第13話 独白に至る


「亡くなったって……本当なのか?」


 包鉄は信じられないといった表情で口にする。


「……どうやら本当にこの辺りの事情について疎いのですね。墓があるので見ますか? どっちみち街まで戻る事になるので、信じようと信じまいが安全の為に連れて行きますが」


「頼むよ」


 廃墟と化した町を出て、女神官を先頭にした道案内に二人は跡を追っていく。

 魔王がおり勇者がいない世界。

 そんな特異な世界が本当にあるのか?。

 包鉄は疑問に頭を悩ませる。


「包鉄さん。この状況は一体……」


 選択も着いて行けてない様子を見せるがそれもしょうがない。

 初仕事でこんなイレギュラーが起きるとは包鉄さえ予想だにしない事であるのだから。


「……もし勇者が亡くなっているとするなら、こんな平和な訳がない。どうなってんだろうな? 俺も分からん」


 取り敢えず本当に勇者が亡くなったのか。それを確かめなければ話にもならない。

 人が整備していた痕跡の残る荒れた道を進みながらそう考える。

 

「街には何時頃辿り着くんだ?」


 選択が後ろからそう声を掛けた。


「このペースで行けば翌日の昼頃には門の前に立っているでしょう」


 神官は振り返りはせずにそう語る。

 日を跨ぐのか。結構遠いようだな。

 包鉄はそう思った。

 二人は着いていく中でひたすら文明の痕跡をなぞって歩き、ある場所で外れて森の中に踏み入れた。

 魔物と出会す事なく今度は獣道を登っていき、やがて日が翳り薄暗闇が辺りを覆い始めると神官がその足を止めた。


 神官は「今日は此処で野宿をします」と言ってその場を整え、焚き火の用意を始めた。

 二人は指示され枯れ木を幾つか集める。

 それを元にして火を付けると辺りを淡い光量で照らし、日の落ちた後の暗闇を遮った。

 囲んで三人は地べたへ腰を落とす。

 

「……そういえばまだお名前を訊いていませんでしたね。私はツイン・セラーレイ、神官を生業にしています」


 枯れ木を火に焚べながら自らの名を名乗る。

 見た目そのままな職業だな。


「……俺の名前は選択と言います」


「俺は包鉄。よろしくな」


「あだ名が何かですか? 変なお名前ですね」


「今はこれが本名なのさ。気にせず呼んでくれ」


 ブレイブカンパニーに所属する条件の一つだから仕方ない。

 

