第24話 殺意の地響きが


『……魔力が高まって行く。あまりに濃いから輪郭すら見え始めたぞ』


 カドスの言葉の如く暗闇の掛かる蒸気が空の一空間を強調させていた。

 それは段々と力強い魔力の塊へと形造り、それを起点としているであろう重圧がセラーレイを襲った。

 体が重い……!。

 まるで鉛を背負うかの様な感覚に膝を着きそうになる。


「一体何を……!」


「見境無しか!」


「チャク! 大丈夫!?」


「はい!」


 チャクの返事の後更にその力の圧は増し、まるで隕石の落下を思わせる様に魔王の城は地上目掛けて墜落を始める。

 同時に隠されていた魔王城の全貌が姿を現した。


『纏めて消し去るつもりか! あまつさえ味方ごと!』


 このままでは私達も……!。

 セラーレイは杖を地面に突き立てる。

 主よ、どうかお導きを。願わくばこの悪意の超力から我らの救いに足る路を示し給え。


「セーラルカイラー」


 セラーレイは自身の聖力に糸目を付けず、その術法を解き放った。

 四人を包み込む四方形の聖なる空間。それが何十何百と折り重なって行き、それぞれが独立して回転する。

 力の相乗により生み出される聖域と化した内部は、むせかえる程に暖かな光が充満していた。


『足りん! バイスバラライド!』


 カドスのその言葉と共に内部空間の白色の色合いが変わり、複色を混えて虹の模様を描いた。

 術の備えが出来ると同時に魔王城が地面と接触したのか激しい振動と、食い破られていく外側の膜の崩壊をセラーレイは感じとる。

 一、十二、三十六。駄目です、どんどん押し切られて行く……!。

 そして遂に……


「はぁ……はぁ……」


『大丈夫かセラーレイ』


 抑え切り、残った三枚の心許ない守護術法を解いた。

 なんとか……耐え切りました。

 携える鞄の中から鮮やかな青色の乗った液体が入る小瓶を取り出し、蓋を開け一度に飲み込む。

 聖力補給の霊薬。……これが最後の一本でしたが、仕方がない。


「済まない助かった。しかしめちゃくちゃだ……」


 選択の言葉が耳に入り落ち着いた呼吸と共に顔を上げると視界に映るのは瓦礫の山と土煙であった。

 先にはそれら営みの残骸を踏み台として、強烈さが嘘の様に消え去った魔王城が力無く鎮座している。

 視界が定まらない中でも巨大な建築物であるそれは嫌でも目に入る。

 次の手は……無いようですね。

 不気味な程に動きを見せない様子をセラーレイは訝しんだ。

 包鉄の安否も気になります。でもここまで酷い状態なら……。

 最悪の状況が脳裏に浮かぶが、次の瞬間に重鉄の鳴る音が響き肩を揺らす。

 二度鳴らした生存の音に笑顔が溢れた。

 ……私の取り越し苦労でしたね。

 

「チュコ、チョコ……」


 チャクの泣き出しそうな声。

 しまった! 彼の家族は……!。


『チャクの家は街の端側にある。だから無事であろうよ。しかしこうなっては……』


「どうしよう。僕、どうしたら……」


 チャクは慌てふためいて左右に足を踏み出す。

 混乱している表情に、セラーレイはチャクの前へ立ち両肩を押さえる。


「落ち着いて。もし、家族と私達で天秤が揺れているのなら家族の方を選びなさい」


『案内はもう充分だ。魔王の城も見えるから我々だけでどうにかなる』


「でも……」


「この先は魔王との戦いになる。規模の想定が出来ない以上君達には逃げてもらった方が良い。……大胆な行動も辞さない様子だからな」


 選択は淡々と語り、魔王城に一つ睨みを効かせた。


「……僕、帰ります。カドスさん、貴方も僕の家族です」


『必ず帰るよ。安全な所で待っていなさい』


「うん」


 そう言葉を交わしてチャクは足取りを取られつつ元の道を戻って行った。

 セラーレイはまだ何か残されているかもしれないと警戒していたが、チャクの姿が見えなくなると同時にそれを解いた。

 選択と顔を見合わせると先へ歩みを進める。


「瓦礫で進み辛い」


 時折り体勢を崩されながらも土煙の中を掻き分けていく。

 そんな中で一つ柔らかい感触と濡れた音がセラーレイの足元に伝わった。

 目を向け、物体と化してしまったソレに敵でながらも同情心が湧き上がる。


「……私達が現れたからと言ってこんな手を打つなんて。犠牲も何もかもお構い無しですね」


『我々の行いが想像以上に魔王の傷になっているのかもしれんな』


「…………」


 選択は無言のままだった。

 苦心しつつもやがて城の前にまで辿り着き、セラーレイと他二人は足を止める。


『姿形はあの時となんら変わらんな、セラーレイ』


「ええ。忌々しい程に」


 私達が挑み、敗北し、勇者が散ってしまったその地。

 一言で言い表すには余りある。


「何の抵抗も無いのは入って来いという事か?」


『よもやあの程度で我々がやられるとは思ってないだろうが……』


 結果だけ見れば魔王側に被害を出しただけの行いです。

 そして追撃する訳でもなく、招くかの様に門戸を開いている。


「これは罠ですね。行動には納得出来ない所もありますが、それだけは間違いない」


「……こちらが魔王を目指す理由がある様に、向こうにも俺達を目的とした何かがあると」


『行くべきか行かざるべきか。それでも一旦包鉄殿の到着を待ってから……』


 カドスの言葉が唐突に勢い立てて開く扉の開音にかき消される。

 何か来る。

 光を遮り映らない扉の先から生暖かい空気の流れが肌を撫でた。

 すると一瞬にして吸い込む暴風へと変わり、杖を瓦礫の隙間へと突き立てるもその瓦礫毎セラーレイは空に浮いた。

 足元が……!。

 選択も同様の現象に見舞われ、三人は声を上げながら魔王城の中へと招かれるのであった。

 

 

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