは随分と違っていた。
何方も、もう大丈夫だな。
包鉄はセラーレイに向き直す。
「勇者として最初で最後の仕事。それでも……」
セラーレイは足を踏み込んで前に出る。
同じく魔王も駆け出し、そして……聖剣と魔剣の力がぶつかり合う。
一合程の時間に交差した互いの刃。魔剣の結晶を散らし、一閃する星の瞬きが魔王の体を通り過ぎる。
二人は動かない。
時間が止まったのかとも見紛うが、それは手の中からこぼれ落ちる魔剣の落下音に針を進め出した。
魔王の体に奔る肩から腰への切り口が眩く輝く。
そして一歩、二歩と覚束ない足取りでセラーレイとすれ違い、意味を持たない歩みを見せる。
「力が……抜けていく。私も……」
「魔王」
「私の正しさは間違いだったのか……? いや、そんな事断じて認められる訳がない。善も悪も、正も誤も矢面に立つ者の主観でしかない」
今際の際に立ち、魔王はうわ言の様に言葉を漏らす。
「一つだけ分からない事があります。貴方は……そうまで体を入れ替え何を成そうとしていたのですか?」
先の無い魔王に対し、柔らかい口調でセラーレイはそう言った。
敗者へ鞭を打つ。もしそれをしてしまえば、俺達勇者と魔王の存在の境は無くなる。
勇者もとい聖職者でもあるセラーレイにとっても望まないのは確かだろう。
魔王は怒りも笑みも含まないまま、無表情に口角を釣り上げる。
「……教えるものかよ。狡猾さこそ最後まで残る私の取り柄なのだから」
そうして魔王は崩れ落ちる様にして地面に突っ伏すのだった。
最中、包鉄は魔王の視線が一瞬自分に向いたのを感じた。
何故最後に俺を見たんだ?。その考えが過ぎる。
「私の心を土足で荒らした私の為行いを、どうか許して下さいエディス」
勝利したセラーレイは聖剣を胸に抱え、腰を落とす。
……取り敢えずは祝いだな。疑問は後回しでも良い。
ほっと胸を撫で下ろし、拳銃を仕舞おうとすると倒れた筈の魔王が震えるのを目端で捉えた。
「魔王様の仇!!」
『セラーレイ!』
途端に立ち上がり剛腕をセラーレイに伸ばす魔王。いや、魔王であった物。そしてオートップである筈の体。
包鉄は瞬く間の早撃ちにて三発トリガーを引き右肩部、胸部、首の一部を高熱線の輪郭のままに抉り取る。
チグハグな円状の銃創が出来、オートップはその威力に宙を舞う。
「が……ぁッ。申し訳ありません、魔王様……!」
その断末魔を残し、肉体は粒子へと還るのであった。
驚きに目を開かせたセラーレイが包鉄を見ている。
「包鉄……」
「間一髪、だな。あの時の借りはこれで返したぜ」
包鉄はそう言って冷や汗を垂らした。
最後の足掻きって所か、流石に肝が縮んだぜ。
だがこれで本当に終わりだ。そう確信して解放した理を閉じ拳銃をホルスターに収めた。
全員の疲れ切った表情に勝利の余韻というもの感じられず、ただ茫然と皆その場に腰を落とすのであった。
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