第12話 静けさに喧しく
「ここは……教会か……?」
選択はゲートの先の景色に、辺りに目を配らせながらそう呟いた。
辛うじて教会だと言える状態には残っていたが家屋は半壊し非常に風通しが良く、ガラスは砕け散り地面に散乱。
そして神父が説法をする為の台の奥、立てかけられた十字架を象るシンボルも砕け斜めっている。
廃墟と言って差し支えの無いものだ。
「人っ子1人見当たらないが、誰も居ないのかね。取り敢えず外に出てみるか」
同時にこの場へ現れた包鉄も冷静に語る。
またえらい所に飛ばされたもんだな。
そのまま覚束ない足下を苦にする事もなく外に出るとその光景を目の当たりにした。
「……朽ちた町とその教会って所か」
元は一つの町であったのだろうが、全ての家屋は崩れ落ち残骸のみで構成されて哀愁の漂う地であった。
四方に町を囲んだ外壁の跡が虚しく残っており、瓦礫をものともせず蔓延る雑草の類から、何かしら事態が起きてから長く放置された一帯だと分かった。
十中八九、俺達が目指す者の手に寄り引き起こされた状況だと包鉄は予想する。
「この荒らしようは魔王の軍勢が行ったものですかね」
「壊れ方から見てそうだろうな。ほら、あそこなんて露骨に燃やされた形跡が残っている」
家屋に使われている木材の一部が広範囲に黒く変色しており、その焼け残りが見せる惨状は如何程の物か包鉄に訴え掛けている様であった。
「惨い事を……」
選択は苦虫を噛み潰すかの様な表情で言葉を落とした。
包鉄は心を切り替えると辺りを見渡した。
「現地勇者のいる辺りに大体は飛ばされるから全くの無人という訳じゃないと思うんだが……。探索するか」
「その現地勇者とやらを最初に探すのか?」
「あぁ、この世界で勇者の称号を与えられた者。魔王の討伐に協力するって目的な以上、第一に合流するのが定石だな」
その世界の常識を知らない俺達にとっては情報の基にもなるしな。
町であった物から出ようとした時、包鉄は向けられた敵意を肌で感じ取った。
「--探す前に片付けなければならないですね」
選択も気付いたのか聖剣の握りを掴む。
「初っ端からこれか。忙しいもんだぜ」
包鉄も二丁拳銃をホルスターから慣れた手付きで取り出し、シリンダーを回した。
……設定は取り敢えず44口径弾のままで良いか。
六つの弾倉が鈍く光ると銃弾が装填される。
間髪入れずに先の樹々と草むらに蠢く何かが飛び出した。
「こんな所に人間の生き残りがいるとはなぁ! ラッキーラッキー! 今日の飯はコイツらに決まりだ!」
現れたのは狼の如く顔を尖らせた獣人型の魔物。
両手を大の字に広げ、指を鳴らす様にその鋭利な爪を弾く。
「おぉー。なんともレトロタイプな台詞だ」
「俺がやります」
選択が包鉄の前に出た。
お、やる気満々か。
「任せていいのか?」
「何処までやれるのか見ておいて下さい」
選択は掴んだ聖剣を引き抜く。
しかしその黒く錆びた刀身は鞘をヤスリで削るかの様に雑音を立てて、酷く見窄らしい物だった。
聖剣が持つ光の力を何一つ感じさせないそれに、包鉄は困惑する。
あれが勇者の持つ剣なのか……?。
聖剣というにはあまりにも忌まわしい。
「……ファイミリア・ブレード。頼む起きてくれ」
聖剣を前に構えた選択はそう口にする。
答える様に一瞬刀身が明滅し錆を浮かび上がらせた。
『勝手にすれば。話し掛けないで』
「……ごめんな」
聖剣から響く苛ついた言葉は包鉄の耳にも入った。
因剥の語った因縁という言葉が頭の中で浮かぶ。
選択が解決し切れていない負の遺産。それがあの有様なのか。
