第16話 朝焼け時に


「おはよう」


「おはようございます」


 あれから教会にて一宿一飯を頂いた包鉄と選択は、翌朝の薄暗い最中に正面扉の前で落ち合った。

 背の低い石垣の角を椅子にしている選択は早い時間にも関わらず普段と変わらない様子を見せる。

 包鉄は一つ欠伸をする。


「セラーレイは……いないか」


 終えぬままに吐き出した言葉に選択は黙って首を縦に振る。

 夜明けに立つとは伝えてあるが、色々と悩んでたからなぁ。

 墓の前で任せろと思った手前最大限待ってやりたい所だが。


「昨日貰った地図ならあるが、もう行きますか?」


 選択は年季に焼けた三つ折りの厚い地図を取り出して見せる。


「もう少しだけ待ってみよう。日が垣間見えたら出発だ」


「分かった」


 薄明かりに藍色で染まる空を眺めながら包鉄は、選択の隣の下がった石階段に腰を落とした。

 体の熱気を吸ってくれて心地の良さを感じた。


「……所でさ」


「はい」


「選択ってジャンケン強い?」


「ジャンケンとは」


「これだよ。グーチョキパーの……」


 訝しむ選択に包鉄は手の形を変えて見せる。


「あぁ……。強くも無く弱くも無いと思いますが」


「普通か。何かあった時は大抵コレで決めるから鍛えておいた方がいいぜ」


「随分俗物的ですね」


「俺達が剣を交えたら不味いだろ? これも一種の戦いだが怪我人は出ない。新参と古参で優劣も無いしな」


「ある意味平等という訳ですか」


「そう思うだろ? 運の強いやつも居れば力技で全員の手を見切るやつも居るんだよ。平等とは言えないんだな」


「なら何故……」


「楽しさがあるからさ。負けられる、負けてもいい戦いにな」


 包鉄の言葉に選択は口元を緩ませた。


「成程。それなら一つ、戻った時に必勝法でも考えますかね」


「案外負けず嫌いなんだな」


「生来のものです」


 話している内に、見上げた高壁の縁が目の眩む金色を帯びて街の中へ光を落とし始める。

 ……ここいらが限度だな。残念だ。

 包鉄は両膝を叩いて勢い良く立ち上がる。


「日が差した。これ以上は待てないな」


「ええ……。あ、ちょっと待って下さい」


 包鉄が歩き出すとそう静止し、教会の扉が音を立てて開く。

 中から現れたセラーレイは決意の灯る瞳で包鉄を見据えた。

 その装いは昨日と同じ聖職者の物ではあるが戦闘を重視した物へとチューンナップされていて、関節や急所を覆う合金が目立ち物々しさを感じさせる。

 これの準備に手間取っていた訳か。

 包鉄は笑みを浮かべる。


「何だかんだ来ると思ってたぜ」


「……勇者の真意が残っているのだとしたら、それを掴む義務もまた生じる。見て見ぬ振りをして彼等の決断を汚したくない。それが私の出した結論です」


「残された者として……か」


「はい。だから同行します。今更嫌だとは言わせませんよ」


「大歓迎さ。これで新生勇者パーティの完成ってな」


 包鉄は大袈裟な口振りでそう言って、二人と共に昨日の関所を設けた門に向かい歩き出した。

 道中の中心街には同じく目を覚まし、主に物売りの者達が店の準備に勤しんでいる。

 直接言われる事は無かったが含みを持つ視線はひしひしと感じられ居心地は良くない。

 余計な難癖を付けられかねないなと包鉄は思い、勇足で突っ切ると外と隔てる門が目に入った。

 だが辿り着いた前には屈強な男達が幾つかのグループで別れた集団として道を塞ぐ。

 力仕事に従事する、恐らくは土工の者達だろう。


 どうしたもんかと考えるがセラーレイは何食わぬ顔で間を縫って進んで行き、若干遅れて二人も背中を追った。

 やはりとして知らない者はいないのか視界に入ると鋭い目付きがセラーレイに向けられていると分かる。

 門番の一人に話しを通し、用務員の通行扉を抜けて街から躍り出ると途端に澄んだ空気感に包まれた。

 息が詰まるな本当。やっと落ち着ける。

 包鉄は軽くなった背中を伸ばす。


「魔王に勝ってこの扱いも変えてやろう。……ついでに勇者の墓も大きく改築だ」


「あまり観光名所めいた物にはしたくありません」


「硬いな」


 数人の兵士が一人の長と思しき者の命令に動く様子を横目で見ながら、昨日と変わらぬ長蛇の列を作る人々の横を歩く。

 疲れているのか眠っている者が大半で、起きている者の一人は兵士から食料を手渡されていた。

 夜通しで警護と管理を行なっている様で、包鉄はお疲れ様ですと労いの念を込める。


「地図からだとあまり予測が立て辛いが、到着まで何日掛かりますか」


 選択が広げた地図を見ながらそう言った。


「前は十日です。でも今はどうか……」


「煮え切らないが問題でも?」


「勇者が敗北してからというもの、当の魔王本人の動きは未だ見えません。もし自陣の戦力を固める為一時的に進行を止めているなら……」


「近付く程時間を取られるかもしれない」


「ええ。魔物の大群が待ち構えているかもしれません」


 向こうからしたら勇者のいない今こそが最大の勝機。

 入念に準備し、片付ける。そんな思惑があるのなら一見平和にも感じる状況にも納得出来る。

 包鉄はホルスターに仕舞われる銃を軽く撫でる。


「……俺の得意分野だな。腕が鳴るぜ」


 脳裏に浮かぶ大軍勢に武者震いを感じつつ、最も得意とする事の披露に少しの楽しさを隠せなかった。

 選択にああは言ったものの、やっぱり勝利に酔う楽しさが俺も好きだな。

 背負う物があろうと無かろうとそこは変わらねぇや。

 包鉄は日の出に向かい進みながらそう思った。

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