「この世界の勇者は……どうして負けてしまったのですか」


「この世界?」


 選択の言い放った言葉尻を掴むセラーレイに、包鉄は一瞬固まる。


「あー……。まぁ信じて貰えるか怪しいんだが、聞きたいか?」


「勿体振られると気になりますので」


「俺達は派遣勇者。ブレイブカンパニーという組織に所属していて、まぁ詰まる所別の世界からやって来たんだ」


 大抵鼻で笑われるか頭のネジが外れていると同情されるので、正体に関しては現地勇者以外には晒さない事が多い。

 決まり事ではないので臨機応変にというのが暗黙の了解でもあった。

 セラーレイは悩み込む様に顎に手を当てる。


「別の世界……派遣勇者……。という事は貴方達は……」


「ご明察の通り俺達も勇者の称号を持つ者だ。魔王の討伐を手助けするのが主だった目的なんだが……」


 助ける相手があの世に居るんじゃあな。

 続く言葉を胸に秘め、掌を刺す様な頭皮を掻く。

 包鉄のその話に熟考する様子を見せ、張り詰めていた空気が穏やかになるのを肌で感じた。

 この世界の力は感情に左右されるんだなきっと。

 皇魔がまた興味を示しそうだ。


「……私は神エストパレスに仕える神官です。昨日の夜、信託がありました。と。きっと貴方達の事なのでしょうね。今日私達が出会った事に合点がいきました」


 何か彼女の中で繋がるものがあったのか。


「信じてくれるのか?」


「そこはかとなく貴方達は彼と似ています。嘘吐くと直ぐにバレるタチなのでは?」  


 包鉄は目を見開いて固まり、選択は腰の聖剣を一つ揺り鳴らした。


「俺は……いや、分かりやすいと言われた事もあるか」


「ここまで話せば人となりを察するのはそう難しくないです。……貴方の抱える薄暗いものも」


 焚き火の中の木片が水分を弾かせ火の粉が舞う。

 頑として見つめる先には選択の姿が。

 そうか。裏視が知った何かをこのセラーレイも感じたのか。


「…………」


 選択は黙し、ただ目を瞑る。


「神官の義務ですので聞いてあげます。その憂いを抱えたままにするつもりですか?」


 その言葉が効いたのか選択は大きく溜息を吐いて瞳を目前の揺らめく火に向ける。

 躊躇する様に口を小さく開け閉めし、そしてポツリポツリと語り始めた。

「俺は……何も選べなかったんだ」

 その言葉を皮切りとして。


⭐︎⭐︎⭐︎


 彼の住む世界では四元素を象徴とする国に別れていた。

 勇者はその全てを束ねた力により魔王を討ち滅ぼし、世界の安寧を守る役目を負っていたのだ。

 火の国、フレイストールからはファイミリア・ブレードを。

 水の国、ミスティスからはオーハート・セイバーを。

 風の国、ウィンブルムからはストウェル・ソードを。

 地の国、グラズからはアスンド・スパーダを。

 それぞれ四つの国から四つの聖剣を与えられ、魔王の国へ足を踏み入れた。

 しかし魔王の軍勢は各国へ潜伏しており、同時期に進軍を始めたのだ。

 それを知らされた勇者には五つの選択が課された。

 生まれ故郷の両親の住む火の国へ戻るか。恋をした女性の待つ水の国に戻るか。代え難い友人が暮らす風の国に戻るか。勇者が勝つと信じ、自らを差し出して聖剣の礎となった者達が眠る地の国に戻るか。

 若しくは……このまま見捨てて魔王の討伐に向かうか。

 選択の勇者はその何一つを選べなかったのだ。

 ただ失う物を想像して恐怖に目を回していた。


⭐︎⭐︎⭐︎


 話を終えると冷えた空気が一つ包鉄の首筋を撫でた。

 成程。これが選択の乗り越えるべき縁とやらか。

 火の落ち着いた所で木片を三本投げ入れる。


「中々壮絶な過去ですね。その後はどうしたのですか?」


「俺がこの場に現れた様に、派遣勇者が全てを解決してくれた。……結局ただ縮こまっていただけなんだ」


 表情を変えずに無心を思わせる双眸に、再度登る火が反射した。


「何かを切り捨てて良いと考える者は勇者に相応しくない。……貴方はこぼれ落ちる物を許容出来なかっただけです」


「良い方に解釈しすぎです。俺はただ怖かったんだ。選んだ物以外がどんな道程を経て末路を迎えるのか。だから勇気なく別れ道で立ち止まり後悔から逃げた。……俺の不甲斐無さに、聖剣もこんな有様だ」


 腰のファイミリア・ブレードを引き抜いて見せる。

 やはり戦っていた時と変わらずに錆は依然として刀身に根付いている。

 

「これは……」


「勇者失格の烙印。他の三本はなお酷い有様です。……きっと俺の世界ではもう誰も認めていないんだろう。でも、それでも」


「まだ勇者で居続けたい」


「……その資格がまだあるのか、確かめるつもりでブレイブカンパニーに加わりました。此処でその答えを得たいと思っています。……仲間も助言してくれましたので」


 向けられた視線に包鉄は笑って返す。

 こういう経緯があったからこそ卑屈な面が垣間見えていたんだな。

 探すと良いさいくらでも。まあ、そんな事しなくともお前は勇者だがな。

 それに気付ければきっと……。

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