第11話 other world
「おはようございます」
「おはよう。よく眠れたか?」
包鉄の言葉に選択は頭を下げる。
昨日の約束通りに翌日の光明が射し掛かり始めた時間帯で包鉄と選択の両名は宿舎の出入り口にて集合していた。
肌寒い気温ではあるが意に介さず歩き始める。
「今日から派遣されるという事だが、何処に向かうんです?」
「これから旅羽と聖成合作の
俺みたいな人間には原理がよく分からないが、各世界での交渉が成立した際に座標ポイントやらを旅羽が設定し、そこがゲートの出口となるようだ。
ただ急な深度上昇で魔王の力が高まり切羽詰まる状況に陥ると介さず直接送られる事もあるがな。
前回の崩壊を迎えてしまった世界を正に良い例だと思い出す。
稀だったが今後はどうなる事やら。
「旅羽は休み無く働いているようですね」
選択がそう口にする。
「よく知ってるな。誰かに聞いたか? 俺も昔に体壊すぞと忠告したんだけどな」
「『
「ははは。どうにも休むのは死んでからも出来るって無茶苦茶な理屈捏ねるからな彼奴」
フラフラとした性格が似てると思った事はあるが、俺はあそこまで無茶はしない。
何か抱えるものがあるんだろうが「これが私の使命ですから」としか言わないからな。
頑固さは勇者の中でも折り紙付きだ。
「お姉ちゃん! あれだよ、新入りの勇者!」
朝っぱらにして大きく甲高い声がこだました。
丁度通る道の曲がった先に見慣れた因剥の姿が目に留まる。
他に二人の女性がおり因剥を真ん中にしていた。
この先は女子寮があるな。鉢合わせたか。
駆け足で近づく彼女らに、朝から元気だなと包鉄は思った。
「因剥に……『
「ご機嫌麗しゅう御座います、包鉄様。その通りで久々に家族水要らずで旅立つ運びとなりました」
三人の内の長女。幸灰の勇者が前に出る。
これから舞踏会にでも向かうのだろうかと思わせる純白なドレスにレースが揺らめく。
そして宝石の様に輝く傘の聖剣を地面に立てている。
微笑んだ傾城の如きその顔は因剥の笑う表情と瓜二つで血筋を感じさせるものだ。
「皆様おはようございます。此方の方は確か選択のネームを与えられたそうですね。私は裏視の名前を頂いています今後ともよろしく」
礼儀正しく姿勢良く会釈をする次女の裏視。
男装の麗人の様な聖騎士甲冑と出立ちで、腰には鍔から握りまでを曲線を描く様にナックルガードが付いたレイピアが収められている。
警戒している様な厳しい表情が張り付いているが声色は穏やかなものであった。
「此方こそよろしく頼みます」
「……一つアドバイスというか助言をさせて頂きたい」
虹色に輝かせた瞳を選択に向けそう言った。
選択は「別に構いませんが……」と急な申し出に不思議そうに声を落とす。
「分かれ道に立ち止まり右を選ぼうと左を選ぼうが反対の結果は分からない。近道で泥の様に荒れていてもこれなら向こうがと思うでしょうし、遠回りで整備された歩き易い道でもあっちの方が早かったかなと感じる。正解なんてものは無く、どの選択をした所で後悔はある」
淡々と述べる言葉に、思う所があるのか選択の勇者は表情を険しくする。
選択の中の何かを見たんだな。言わずには居られなくなったか。
裏視の能力の一端を知る包鉄はそう思った。
「……困ってるなら選択ちゃんの因念、剥がしてあげようか?」
心配そうに因剥が選択の聖剣へ手を伸ばすが、途端裏視に軽く手を叩かれる。
「こら因剥。何でもかんでも見境なく力を使うなとあれだけ言ってるでしょう。これは剥がしてはいけない乗り越えるべき縁なんです」
「叩かなくてもいいじゃん!」
言い返した言葉を皮切りに口論が始まった。
「二人ともお静かに」
ヒートアップしていく中で幸灰の一言が発せられると、納得がいかない表情ではあるが会話が止む。
「お仕事前に騒がしくしてしまい申し訳ありませんね。悪気は無いのでどうかご容赦を……」
「気にしてませんので大丈夫です」
「お優しいですね。その大海の様に広いお心は貴方方の旅路に幸運をもたらす事でしょう」
めちゃくちゃ気にしてそうだけどなぁ。
そう心に思うが口に出す事はしなかった。
「ねぇ、そろそろ急いだ方がいいんじゃないかな?」
先程の熱量は何処へやら、あっけらかんと因剥が尋ねる。
「因剥が引き留めたんだけどね」
幸灰はそう言って因剥の頭を撫でた。
「……歩きながら喋りましょうか」
裏視の言葉を皮切りとして、因剥一行と包鉄選択の組はまた進み始める。
コロコロと変わる因剥の感情に振り回される裏視、そして巻き込まれている選択を後ろで見る包鉄は小さく笑った。
「相変わらず賑やかな姉妹だな。見てると元気が湧いて来る」
「そう言って頂けるお人達に囲まれて私は嬉しいですよ」
「ま、皆勇者だからな。お人好しは持って産まれたんだろうさ」
そうこうしている内に、菱形を形造る巨大なオブジェクトが中心で浮かぶ広場へ躍り出た。
周囲には水場が円状に点在してそれを囲んでおり、日光に照らされて揺れる水面はありありとその存在を示すのだ。
設計者はセンスあるよなぁ。と包鉄は風景に癒される。
広場を進んで装飾の意味も込められているであろう階段を数歩降り、菱形の丁度真下に入るそこには空間が捻れ歪んだ力場と呼称出来る一帯が発生している。
目前に迫ろうかという所で立ち止まった。
「それではお先に行かせて頂きますね」
「お姉ちゃん早くー」
「はいはい」
幸灰と因剥のやり取りに二人を見送った。
力場に触れると同時にその姿がかき消える。
裏視は今一度選択と向かい合うが重苦しい雰囲気を纏わせている。
「……選択様。先程の私の言葉、どうかご留意下さい。過ぎてしまった事柄に悩み深めるのが最善の道ではないと真に気付けた時、貴方は更に人として成長が出来ましょう」
その言葉に選択の勇者は曇る口角を態とらしく上げる。
「貴方が俺の何に気付いたのか聞きません。でも、この場所に立っている以上信頼するべき関係であると言って良い。……仲間の助言は素直に聞き入れますよ」
返った言葉に安心するかの如く険しくあった表情が崩れ、綺麗な会釈を示すと裏視もそのまま二人の後を追うのだった。
ちゃんと歯の浮く事を言えるのな。
包鉄はまだ知らない選択の勇者の一面を知れ喜ばしく思えた。
一つ背筋を伸ばして欠伸をすると口を開く。
「俺達も行こうか」
「ええ」
そうして二人も新たなる力を必要とする、手助けすべき世界に足を踏み入れるのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます