第29話 物事を選ぶ

「ッッッ!」


 聖剣と聖剣であった物の応酬。

 魔王が大手を振るう紛れもない聖気の力は、選択の勇者にとって苦々しい。

 やはりとして勝機の見えないまま、遊びに思っているのか加減されていると魔王の表情から窺えた。


「他愛無い。勇者としての力を確かに感じるが、お前のそれはあまりにもか細いな」


「それは、そうだっ……! 俺は自らの世界救済を果たせなかったからな」


「ハリボテの勇者すら引き入れるとは。ブレイブカンパニーは余程の人材難と見える」


 言い返したいがぐうの音は出ない。

 斬り合いから離れ、無理矢理叩き起こす様な使い方をしている錆の塊を一瞥する。

 それでも……。

 その思いのまま聖剣を構える。


「……今でもまだ分からない。俺が勇者としてその資格を掲げて良いのか」


 後悔と慙愧の念は未だ拭えない。

 切り替える事もままならないその感情で、選択の視界は確かな意志を持って魔王へ向けられる。


「だけどこれだけは確かなんだ。……魔王! 貴様のやり方を見過ごせないという思いだけは!!」


 続けた言葉は選択の心の根幹を担う、言い換えれば在り方としての物だった。

 誰かの涙と苦しみを許容出来ない光の提言。

 言い終えた後、自身の延長とも言える聖剣から暖かな熱を持って繋がる様な、そんな感覚を選択は覚えた。

 懐かしいな。確か初めてこの剣を手にした時にも……。


『……見てらんない』


 一瞬赤熱に燃えた聖剣が言葉を放つ。


「ファイミリア……」


『許した訳じゃないわ。だけど、また頑張ってるから少しだけ認めてあげる』


 聖剣ファイミリア・ブレードは肌を焼き付ける熱波を放ち、その劣化した剣の錆を焦がす。

 選択はその一連から目を逸らさず、そして黒鉛の様に黒化した聖剣は風体と不確かに聖力の塊を内包していた。


「俺は……勇者で居てもいいのか?」


『貴方が選ぶんでしょ。そんな事は』


 刺々しくあるファイミリアの声色は、その一言だけ優しさを帯びていた。

 選択は瞳を瞑る。

 俺が、俺である所の意味を……。


「ふむ、少しだけ聖力が増したかな? 肩慣らしくらいにはなりそうか」


 選択は聖剣を振るう。

 ファイミリア・ブレードの表皮が散ると、その中から透明感のある刀身に包まれた燃える炎を内部に宿す聖剣が姿を現す。

 はち切れん豪火の力を凝縮させたその聖剣は選択の手の中に。


「一択だ。魔王、貴様を打倒する」


 戻った一つの剣は選択の体へ炎を纏わせる。


「ルールレッド!」


 ファイミリア・ブレードの持つ焔の規定に則し、選択の装甲は熱波を放つ灼熱を内包する色に変化する。

 それ程時も経っていないのに、随分と懐かしく感じる。

 ファイミリアは此処に来てからの俺の動向をずっと見ていてくれたのだろう。

 その上で、不甲斐ない俺に落胆した心を改め、また力を貸してくれた。

 ……失くしていたと思っていた勇気が内から溢れるのを感じる。

 本当にありがとう。ファイミリア。

 選択は晴れた心のままに取り戻した聖剣を上段に構え駆け出す。

 悠々と立ち尽くす魔王を見据えて。

 

「四元素の火。寒空の焚火を思わせるか弱さだな」


「頼りなくとも、そこに生まれる灯火は人々の糧になる」


 火の粉散らす聖剣の熱波と魔力を帯びる堕ちた聖剣の力は拮抗する。

 炎を実体化させ飛ばす選択の剣戟と流星を思わせる魔術の光体は互いに相殺しつつ、選択はこれならばと確かな手応えを感じていた。

 魔王の垂らす一筋の冷や汗が物語った表情。

 斬る様に薙いだ選択の剣は寸前にて刀身に抑えられ、引いた選択に合わせるが如く前へ踏み出した魔王と鍔迫る。


「……何故勇者の体を奪った後、俺は侵攻を止めたのか教えよう」


「人の行う事に興味があったんだろう」


「その通り。勇者という絶対的な巨城、それが陥落して人々は何を選択するのか。それが知りたかった」


「…………」


 選択は聖剣から片手を離し、突然に浮いた魔王の剣を片膝で蹴り上げ宙に浮かせた。

 そのまま丹田に向かい足の平を突き抜け間を取る。

 ……鎧が中々に厚い。流石勇者の武具と言った所か。

 正しい使い方であって欲しかったが。


「答えはとてもつまらないものだったよ。……この体と勇者の記憶を簒奪し、咀嚼しても尚あの様な醜悪なる者達を守護する理由に思い至らない。私は遠目が得意でね、あそこに伏す女が受けた仕打ちも知っている」


「まさか、怒っているのか?」


「勇者としての記憶と元の私としての心。それらはない混ぜになっているが、この激しい感情は元の私には無いものだ。……断言しよう、この勇者は人に怒りを感じていると」


 一瞬、鎧と同じく燃え上がりそうになる選択の感情。

 それに耐え大きく息を吐く。

 我慢だ。街でも包鉄さんに言われたのだから、あまつさえ戦闘中に飲まれるべきじゃない。

 

「……容易く善にも悪にも転がってしまう存在が人だ。気軽に拳を振り翳し、涙を浮かべ死を尊ぶ心を同居させる」


「救い難いな!」


「違う、だからこそ人には可能性がある。善と悪の中道に立って突き進み、物事を選び取る過程にこそ価値がある」


 何にでも成れる事。それが人としての強さだ。


「右に左に、白に黒にと恥ずかしげも無くふらつく低俗な個人主義だ。まるで理解出来ない」


「善の指標が勇者なら、悪の指標は魔王。勇者が死んだのならこの世界の人々は悪に向かうしかない。その体の感じている怒りの矛先は貴様だ魔王。原因の一端は貴様の中に存在している」


「私にその一端がある事は認めよう。だが、最終的に物事を選ぶのは個々に他ならない。悪に寄っていようと善の忌まわしい光は絶えないと勇者との戦いの中で学んだ。その光から目を逸らすのなら、やはりお前ら自身の問題だ」


 何方も引く事はない平行線。

 別の魔王ならとも思ったが、やはり相容れないのが宿命なのだろうか。

 一抹の寂しさを覚えつつ、選択は確固たる意志を胸に口を開く。


「……なら俺達が輝かせる」


「何?」


「エディスの光が心許ないのなら、俺達派遣勇者が並び立てばいい。卑しき暗闇を消し去る真白き光で人々を導く。……その果てに貴様らの住まう場所は無い」


 派遣勇者の存在意義について漸く理解し得たと感じる。

 頭ではなく心で。

 誰かの為にと積み上げて来た想いを引き継ぎ、事を成すのだと。

 余裕を感じさせていた魔王の顔付きは崩れ、憎たらしいと言いたげに鼻を鳴らす。


「……考え方に私との類似点を感じたが、やはりお前も勇者なのだな」


「あぁ、そうだ。俺は勇者だ。この選択だけは、もう揺るがない!」


 呼応する様にファイミリア・ブレードに火柱が灯る。


「……不愉快に極まる。本当に苛々させるなぁ!」


 感情のまま走り出した魔王。

 選択は聖剣を肩に担ぎ、一刀にて迎え撃つ。

 時間稼ぎは十分だろうと思いながら。

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