第15話 安眠許されず


 高い塀に囲まれたこの街は中心から離れて行く中で、段々と人気の無い側面を包鉄に垣間見せた。

 少し外れたそこは田畑が真っ直ぐに広がっており、伸びる点々とした若草からは穀物の栽培を行なっているのだろうと想像させる。

 そんな一区画の先に十字架が天から見下ろす教会が立っていて、辿り着いてみると最初にこの世界へやってきた時の朽ちた教会と類似点があった。

 移転した物なのか、はたまたこの世界の宗教としての在り方がこれで固まっているのか。

 尋ねる程でもない疑問を持ちつつ教会をぐるっと回って裏手へと出る。

 目に飛び込んできたそれに包鉄は顔を顰めた。

 

「酷いな……一体どうしたらこんな事に……」


「今日はそうでもないですよ。随分とマシな方です」


 一つだけ寂しく置かれた石造りの墓。

 明らかに悪意の籠った悪戯がされていて、残飯の様な物が撒かれ墓の端は砕かれ欠けている。

 微かに糞尿の嫌な臭いも鼻に付く。

 掘り起こそうとして諦めた形跡もあり包鉄は背筋が寒くなった。


「……魔王に負けた勇者の末路。という事か? これが」


「託された使命を果たせない者はこうなる。拙い仕事をした者が受ける叱責のようなものです」


「それにしたってあんまりだろう。何も1から10まで役に立たなかった訳じゃあるまいし」


「最後がダメなら全部駄目。それが勇者の使命。……だから、貴方の身の上を聞いた時に私は運命を感じました」


 選択はモノを言わず唯その視線を亡骸の残る地へと向けていた。

 こうやって目の当たりにするまでは半ば冗談じみていたが、どうにも死んでしまった事は確からしい。

 そうなると拭えない疑問が色々と残るもんだが……。

 セラーレイは教会の裏口から中に入り、慣れた手付きで拭き物数枚とブラシ、水桶を持ち戻って来る。

 ……考えても仕方ないか。分からんもんは分からん。

 包鉄とそして選択も拭き物を手渡され、取り敢えずこの見るに堪えない有様を何とかせねばと掃除を始める。

 せめてこの墓の汚れは拭おうと包鉄は思った。


「なぁ、訊いていいか?」


「どうぞ」


「セラーレイは……この世界の勇者の仲間だったのか?」  


 ブラシで擦る手が止まる。


「何故そう思うのですか?」


「なんとなくさ。あんたも此奴の悩みに気付いただろ? 感だよ」


 セラーレイは息を吐いた。


「……魔王との最後の戦いに参加する程には」


 やっぱりな。ならあの男の憎まれ口は……。


「じゃあ逃げ帰ったっていうのは……」


「全く何も間違っていません。……私は最後の戦いから逃げ出しました。だからこうやって人々の叱責に甘んじているんです」


「事情があるんだろう?」


「……魔王の力は想像以上だった。神官職の私と魔法職、そして戦士職と勇者の四人で挑んだのですが歯が立たず返り討ちに遭いました。……私だけ皆が生かしてくれたんです。仲間の断末魔は今でも耳に張り付いて離れません」


 疲れ切ってしまったと言いたげな精気の失くした声色でそう語る。

 たった一度の敗北でこうなってしまうのは、中々報われない仕事だよな。

 勝利の渦中に居なければ意味を持たないのもまた勇者か。


「大体事情は分かった。なら、魔王の棲家も知っているんだな?」


「倒しに行くのですか?」


「それが仕事だからな。イレギュラーではあるが、現地勇者が居ないのなら一層本腰入れないと」


「なら地図を渡しますので後はご自由にどうぞ」


「あんたはこのままで良いのか? 一矢報いるチャンスだぜ」


「私にはもう何も出来ません。私は……勇者が居たから魔王と戦い、そして必ず勝つと誓いを立てられたのです。もう無意味なんですよ」


 程よく掃除が終わり、セラーレイは道具を仕舞いに行こうとすると。


「……選択だ」


 黙っていた選択がそう言葉にする。


「え?」


「1.受け入れた汚名のままに陰口を叩かれ続ける余生を送る。2.共に魔王へと挑みそれを濯ぐ。……俺とは違って二択じゃないか」


 回りくどいが共に戦おうと言ってる訳だ。

 セラーレイは嘲笑するかの如く言葉を吐き捨てる。


「随分簡単に言いますね。勝てる保証等無いのに」


「勝つさ。勇者二人だからな」


 振られた選択は一つ頷く。

 信じて疑わない事もまた、勇者にとっては必要不可欠な要素である。


「……最後に“生きろ”と言われたのです。やはり着いてはいけません」


「そうか。そこまで言うのならこれ以上は無理強いしない。だが……生きろか。その言葉の意味を考えた事はあるか?」


「額面通りでしょう。私も仲間には死んでほしくありませんでしたから」


「裏を考えると多分、意味を履き違えてるぜ」


 もし俺が同じ状況に陥ったのならば、やはりそう考える。

 勿論仲間を助ける為にという意味もあるだろうがな。

 包鉄の意味深な態度にセラーレイは眉間を寄せる。


「勿体振りますね」


「ここの勇者の仲間だったんなら尚更自分で気付く必要があるからな。同業者のよしみって奴だ」


 教えてやる事も出来るがそれはセラーレイにとってプラスに働くか分からない。

 何より命を賭してまで逃した現地勇者の心意気を無碍にするのと同じだ。


「断言するがもしあんたが残る選択をした場合、絶対に後悔する。此奴が勇者として在れるのか模索している様に、あんたも生かされた理由を探すべきだ」


 包鉄はそう続けた。


「その答えが、魔王城にあると?」


「城なんだな、なんともステレオタイプな……。まぁそこはいいか。取り敢えず共に来れば頭は悪くないだろうし気付けるさ。全てはあんた次第」


 セラーレイは悩む素振りを見せたが、終に返答を与える事は無かった。

 口籠もりながらまた裏口に戻って行き、ただ「考えさせて下さいと」残して。

 包鉄はそこまで時間はないぜと思いつつニヒルな笑みを浮かべるのである。

 鎮座する墓を一瞥して、任せておきなとあの世の勇者へ思いを垂れた。

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