第10話 various past


 あれから暫く言葉を交わして行くと段々選択の勇者の刺々しい雰囲気は落ち着いた。

 側から見たら中々怪しい組織なのは否めない。

 誘われて受けたとはいえ初っ端があれじゃ警戒もするよな。

 包鉄は壁を背に座りながらそう思っていた。


「勇者……総勢でどれ程在籍しているんですか?」


 目の前で同じく床に腰を着ける選択の勇者がそう口にする。

 陰りのあった表情は少しだけ改善されている。


「ズバリ45名。あんたを入れて46だな。結構な大所帯だろう」


「それだけの人数を持ってしてやっと拮抗に値するという訳ですか」


 痛い所を突く。  

 包鉄はため息を吐いた。


「世知辛いんだよなぁ。此処には数多の敵を屠ってきた猛者ばかりなんだが二の足を踏まざるを得ない。それだけ魔神の力は強大なんだろうけどさ」


 その全貌すら未だに把握出来ていない。

 初期メンバーなら少しは知っているんだろうが、それでも滅多に顔を出さないからな。

 ミーティングにもごく稀に一人参加するくらいだし。

 後は何をしてるんだかな。

 

「物事はすんなり行く程単純ではない。耳が痛い事です」


 含みのある選択の勇者の言葉はきっと経験から来るものなのだろう。

 心に染み渡る力があった。

 

「選択はどういった経緯で旅羽に見初められたんだ? 見た感じ壮大な世界に生きて来たんだろうが」


 そう質問する。

 バディ決めであれだけ羽目を外したのもこうやって一番に他世界について話が出来るからというのもある。

 自分の生まれ育った世界と何もかもが違う。

 どんな理の中で生きて来たのか、それを想像するだけで心が弾む。

 やっぱり浪漫だよな。


「そんな大層なものじゃないですよ。ただ剣があり魔法があり敵がいる。その中で俺は……」


 言葉が途切れ重苦しい空気が襲う。

 しまった地雷を踏んじまったか? でもそこまで可笑しな問い掛けはしてないと思うんだが。

 しくじったなと包鉄はつい頭の裏を掻く。


「色々あったみたいだな。深く聞くのは止すよ。取り敢えず初日だから身の回りの物を揃えたりするといい。売店は外に出て真っ直ぐ行けばある」


「……あぁ。助かるありがとう」


「金の心配なら要らないからな。俺達の地元の通貨がそのまま使える。……それじゃ一旦お暇するとしよう。明日は宿舎の出入り口で待っていてくれ」


「分かった」


 包鉄は体の関節を小気味良く鳴らしながら立ち上がり出入り口に向かう。


「何かあれば25番の部屋を訪ねて来な。そこらの部屋を叩けば他の勇者も住んでるが今は居ない。それじゃあな」


 そう言い残すと選択の頷きを目にしてから扉を閉める。


「----俺は、勇者では」


 締め切る直前にか細くそう聞こえた気がした。

 続く言葉を聞く前に戸の軋みに掻き消され辺りは無音となる。

 追って来る訳でも無し、俺の気のせいだったか。

 包鉄は自室に向かって足を一歩踏み出した。

 道のりを戻り階段を一階降りると、同じ様な装飾と廊下が続く。

 さっさと部屋に戻って準備するかな。

 軽い心持ちでいると、自室の扉に誰かが背を掛けている姿が目に留まった。

 あれは……。

 声を掛ける前に向こうが気づいた様で歩いて崩壊鉄に向かって来る。


「早いわね」


 先程ミーティングの終わりを境に別れた皇魔が立っていた。


「俺に用があるみたいだな」

 

 少し仏頂面だが、気に入らない事でもあったか?。

 包鉄はなるべく波風立てない会話を心掛けようと思った。


「旅羽から伝言よ。明日の派遣先は万が一を考慮して中層世界に変更。というか私の行き先と交換になるわ」


 苛つきを隠さずそう語った。

 成程。機嫌が悪そうなのはそのせいか。


「万が一、か。急だが新人もいるからって事なんだろうな」


「でしょうね。アテにならなくなってきたから比較的安全な世界でって腹積りは予測出来るわ」


 初日で殉職しましたでは笑い話にもならん。

 はてさて上層部は何を考えていらっしゃるのか、だな。


「その辺りについて訊いておけば良かったな」


 新入り歓迎に気を取られてすっかり忘れていた。


「あの後私達で詰めたわ。調べているみたいだけど今の所理由は分からないらしい。一応の対策として今後は深度上昇を加味した人員配置をするって」


「そうか。となると多少動きが滞るかもしれないな。間に合いませんでしたとならなきゃいいが」


 破滅する世界を見るのはゴメンだからな。

 結果的に魔神勢力の発展に繋がるのではないか、包鉄はその方針に対して若干の危機感があった。


「兎に角、派遣先で何が起こるか分かったもんじゃない。貴方も十分注意して」


 皇魔は吐き捨てる様な強い口調でそう言った。


「心配してくれてるのか? 優しいねぇ」


「……するに決まってるでしょ。今まで何人死んだと思っているのよ」


 そうして言う事は済んだとヒールの踵を高鳴らしながら包鉄と擦れ違い、階段の方まで行って姿を消すのであった。

 降っているのだと示す様に音は続き段々と遠くなる。

 不器用な優しさなのか、はたまた使命感から来る焦燥か。

 

「……奴等の事は忘れてねぇよ」


 耳で捉えるのも難しい程皇魔が離れたのを感じ、包鉄はポツリとそう言葉を残した。

 飄々と気さくな面が目立つ様子から一転して、怒気の孕んだ瞳を何者にも向ける訳でもなく廊下奥に向ける。

 誰も死なせねぇよ。俺の命に替えてもな。

 そんな気持ちを胸に忍ばせて歩き、自室の扉を力強く開くのだった。

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