第31話 合流する二方


「決着を着けましょう。魔王」


 新しき勇者は手にした聖剣を構える。

 セラーレイの様子とは対照的に、弾き飛ばされた魔王は片膝を立て地面に座る。

 その表情は何処か分かっていた、と。

 自罰的な意味を含んでいる様にセラーレイは思えた。


「……失敗か。薄々気付いてはいたんだが、前と比べて調子が良くない」


『エディスの体を乗っとるのであれば、もう少し考えるべきだったな』


「背に腹は変えらないだろう。お前はよく分かるんじゃないか? カドス」


 ペンダントという無機物に宿るしかなかったカドスに対しての皮肉。一々癇に障りますね。

 選択が前に出る。


「語るのは結構だが、聖剣の力で誤魔化しながら戦っていた貴様にまだ抗う術があるのか?」


 魔王は「バレていたか」と一言残し、右腕を空に切る。

 手の中から湧き出す黒い水の様なものが直剣を形造り、内部に染み込みつつ現れたのはセラーレイも見知った魔王の武装。

 地面に突き立て、降参だと言いたげに両手を上げる。


「実の所を言うとな、これで手詰まりなんだよ。当初の予定であればとっくにお前らを倒して足止めをしている配下の加勢に行ったのだが、いやはや予定通りには行かない」


 足止め……まさか、包鉄の方にも手が回っているのでしょうか。

 セラーレイは歯を噛み締める。

 どうか無事でいて下さい。今はそう天に願いを送るしか出来ない。


「……派遣勇者が二人いるとはね。原則一人と聞いていたが」


「研修の身の上だ」


「成程。こちらとしても予想外だ」


 選択と魔王の会話を横で聴きながら、セラーレイは魔王の語る配下という言葉を深く考えていた。

 この魔王が態々配下と誇張して語るのは四天星だけだった。

 もしや包鉄が戦っているのは……。


「包鉄は苦難に直面しているのかもしれない」


 セラーレイはそう独り言を漏らした。


『魔王。貴様もしや、四天星をも復活させたのか』


「さぁ? どうだろうな」


 どうやらカドスも同じ考えに至ったようですね。

 セラーレイは新たな聖剣に目を移す。

 まだ使い勝手の分からない神聖を冠する武具。ですが、野望の潰えた今の魔王を葬り去るのには充分。

 意思を固めたセラーレイに呼応するが如く、杖の頭に展開されている星々を模した不規則な並びが天に向かい一列に揃う。

 どうすればいいのかは聖剣が教えてくれる。

 様子の変わった聖剣に目を向け達観している魔王へ狙いを定めると——。

 一つガクンと足下が沈んだ。


「何!?」


 体勢の崩れたセラーレイがそう言葉を上げると、続けて地鳴りが起きる。

 細かな瓦礫が降り注ぎ、段々と揺れも音も激しくなって行く。


「魔王! 何をした!!」


「私の預かり知らない事象だが……下か」


 焦る事は無い魔王が地面に目を向けるなと同時に、床は爆発を伴う様な激しさに舞い上がる。

 一体……!。

 その爆発の中から砂埃を後に残しつつ魔王の下へ飛んだ何か。

 あれはまさか。


「魔王様!!」


「オートップか! 勝ったんだな!?」


「申し訳ありません。それが未だ……」


 隣に着き首を垂れるオートップ。

 鎧を脱ぎ去り人と似た姿を形成し、周囲に浮かぶは一冊の本に球体状の炎と岩石。

 やはり四天星も復活していた!。しかもあの姿はオートップを中心に四天星の力を束ねた形態。

 包鉄はそこまで追い込んだのですね。

 少し遅れて下から飛び上がった何かが選択とセラーレイの後ろに着地する。


「選択! セラーレイ! カドス! 無事か!?」


「包鉄さん!」


 熱傷、裂傷、打傷。多種多様な怪我を負って現れた包鉄にセラーレイは安心感を覚える。

 取り敢えず生きている。

 包鉄はセラーレイ達を一瞥すると何か納得したかの様に首を小さく縦に振った。

 

「戦いの最中突然踵を返すから追ってはみたが……。積もる話はまた後で、だな」


 セラーレイ達は再度魔王の方へ視線を向ける。


「重ね重ね申し訳ありません。あまつさえ相対していた派遣勇者をこの場へ連れて来る等」


「気にするな、俺も失敗して困っていた所さ。極力避けたかったが、もうやるしかないらしい」


「宜しいのですか?」


「お前達に押し付けておいて俺だけってのも可笑しな話だったからな」


「それは我々が自分の意思で決めた事ですから」


 魔王は立ち上がり、先程の衝撃で横たわる自身の剣を取る。


「最早勇者の体は足枷にしかならん。返すよセラーレイ」


「何を……」


 言葉を遮る赤黒い熱線が、拍子抜けな甲高い鳥の声を奏でる。

 一瞬。いや、それ以上の速度を持って届いた銃撃はオートップの体の前で飛び散らせ霧散する。

 一部の隙間を見せない程に包鉄は乱れ打つ。


「必要なのは“同意”のみだ」


 その声と共に包鉄の銃撃をバリアの様な物で弾き、黒い一閃が襲いかかる。

 考える間も無くそれは撃ち落とされ一旦包鉄は攻撃を落ち着ける。

 現れたのは魔王の剣を携えるオートップの姿。

 額には先程までなかった第三の瞳が爛々と輝き定まらない視線が周囲を見移りしている。

 左手には本を。右手には剣を。

 更に岩石状の二対の羽根が浮かび黒炎に蕩けるままに蠢いて、濃い魔力が蒸発している様であった。


「明星。魔王デュオデシム・レペンツァ。……そう言えばお前達二人に自己紹介はしていなかったな」


「今更聴かされても困る」


 正に今更、ですね。

 セラーレイはそう思いながら伸ばしていた聖剣の星々に聖気を送り込み、エネルギー体の剣を形成する。

 選択は沸騰しそうな焔の聖剣を構え、包鉄はまっさらな風景を映し出している両銃を腕を垂らし地面に向ける。

 無機質に放つ隙を待っている様に見えた。

 私の知っている様相と随分変わっていますが……今は聞いている場合でも無いですね。

 包鉄も私の変化に気付いて尚口に出していないのですから。

 選択、セラーレイ両名は同時に駆け出すのだった。

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