第28話 悪辣なるままに


『貴様はエディスではない! そうか、あの時に!』


 カドスの張り上げた声に、エディスの姿をする魔王は鼻を鳴らす。


「……あの闘いで私の命も尽き掛けていた。だからお前の転魂魔法、相乗りさせてもらったよ」


『今回だけ上手くいった理由はこれか……!』


 玉座から重そうな体を持ち上げると、魔王は選択達に向かい歩き出す。

 カドスがペンダントに魂を移した様に、魔王もまた亡くなったであろう勇者の肉体という無機物へ魂を移した。

 選択はそう解釈する。


「ついでに勇者の力も頂けると思ったのだが如何にも不具合が起きているみたいでね。少々修正が必要なんだ」


 まるで日常会話の如く間の抜けた声とは裏腹に、魔王も聖力の魔力の混合たる奔流を聖剣に纏わせる。

 勇者を貶めるつもりか、魔王は。


「エディス」


「セラーレイ、あの男は君達の勇者では……」


 選択の言葉を静止してセラーレイは前に出る。

 徐々に柔らかな光へ包まれるその有様には、選択の中で既視感があった。

 俺が聖剣を引き抜いた時と同じ力を感じる。と。


「……包鉄が私に言ったエディスの真意、今なら分かります」


 セラーレイはそう言葉を放つ。

 そして魔王が近付く毎に膨れ上がる聖力は選択に確信を与えた。

 まさかセラーレイは……。


「私に後を任せるとした希望の譲渡。最後のあの瞳は私ならやってくれると信じた安堵に包まれていたんです。私は腐っている場合じゃなかった、その信頼に応えなければいけなかった。……貴方のどす黒い眼の奥に勇者はいない!」


 セラーレイの叫びのままに展開される術は辺りに光の粒を振り撒き、呼応して魔王の手の中の聖剣が波打つ。

 選択はその粒一つに目を向け、これら無数に揺蕩う一つ一つが守護を担う術式であると断じた。

 準備は整った。後は……。

 目の前の魔王が、唐突に姿を消し去る。


「セラーレイ」


 セラーレイの目と鼻の先にその姿はあった。

 開いた手を頬に添え、内に決意の籠る柔らかな笑顔を浮かべる。

 不味い!。

 選択は駆け出した。


「君を愛している」


 口付いた歯の浮くような言葉。

 セラーレイの動きは固まりその様子は伺えない。


「勇者ではない!!」


 選択の底から吐き出した言葉虚しく、魔王の持つ魔の聖剣がセラーレイの中心を貫いた。

 途端渦巻く力が膨張し辺りに聖と魔の食い合う暴風が吹き荒れる。

 ファイミリア・ブレードを地面に突き立て持って行かれそうな体を耐える。

 クソっ近付けない……!

 魔王は先程の表情が嘘の様に無感情。無機質に見下している瞳には軽蔑の色が垣間見えた。

 心情の一片すら排斥したソレは難なく聖剣を引き抜く。


『セラーレイ!!!』


 カドスの呼び声と共に力の拡散が始まった。

 石床を砕きつつ吹き飛ぶセラーレイの体を横目で捉え、選択は片腕を伸ばすもすり抜ける。

 そして鈍い音を立てながら壁に衝突し床に叩きつけられた。

 駆け寄りたい。だが、今は……!。

 聖剣であった名残すら見せない鈍で床を削り、そのまま魔王へ斬り掛かる。


「貴様ァ!」


「恋する乙女は御し易い。……全くあのお方といい忌々しいよ本当」


 下段からの斬り上げを受けられた選択は、まるで稽古の最中の様にそのまま弾き返される。

 魔王の意識は明らかに選択に向いていなかった。

 火の粉を払う程度の意思はあるが、以外は自身の持つ聖剣に釘付けられていた。

 守護の粒と似た現象が聖剣を包んで巡っている。


「謂わば食事だ。考えが正しければ、だが」


 大きさから言えば直剣に当て嵌まらない聖なる大剣は、セラーレイの術のそれを刀身の先から柄の後までに吸収する素振りを見せる。

 極光なる輝きが周囲を眩く照らし出す。

 聖剣が……!。何を始めようとしているんだ!。

 目の潰れるままに、薄目にてその変容を目の当たりにする。

 日輪の如く照らす聖剣はまるで幼虫が蛹を経て蝶に変ずる様に溶解からの再形成を始めた。

 体積を減らした聖剣は輝きを段々と収めていき、そして完全に消え去ると魔王の手に違った剣が握られる。


 一言ならば杖と剣を融合させた外観。

 杖で表すならば持ち手の更に下が剣に変容。

 剣で表すならば柄の下に星々の力を展開する術が。

 両方の特性を併せ持つであろう生まれ変わった聖剣がそこにあったのだ。

 魔王は聖剣を舐め回す様に細部まで目を向け、そして子供の様に無邪気な笑顔を浮かべる。


「やったぞ! 確かに聖剣が新たなる輝きを! 俺の考えは確かに正しかった! ……おっと一人称は私だな」


 酔いしれている魔王にチャンスと選択はセラーレイの方へ向く。


「カドス! 容体は!?」


『悪いが何とかする! 持ち堪えてくれ!』


 カドスの言葉に任せたぞと思い、選択は再度構え直す。

 あれがどれ程の力を携えているかひしひしと感じる。

 聖剣の強化、進化、再誕。どれに分類される現象か俺には分からないが、対するのに身に余る強大な力を内包している。

 恐らく……いや、恐らくもなく勝てない。

 何とか拮抗するのが関の山だが……。

 魔王の視線が選択と重なる。


「理の鍵は私の手に渡った。勇者というフィルターも息絶え絶え。この世界はお前達の負けだよ」


「いや、終わっていない! まだ選ぶ余地はある!」


「そんなものはないよ。この力で私はあのお方の配下へ組み込まれる。……不本意だがね」


 魔王はそう言って聖剣を構える。

 ……逃げる事も立ち止まる事もしない。

 何故なら俺は——。

 続く言葉に口をつぐむ。

 こんな身の上でも認められない事の一つ二つはある。

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