第30話 落ちた星粒を天に
⭐︎⭐︎⭐︎
——暗い。
自分の体から痛みと共に何かが抜け出てしまう感覚。
広い集めても掌から溢れる砂の幻覚と、肌を時たまに過ぎ去る暖かな風。
ありし日の懐旧の情にセラーレイの意識は表層を漂う。
「お前わざと時間を取る真似をしたな?」
「当たり前だ。セラーレイの方に走られたらどうにも出来ない」
薄く目が開き、鮮明になる二名の会話。
セラーレイは意味を噛み砕くのに一瞬の間を置き、選択の放った言葉である事に気付く。
「話の途中で気付いたよ。敢えて付き合ったけどね」
「俺はそれも勘付いた。話を持ち掛けたのが貴様からで良かった」
「……やはり私達は似ている」
「同意はしない」
そして甲高い金属音を連続して叩き鳴らし、その都度巻き起こる旋風が感じていた暖かさであると分かる。
体が動かない……。
全身に激しい痛みを感じるが、奥歯を噛み締めて顔を上げる。
「カ、カドス……」
『目覚めたかセラーレイ! 今治療しているから動くな』
目の前のペンダントは新緑の色を振り撒いて、セラーレイの全身と貫かれたであろう部位に治癒を施している様子だった。
強く打ったせいか頭がボーっとする。体中の倦怠感のせいか記憶を遡れません。
「私は……一体……」
「エディスの肉体を奪った魔王の聖剣に貫かれた。覚えていないか?」
エディス、聖剣。
二つのキーワードがセラーレイの薄くボヤける視界を確かな物とする。
「……思い出しました。私とした事が不覚を」
『エディスへの恋慕は知っている。……上手くその隙を突かれたのだ』
カドスは言い難そうに言葉を濁しつつそう言った。
セラーレイは頭を戻して片腕で目元を覆う。
あの人の顔で、あの人の言葉で、それを吐かれた。
夢に見るまでに焦がれていた私の願望の全て。……恥ずかしくもどうすれば抗えたのか考えにも及ばない。
セラーレイは魔王の嘯いた愛の言葉を思い出すと、情けない程に心が跳ね上がるのを感じた。
そして奥歯を噛み締める。
エディスが私に対して向ける感情は最後まで分からなかった。
友人としての物か恋人としての物か語らなかったが、好きでいてくれた筈。
死んでしまったからこそ、この煮え切らない思いを永遠に抱えるのだと思っていたのに。
何度も脳内で繰り返す「愛している」という言葉が、その度に怒りの念を増大させる。
あの魔王はそれを汚した。私とエディスの二人だけの聖域に立ち入った。
エディスの迷惑になりたくないと抑えていた情欲に触れた。
……許さない。
交差する剣の声は未だ止んでいない。
「仮に、だ。セラーレイが戦線に復帰しようと私に敵わない。その事実は変わらないんだがな」
合間を縫って聞こえる魔王の言葉。
あの人はそんな自分に酔った言葉は吐かない。
バカだったけどその心は実直。嫌味たらしくない。
一つ高く撃ち合う金属音が鳴る。
「……本当にそう思っているのか?」
心底呆れていると言いたげに選択は言葉を放つ。
そして重なる魔王の聖剣を押しやった。
「返されただと……?」
「やはり気付いてないんだな」
「何をだ」
選択が瞳を此方に向けると、合わせて魔王も見る。
彼奴にとって二本の足で立ち上がる事はきっと想定外なのでしょうね。
セラーレイは重い体に鞭を打ち真っ直ぐと魔王を見つめた。
目があったその表情は驚きに満ちていた。
『……怪我は治したぞ。何処か痛むか?』
「ええ……痛いです」
胸に手を当てる。
『戦う気力はあるか?』
「あるに決まっています」
セラーレイは一歩一歩力強く前に進む。
今自分がどんな顔をしているのか分からない。
笑っているのか、悲しんでいるのか、憤りを含んでいるのか、はたまた無表情なのか。
憎悪が一番近い?。けど違う気もする。
「私の心を、弄んだな」
スルリと自然に滑り出た一言。
セラーレイは自分のその声色に怖気立った。これ程冷たい声を出せるのかと。
一瞬固まった魔王は小さく笑う。
「気迫に思わず飲まれたが、なんて事はない。千鳥足ではないか」
心も体も万全とは程遠い。
それでも。
セラーレイは選択の隣に並び立つ。
「セラーレイ」
「選択、ありがとうございます。もう大丈夫です」
魔王の聖剣を見据え腕を伸ばす。
「……どれだけ姿形を真似ようとも、心が伴わないのであれば」
セラーレイの言葉に頷く様に、聖剣は輝く聖気を霧散させると魔王の手から零れ落ちる。
やはりそうなのですね。
「何!? 聖剣よ何故だ!」
地面に突き刺さったそれは最早魔王を主と認めていないのか、引き抜く素振りに頑として付き従う事は無かった。
セラーレイは淡々と聖剣の下に向かう。
「エディスの役目を託された私は、気付きませんでしたが勇者としての役割も引き継いでいた。だからこそ私達を狙って……いや、私を狙ってこの城に引き入れた。奪ったその聖剣を万全にする為に」
「ぐぁッ!!」
聖剣の拒否を示す力が、衝撃となって魔王の肉体を弾き飛ばす。
「私を突き刺した事により聖剣は新たな姿を得た。しかし同時に新たな繋がりがそこには出来た。貴方の失敗は聖剣と触れた私を殺し切らなかった事。……私の知っている魔王は手にした聖剣に興奮し見過ごしたりはしなかったのですが」
念入りに裏の裏まで加味し、その上で策謀を巡らせ追い詰める。
そんな魔王の存在があったから私達は負けた。
この時を待っていたかの様に雄々しく存在感の放つ聖剣の前へセラーレイが立つ。
魔王とも勇者とも取れないあべこべの状態。
聖剣の担い手になるという目的ならばそれ以外に方法はなかったのでしょうが、結局の所その状態が本来の魔王として培ってきた力も無駄にしてしまった。
浅慮と言わざるを得ませんね。
目の前の聖剣をセラーレイは掴む。
「聖剣ステラゼロ。エディスの意志は私が引き継ぎます」
聖剣ステラゼロは目も眩む極光を辺りに振り撒いて、力を込めセラーレイは引き抜く。
……あぁ、随分と懐かしい。
脳裏に浮かぶのはエディスと共に戦った時の姿。
木漏れ日に心地良さを感じるが如きその力は正にエディスの奮っていた勇者の力。
寸分違わないその聖気はセラーレイの体に満ちていった。
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