第18話 勝利の宴に笑う


「近くまで来ると人通り……いや、魔物通りが酷いですね」


「だな。臭いがキツい」


 包鉄と選択は小声でそう会話を交わす。

 野外と街を隔てる湖も兼ねた広い堀。そこを渡す石レンガの橋を三人は進んでいた。

 行き交う魔物の姿は様々で見るに飽きない色模様をこの地に描いている。

 まるで宴の最中にいるかの様な楽しげな雰囲気は包鉄にとって意外である。

 魔王が攻め入る為に集めた戦力……って感じはしないな。

 戦前の士気を上げる催しかと考えていて、恐らく外れているであろう予測に肩を落とした。


 さて、もう少し行けば街中に入るが……此処には関所なんかは設けられてないんだな。

 魔物達の力量の現れかただただ広く門は開かれている。

 この無警戒さは“勇者が死んだ”という事実に基づくのだろうか。

 包鉄は何処か疲れた様子を見せていた関所に並ぶ人々を思い出し、如何にもやるせなさを感じていた。

 こうまで人と魔物の振る舞い方に違いが出るもんかね。


「…………」


 セラーレイはただ黙っている。

 後ろから表情を見る事は叶わないが、あの惨状を目の当たりにしている彼女にとって許せる類の物ではない筈だ。

 短い付き合いだが、この場面でどういう反応をする人物かくらいは理解出来るな。

 内に煮えたぎる物を万が一にでも表出させない様に努めた結果が無言なんだ。

 包鉄は狼の尻尾を模した綺麗な青毛がこれでもかと膨らんでいる様子に、まぁ答え合わせだなと感想を述べる。


 街中に入り、視界に映るのは城下町然とした健全さをも感じる賑わい。

 広い道の両端に石造りの平屋が詰め込まれて建設されているが、この辺りの建造物は最初の街の物と比べると質は低いな。

 道の端で幾つも立つ出店に律儀に並ぶ魔物達。談笑しつつ小競り合いの一つも見せない様子は逆に不気味だ。


「おい! そこの三人!」


 道すがらに声を掛けられ包鉄の肩が上がる。

 バレたかな。包鉄はそう思いながらセラーレイに目配せすると、彼女は軽く顎を引いて声の主の方へ歩み寄せる。

 近付いたのは人の様に二足歩行であるものの全身が毛で覆われた猪の顔を持つ魔物であった。

 眼光鋭く三人それぞれに目を向けた。


「……何か御用でしょうか」


 語気強くセラーレイが尋ねると、その魔物は輝く八重歯を見せ笑顔を浮かべる。


「見た所お上りさんだろ? 俺、そういう奴らにこれ配ってんだ」

 

 肩に掛けたバッグには紙束が敷き詰められていて、上から一枚取るとそれを開いて見せた。

 中に描かれていたのは地図の様な物で所々線が引かれ文字も追記され色分けすらされている。

 随分と遊び心のある。この街のものか?。


「地図?」


「おう。魔王様の勝利を祝ったパレードは暫く続くからな。あんたらも此処の噂聞き付けてやって来たんだろ? 一日で周れる量じゃないからこれを頼りに楽しむといいぜ」


 魔物は地図をロール状にまとめてセラーレイに差し出した。

 明らかな逡巡の間を置いて、そのロールを口に咥えた。


「そんじゃあな!」


 最後にまた和かな笑顔を浮かべ、その魔物は立ち去って行くのであった。

 姿が見えなくなると地図を噛み潰す勢いでセラーレイは牙を鳴らす。


「不愉快極まりないです」


「どうどう。一々憤慨してたら頭の血管切れるぜ」


 潜入のコツは如何に自分を殺して周囲の雰囲気に迎合出来るかだ。

 違和感は疑念を生むのが常ってな。


「……人気の無い所に行きたいですね、俺も気分は良くない」


 選択も小さく口にする。


「それは構わないんだが魔王の現状についても調べたい所。さっき聞いておけば良かったなー」


 だがまぁ街の魔物達からすれば俺達はお上りさんと見える様だから、これは利用出来る。

 しれっと尋ねても情報に疎い田舎者としか見られない。

 包鉄は目線を先に向ける。

 っと、丁度良くすれ違う奴がいるから、あの魔物に訊いてみるか。


「あのーすいません、お尋ねしたい事があるんですが、大丈夫ですか?」


「ん? なんだい」


 愛想の良い返事をしたその相手は、まるで舞踏会にでも出るのかと見紛うマスクを顔上半分覆っている。

 露出する肌は細かい虹色の鱗が規則正しく並んでいる。

 蛇か何かの魔物か?。

 包鉄は口角を上げる。


「俺達魔王様が勝利したとの話を聞いて田舎からやって来たんですが、何処かでお姿を拝見出来たりしませんか?」


 なるべく怪しまれない様に包鉄は明るく尋ねる。


「田舎から……。そうか、なら知らなくても無理ないかな。魔王様は今勇者との戦いで負った傷を癒す為に療養中だよ。暫くはお会い出来ないんじゃないかな」


 セラーレイに目配せすると小さく頷いた。

 最後まで諦めを認めない精神が俺達の到来までの時間を稼いだって事だな。


「ありがとうございます。直接その勇姿を目に焼き付けたかったんですが残念」


「ガックリ来ただろうけどその分この街で遊んで発散していこうよ。そうしてる間に回復も済むかもしれないしね」


「ははは。楽しませて頂きます」


 包鉄は会釈し離れようとすると、聞き忘れたと踵を返す。


「すいません後一つだけ良いですか?」


「んー? いいよ」


「魔王城が見当たらないのは移住でもされたんですか?」


「……見当たらない?」


「ええ。この辺りに来れば綺麗な城が見えると聞いたんで」


 そこまで話し終え、包鉄はふと空気感が変わった事に気付いた。

 些細な変化であるものの、今にも背筋に刃物を向けるが如く押し殺した気配。


「…………君達は“人間”だね」


 続いた魔物の言葉と共に間を置かず、高らかな咆哮を上げる。


「やらかしたか!?」


「急いで逃げますよ!」


 間髪入れずにセラーレイの発破が入り、三人は大通りを駆け出した。

 包鉄は頭を回転させるも自分の行動の何が不手際だったのか思い至らなかった。


「すまん!! 下手打った!」


 理由分からずも取り敢えず言い放ち、叫び声に呼応する様にして向かってくる魔物達を躱して行く。

 彼方さんも突然の事でまごいついている。動きが鈍いのが救いだな。

 セラーレイの動きを追って狭い横道に入ると選択が横に並んだ。


「何処が地雷だったのかよく分からないですが」


「俺もサッパリだ」


 その言葉に悠然と返す。

 ボロを出す様な受け答えは無かった筈。だとすると……駄目だ、頭が纏まらない。

 一旦を逃走最優先とし駆けて行く。

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