「ハハハハハ! そんな煤けた剣で何が出来る!」
魔物は高笑いを上げるが、選択に動じる様子は見えない。
「……選択だ」
「何?」
「1、此処から尻尾を巻いて逃げる。2、敗北を受け入れず死に瀕する。……お前は何方を選ぶ」
「3! 手前ぇらをズタボロに引き裂くだ!」
その言葉と共に魔物は腕を地面に付け駆け出した。
目にも止まらぬ速さで縦横無尽に撹乱する。
そこそこ速いが、このレベルの魔物が闊歩してるって事だと魔王は普通レベルの強さだな。
高速に動き回る魔物は時折その刃物の様な爪を選択の喉元に向かわせるが、選択は器用にそれらを捌いていた。
急所への固執を見せる動きは、言い変えれば耐久力に乏しく面と向かって戦う力を持たない事への証左。
反撃へと転ずる機会を待つ選択の動きに、包鉄はその事の理解も出来ていると判断する。
そして魔物の次の一撃が襲い掛かった際、弾くのではなく向かって押し出した。
魔物は圧に負け足下を崩す。
瞬間、聖剣に仄かな火の粉が舞うと、縦に振り下ろした斬撃と共に付随する燃え盛る火炎の一撃が魔物を払った。
断末魔を上げる暇さえなく灰へと変わり、その残骸は風に舞って消え去る。
「こんな者にさえ、俺は……」
勝ったというのに哀愁が漂う選択を見据えて、聖剣を鞘に仕舞う。
包鉄はリボルバーを持ち上げて構えた。
すると先程の魔物が現れた草木の中から更に何かが飛び出した。
選択の勇者にそれが迫る。
「クリーリア!」
包鉄が銃弾を放とうとトリガーに指を掛けたのと同時にその声が響いた。
選択の前に透明なガラスを模した守護を目的としたであろう魔術の類が出現し、阻まれた魔物は大きく転ぶ。
包鉄は見逃さずにその魔物へ銃弾を二発放つ。
重低音と合わせ放たれたそれは見事に貫通し、魔物は事切れたのか動きを止める。
はてさて一体誰が手助けしてくれたのか。
そんな心持ちで振り返ると、二人が来た道の後ろに聖職者の装いをした者が立っていた。
「お、第一世界人発見」
「貴方達! 一体こんな場所で何をしているのですか!?」
木製の色落ちした杖を掲げて、黒髪を乱しながらその女神官とも呼べる者は近付く。
見るからに怒りを振り撒いて。
「いや、俺達は……」
「腕に覚えがあっても! 街から出るのは禁じられている筈です! あまつさえ一級危険地帯に足を踏み入れるなんて、無謀が過ぎますよ!」
「ちょっと話を……」
「貴方が私の話を聴きなさい! いいですか、ただでさえこんな状況で生きて行くのも大変だと理解出来ますが、こんな所にまで足を運ぶのは看過出来ません! 例えどれだけ苦しみがあろうと神は決して見捨てません。ですから……」
それから暫く説教が続いた。
選択も横に立たされ大の男が叱られる様子を側から見ればどうにも異様と捉えられるだろう。
「もう分かった! 済まん謝るから! 一旦俺の話を聞いてくれよ!」
いつまで経っても止まない神官の言葉に包鉄は声を荒げる。
しつこいし長い!。
そう思いながら。
「言い分がある様ですね。試しに言ってみなさい」
「俺達は訳あって此処に来たんだ! 勇者に会う為に!」
その絞り出した言葉を聴いた目の前の神官は憂いを帯びた瞳に一転する。
「妙な人ですね。その役職を口にするなんて」
「知っているのか?」
「……勇者は亡くなりましたよ。魔王との対決の折に敗れて」
神官から放たれた衝撃なる一言は、包鉄の脳内を真っ白に染め上げるのだった。
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