第14話 最後の街で
翌朝になり三人は、前日の話を引き摺ったなんとも言い難い空気を纏わせながら歩き出す。
森を抜け開けた草原に出た際にふと包鉄は疑問が浮かんだ。
最初に出会った以降魔物の気配が感じられないと。
その疑問をセラーレイに口にすると「魔物除けの魔法を使っていますので」と言葉を返される。
つくづく便利な代物だと思いつつ、セラーレイの見通し通りの日が真上に差し掛かる辺りで、彼女が目的とするであろう街の姿が目に入った。
近付くにつれて複数人の言葉とも取れない雑多な声が大きくなる。
高く
馬車に荷物を詰め込んでいる者や手荷物のみで並ぶ者。
しかし皆一様に表情は重苦しくあった。
その者達の横を通り過ぎて向けられる視線は耐え難いものだった。
門と外界を隔てる関所の周りには更に人がごった返していた。
半数は統一された簡易甲冑に身を包む兵士である。
緊迫した様子で警備に当たる彼等の振る舞い方に、この世界で突きつけられる人間への試練が如何程か包鉄は垣間見える。
難民用の関所とは別とした、何かしらの要員の為に設けられているであろう小さな関所に近付いて行く。
兵士の目が包鉄達へ向けられると警戒とは違った感情がそこにあると気付いた。
これは……敵意か?。
感じ取った矢先にこれ見よがしな舌打ちが耳に入る。
そしてその視界の先にはセラーレイが居るのだ。
本人は意に介さず、関所の窓口に座る仏頂面の男の前に立ち、荷物の中から丸めらた書類を出して手渡す。
「……用事は済みました。これ、外出届けです」
「後ろの二人は?」
「私の古い友人です。偶然出会いまして、出来れば彼等の入国票も頂きたいのですが……」
関所人は無言のまま威圧する様に力強い判を押し、黒染がされた二枚の札を差し出した。
両端を繋ぐように長く紐が付けられ、首に掛けるものだと思わせる。
「ありがとうございます」
セラーレイを介して手渡された二人は首にかける。
はてさて、随分際どい国のようだがどうなるか。
包鉄はこの国民の放つ感情の出所に覚えがあった。
嫌味な視線を受けつつも街の中へと踏み入れて、中の空気感もお世辞にも良いと言えるものではなかった。
「中々に切羽詰まってるといった具合だな」
「昔は賑やかで大らかな人ばかりだったんですけどね。勇者が負けて魔物の勢力が優勢となってからは段々と落ち込んでいきました。……今では人類種の最後の砦。此処が無くなればもう……」
空を見上げ、不安と後悔が入り混じるままに言葉を放つ。
そして表情を見せず再度伸びる街路に歩みを始めると二人もまた後を追う。
「勇者が亡くなったという言葉に真実味も帯びる」
「まぁ、でも一応墓は見ておこう。挨拶はしておかないとな」
「義理堅いですね」
「外様だからな。その辺りは大事にしようぜ」
礼儀というものは何処の世界にも持って行ける最強の武器さ。
「案内はしますが、その前に一つ寄る所があります」
二人の会話に加わる様にセラーレイは口にする。
「構わないぜ。俺達はただあんたの背中を追いかけるさ」
暫く進んで大通りを外れた小道に入り、その入り組んだ家屋の隙間に包鉄は楽しさを感じていた。
何階建かは知らない頭上のベランダからはもう一方に繋がるロープが伸びて衣服が風で靡いている。
鼠は居るが浮浪者はおらず、アングラではあるが少しの人々の生活と営みを感じられるこの塩梅が丁度良かったのだ。
そうして気付くと看板の出ている何かしらの店の前で止まった。
「少し待っていて下さい」
「ケッ。女神官様は呑気にお散歩かよ。逃げ帰って来た奴は気楽でいいなオイ」
店に入ろうとすると、同じく通りがかった身なりの悪い男から突き付けられる悪意の籠った声色に一瞬足を止める。
そして何事も無かったかの様に中に姿を消した。
こういった輩は無視に限る。
そう思っていると。
「何か用でも?」
我慢がならなかったのか選択が男の前に立ち、受けて立つと言わんばかりに明らかな反意を向けた。
何をしてるんだ彼奴は。そんな喧嘩っ早い性格じゃないだろう。
そう思いながら焦りつつ、二人の間に割って入る。
「ちょちょちょちょい、ストップ。喧嘩を買う気無いんだ。気に障ったんなら謝るよ、悪かった」
包鉄は低頭平身にて愛想笑いを浮かべつつ、その男に身振り手振り謝罪する。
「チッ。いけすかねぇんだよ手前ぇら」
拗らせるつもりは向こうも無いのかそれだけ残して姿を消して行く。
そして丁度セラーレイが店から出る。
「私のせいで迷惑をかけたようですね」
「いや、いいさ」
簡潔にそう返して、選択へ目線を向ける。
消化不良と言いたげである。
「何故止めた?」
「馬鹿。さっき外様だって話しただろうが。変に荒立てると追い出されるぞ」
「追い出される……?」
「人は謂わばその世界の庇護者だ。揉めると現地勇者と敵対していると取られる時がある。それで前に出禁食らった奴が居るんだよ」
なんとか謝り倒して他の勇者を派遣したみたいだが、それ以来口酸っぱく派遣先の住人と揉めないでくれと言われ続けている。
研修も兼ねた今回に出禁等食らおうものなら他の派遣勇者の笑い種だ。
死なせる事に次いで、それだけは避けなければと包鉄は硬く心に誓う。
「貴方達もしがらみが多いようですね」
「全くな。用事はこれで終わりか?」
「ええ。摘んだ薬草の納品に赴いただけなので」
セラーレイは遠くを見つめる様に目を細めた。
「……それでは行きましょうか、勇者の眠る地へ」
続く言葉と彼女の案内。
入り口から始まりこの場でも受けた悪意はセラーレイと勇者に何かしらの繋がりがあると示唆しているのではと包鉄は予想する。
逃げ帰ったという言葉。
魔王との戦いの前にその諸々を尋ね力になれればと思ったのだ。
選択の心根を知る機会をくれた礼も兼ねて。
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