第23話 脳裏に焼き付く


⭐︎⭐︎⭐︎


 

 --大丈夫さセラーレイ。これだけ強くなったんだから必ず勝てるって。

 ふとした時に思い出す、決戦前夜にした勇者エディアとの会話。

 準備を何重にも重ね、逆立ちしてもこれ以上は何も出ないと、万端まで拵えた。

 ……なら、私達には何が足りなかったのだろう。

 魔王との戦いから逃げ帰ったあの日を境にずっと考えていた。

 逃す為、魔法で私を吹き飛ばした時に見せた瞳と最後の声が記憶の中で今も爛々に輝いている。


「包鉄さん首尾よくやってくれていますね」


「えっ? あぁ、はい。そうですね」


 チャクの案内の下進んでいたセラーレイはそう返す。

 いけない。魔王との再戦を前にして呆けてしまっている。正さないと。


『考え込んでいたな? 気を引き締めなければならんぞ』


 胸の辺りからお叱りの声が飛んだ。

 ぐうの音も出ません。態々包鉄が先陣にて注意を集めてくれているのに。

 度々握っていた銃?と呼ばれている武器は知りませんが、一人で大立ち回り出来る程の能力はあるとか。

 それでも心配は拭えません。心が騒めきます。


「……今の所、お城の方は特に変わらないです」


「分かった。ありがとうチャク」


 選択はそう言葉を放つ。

 定期的に城の動きをチャクに見てもらっている。

 耳を劈く炸裂音が響く中でうんともすんとも言わず、やきもきとした行き場の無い焦燥感がセラーレイの心の中にあった。


「後どれくらいで着きますか?」


「もう少しです」


 不明瞭な返答に引っかかる所があったが、ものの数分もしない内に足を止めたチャクに出掛かった言葉を飲み込む。


「ここです。この街を一望出来て且つ他の方に見つかり難い場所」


 街中に大きめな街路樹が聳え立ち、セラーレイは幹から上に目線を移動させるとこじんまりとしたツリーハウスの様な物が枝葉に隠れて作られている事に気付いた。

 これは……確かに見付かり難く観察しやすい場所ですね。

 辺りに魔物の気配が無い事を確認し、各々樹上の粗末とも言える小屋に足を踏み入れる。

 壁も床も雑な作りで所々隙間が空いている。

 踏み付けると体が少し沈みながら軋みを上げる有様にセラーレイは本当に大丈夫?と心の中で疑心を浮かべた。


「魔王城にはほぼ目と鼻の先、見えないが。良くこんな所を見つけたものだ」


 そう言って気にも留めない様子の選択はズカズカとチャクと共に部屋の中心に向かい腰を下ろした。

 なんともまぁ呑気な。若しくは私が神経質すぎるだけなのでしょうか。

 馬鹿馬鹿しさを感じざるを得ないセラーレイも、足に伝わる感触は気持ち悪いままに後を行った。


「弟達が遊びの一環で色々と作った物なんです。まさかこんな形で役に立つとは思いませんでした」


 少し落ち着いてからチャクはそう言葉を放つ。


「後はチャクに監視してもらいその時を待つ、と。何も出来ず待っているだけなのは歯がゆいです」


『仕方あるまい。結局城の仕組みを調べ上げる事の出来なかった以上、向こうから動く様に誘導する他に手はないのだから』


 カドス達を責める事は出来ない。

 何せあの魔王は極端なまでに他者を遠ざける様な性格をしていたのだから。

 唯一信頼していたであろう四凶星も私達が打倒した。

 魔王の周りには最早他者という軛は存在しない。

 この現状もある意味で私達が招いた事になるのか。


「正直、僕は魔王様が現れるとは思えません。魔物達に何があってもあの方は……」


『程度によるまいな。ただの小競り合いなら、暴動なら魔王は姿を見せん。しかし、この街の魔物全て根絶されかねない脅威が現れたとするならどうか。……ある意味これも賭けよ』


 --人生は賽の目。大なり小なり皆勝負してるのさ。

 気楽に語り、でも偶に芯を突く勇者の言葉。

 酷く懐かしい。


「……そこまで冷淡で居られるのか否かって所ね。ここまでの輝きに満ちた力で暴れていれば、流石にこの派遣勇者の力は感じ取っている筈。」


 療養中であろう魔王がそれをどう見るか。

 せめてトラウマにでもなってくれなければ、あの人は浮かばれないでしょう。


「包鉄さんは……辛くないのでしょうか? 勇者に相応しくない行動を強いる事になって」


「色々考える人なので、思う所はあると言える。……だけど、そんな一感情より大事なものがあると俺は思っている」


「大事なもの?」


「使命だ。世を救わんと邁進する決意。自分達の行いで助かる者達の笑顔を考えれば、その痛みも後ろめたい物にはならない」


 表情を変えず、真剣に語る姿にセラーレイは目を奪われた。

 辛い事の方が多かった旅でそれでも笑っていられた理由。

 そうか、これが勇者なんですね。


「前を向いて……」


 セラーレイは言葉を漏らした。

 包鉄、そして選択の言葉で、あの人の真意に合点がいった。


『……あいつの最後は、どんな目をしていたんだろうなぁ』


 カドスはしみじみと物悲しくそう言った。

 あの最後の最後まで希望に溢れた瞳の先は。そして「生きろ」という彼の言葉は……。

 こんな簡単な事にさえ気づけない程、私の頭は凝り固まってしまったんですね。

 これじゃ聖職者失格です。選択の懺悔を聞いて、さも真似事の様に助言を下したのが恥ずかしい。


「魔王城が動き出しました!」


 唐突にチャクがそう声を上げた。

 依然、私達にはその全容は分からないが、見えているチャクの狼狽には真が迫っている。

 私はチャクの見る方向に目をやる。

 モヤが晴れ広々とした心持ちとは裏腹に、妙な胸騒ぎがセラーレイの中に残っていた。

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