第17話 楽園の中に行く


 七日程セラーレイの先頭の下歩き続けた。

 景色は変われどやる事は変わらない日々を過ごし、時偶に魔物除けの術を超えてくる魔物に対して対処するくらいである。

 襲われ崩壊した村や街はそう珍しくもなく、通り過ぎる度に包鉄の胸は痛んだ。

 同時にいくら魔法の効果があるとはいえ、ここまでの被害を出しているのに極端に魔物の姿が見えない状況へ不信感を抱いていた。

 

 現在藪の中を突き進んでいたが、セラーレイ曰くこの道を抜けた先で望遠鏡を覗けば魔王城までを見渡せる崖に立つらしい。

 それなりに長い道のりだがやっとの事元凶の根城を拝む事が出来る。

 そう考えながら抜け出て、目に飛び込んだ物に思わず言葉を失った。


「魔物の街……か? これは」


 大都市と言い換えても良い。遠くからでも伝わる活気に溢れた様子に困惑する。

 セラーレイは慌てて手荷物の中から望遠鏡を取り出して覗くと小さく言葉を漏らした。

 借り受けて包鉄も目を当てるとその先には数多の魔物達の姿が。

 それも物を売り買いし、また遊びに興じる様に文明の営みがあるのだ。

 包鉄は望遠鏡を選択に渡す。

 

「……訳が分からん」


 集落程度の集いなら包鉄も目にした事はあるが、それにしても今回の規模は経験がない。

 勇者も死んでるし色々経験則が当て嵌まらない世界だ。


「魔物が買い食いしている、という事は通貨もあるんですかね」


「どうだろうな」


 選択の言葉に相槌を打ちつつ頭を抱える案内人に包鉄は視線を向ける。

 

「さて、今後だが……」


 迂回するには酷く時間が掛かりそうだ。

 出来れば真っ直ぐ抜けるのが最短近道でもあるんだが。

 殲滅するってんならまぁ出来ない事もない。

 セラーレイはため息を吐きながら杖を取り出す。


「……こんな時の為にとっておきの魔法がありますが、正直使いたくありません」


「穏便に行くのなら越した事はないな。他の手はあるのか?」


 首を横に振り杖を掲げる。


「……モース」


 心底嫌悪感を隠さない声色のまま放たれたセラーレイの魔法は三人の体に煙を纏わせる。

 自然に落ち着いて行くと人のものと異なった形を彼等に与えていた。

 セラーレイは四足歩行の狼を模した青毛の獣。

 包鉄には透き通る様な透明感のあるヘドロ状の不定形生物。

 選択は壺に擬態した無機物な魔物。

 二人は驚きの声を上げながら自身の体を見渡して周る。

 

「こりゃ凄いな。変化の類か?」


「時間の制限はありますが一時的に姿形を変えることが出来ます。問題は持ち物も含めて擬態するので戦いには向かない所でしょうか」


 何とも不思議な感覚だ。

 背丈も縮んでいるのに視界は立っている時と変わりがない。

 こんなネバネバした体じゃ歩くのも億劫かとも考えたがこれも元と同じ。

 便利な魔法だな。


「任意の解除は……」


「出来ますので不測の事態に陥った場合には解除します」


 選択の言葉にセラーレイは食い気味に返す。

 敵地の真っ只中でそうなるのは避けたいがな。


「魔物達を欺いて忌々しいこの地帯を迅速に突っ切りましょう。……と言いたいですが情報収集を兼ねて少しだけ見て周ります。ボロが出ない様に気をつけて下さい」


 セラーレイはそう続けた。


「了解だ」


「分かった」


 包鉄と選択はそう簡素に返した。

 敵情視察ってやつだ。実際話せるのであれば騙くらかして訊くのも手ってな。

 特に魔王の現状について得られれば御の字……そういえば魔物の街の衝撃に忘れていたが、魔王城は見当たらないな。


「そういえば城と呼べる様なものが無かったが、まだまだ先にあるのか?」


「私の知っているソレは崖から見渡せる位置にありました。もしかしたら私達の襲撃に伴って場所を変えたのかもしれません」


 攻め込まれた城をそのままにする程大仰に構えた魔王ではないって所か。


「みみっちいねぇ。魔物の王を名乗るにしては」


「……策謀を張り巡らすやり方には私達も苦戦を強いられました。根の部分で小心者なのでしょう」


「俺の世界の魔王も良く頭が周る方だったな」


「何方とも上手く行かなかった辺り性質が似ているんですかね? 倒す事ばかりに気を取られていたのであまり考えて来ませんでした」

 

 魔王個人に対する考察。

 包鉄も自身の経験を踏まえて過去対峙した魔王の口振りや戦い方を思い出すと、やはり共通点を見出せる要素があった。


「派遣勇者が出張るレベルの世界だと、まぁ魔王が優勢の場合が多いからな。必然的に腹芸の得意な奴も増えるんじゃないか?」


「軽い物言いですね」


 選択が言い放つ。


「軽視してる訳じゃないさ。ただその一切を撃ち砕くのも勇者としての役割だと思ってるだけだ」


 その中で負けてしまうのはある種仕方の無い所もある。

 だからこそ俺達がいる訳だが。


「戦って勝つ、単純な話さ。……そろそろ先頭案内頼むぜ。セラーレイ」


 立ち止まって話すのはこの辺りで充分だろう。

 包鉄はそう思っていると、セラーレイの尻尾が急に項垂れるのが目に留まる。

 ……もしかして感情で変化する部位があるなら連動するのか?。芸が細かいな。


「引率の教師な気分です」


 ボソッと口に出す。


「せんせーせんせー。ってか?」


「…………」


 茶化す様な包鉄の言葉にセラーレイは無言で体に噛み付いた。


「あ、痛い痛い!! ケツ噛むの止めてくれ!」


「そこが尻……」


 そうして三人は一時的な目標を魔物の住処へと定め、崖下に向かう為に一旦来た道を戻るのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る