第6話 終生の勇者


 真白き羽が三対、背中へ召喚される。

 その場の全員に感謝を伝え勇者は舞い上がった。

 神聖なる力のままに光の膜を抜けて魔王へと突貫すると、この奥義に宿る太陽が如き熱量に気付いた様で世界にうねりを齎せながら大蛇は迫った。


「魔王!! これにて終幕だ!」


「いいや! ここから始まるのだ!」


 世を震わす返答の後、魔王の周囲に数多の魔法陣が展開され赤黒き閃光の嵐が勇者の命を削らんとする。

 知らない術だ。詠唱も介さずにあんな芸当が出来るとは。……しかし。

 女神の守護に任せただ一直線に目指した。

 はち切れんばかりの押し込められた聖気に聖剣はヒビ割れと剥離を繰り返す。

 あまり長く維持は出来ない。

 複数の殺意を防ぎ切り、そして守護の理が剥がれると同時に目の前に巨大な魔王の顔が現れる。

 元の獣的素質に所狭しと生える鱗を足した奇怪な風貌。

 最後の一撃を与えんと未練を振り切り掲げる。


「天聖極光。オーバーライト・フォーレリア!!」


 言葉に合わせ聖剣は爆発と共に砕け散る。

 聖力の髄を結集させた過剰な光の奔流が辺りに神聖を振り撒いて、魔王と煮詰めた闇の泥土を浄化させていく。

 その強烈に、有無を言わさない正義の執行。

 魔王は苦しみの声を上げる。


「勇者共がッ! 未だ行き汚く我の進化を邪魔立てするのか! 例え極光と言えど耐えられぬ道理は無いわ!!」

 

 深淵は光を飲み込み、聖光は闇を昇華させる。

 対に滅し合う両者の力は、やや深淵に有利に働いて行く。

 掛け値無く全身全霊。ただ支援を受け卵を破ろうとする魔王には僅かに届かない。

 今用意出来るありったけを持ってして、駄目なのか……ッ。

 世界の崩壊は勇者を勇者足らしめる事は無いのだろうか。


「勇者……とはッ……!!」


 口癖となっていた勇者の理想とした在り方。

 自分がそうなのだと知ってから考えない日は無かった。

 父さん。皆、見ていてくれ。

 土壇場だからこそ、それは表出する。

 私の命もくれてやる。だから、勝利という結果を。使命を果たしたと証をくれ。

 魂を上乗せて役目を終えんとする勇者頭の中に一つ言葉が漂った。


『最後に必ず勝って見せる』


 自分とは違う、自信と確固たる意志を持った惹きつけられる声色。

 その安心感に力が抜ける。


「誰の声が……」


 まるで背中を押してくれる様なそれを皮切りに、光の力が増大していく気がした。


「!? こ、これは! 何故です魔神よ! どうして!」


 魔王の焦りを含めた声が聴こえる。


「……そうだな。勝利は掴み取る物だった」

 

 願うものじゃない。

 勇者は笑い、その奔流の成すがままに。

 神聖を超える浄化の概念は砕けた地と闇を一色に染め上げた。


「光の奴隷共がぁぁぁぁ!!」


 最後に魔王の断末魔を残し、世界は聖域へと化すのであった。



⭐︎⭐︎⭐︎


 

 熱量が失われた世界へ還元し切ると、背中の羽が散り重力に従って落下する。

 何もかも失って残った物は僅か。それでも確かに約束した使命を果たせた。

 このまま落ちていく事に何も未練が無かったが……。

 抱き抱えられる感触が伝わる。


「良く頑張りましたね。勇者」


 女神の抱擁の中で世界の温かさを勇者は感じた。

 忘れていた訳ではないが、こんなに気持ちが良かったか。

 再生した地に降り立つと急速に回復を見せる有様に顔が綻んだ。

 光の粒が一面に広がって生命が蔓延っていく。

 大地を踏みしめ、そして感慨深さを感じていた。


「奪われた生命が帰って来ました。これが獣や人と戻る為にはまだ長い年月が掛かりますが、それでも此処にあるのです」


 女神は目元に涙を溜めながらそう言った。


「我々も鼻が高いですね」


 続けた旅羽と他二名もその大地に足を着けていた。

 

「活躍出来たのか疑問だけどね」


「そんな事はない」


 皇魔の卑下する言葉を横に振って否定する。

 仮に居らずとも私は全霊を持って戦っていた。

 でも結果で考えるなら聖剣の補修がされないという一点で敗北を期していたのは紛れもない事実。

 力を失ってしまった状態であの魔王に勝てる手立ては無かった。

 勇者は装いを正すと辞儀を三人に向けた。


「おいおいそんなに畏るなよ」


「いや、言わせてほしい。……心から感謝を申し上げる」


 礼は尽くしても尽くし足りない。

 顔を上げると皇魔が遠い目を向けていた。


「なら、確りと勝利を噛み締めて頂戴ね」


 その言葉に顔が綻ぶ勇者だった。


「これからどうして行くんだ?」


 包鉄は軽い口調でそう言った。


「世界の再生に努めます。幸か不幸か聖剣が砕かれた事で分割していた力も戻っていますし、一日でも早く元の姿を取り戻します。……その隣に勇者が居てくれたら嬉しいのですが」


「良いのですか?」


「はい。共に最後の務めを果たしましょう」


 私の使命もここで終わりだと思っていたが、そうか、まだ続きはあるのだな。

 全てを元通りに出来る訳ではない。だが、新たに創り治す事は出来るのだから、従事し見届けるのが最後の役目か。

 そう納得した。


「一件落着といった具合。我々も用済みですので帰りましょうか」


 一段落着いて旅羽が言葉を放つ。


「そうだな。これで次の仕事まで休暇だ」


「この世界の詠唱は面白いし、私はその解析でもしようかしらね」


 旅羽が指を鳴らすと何も無い空間上に両開きの扉が現れる。

 それはゆっくりと開き、奥はこの世界の煌々と満ちる物に負けない程光輝を放っていた。

 各々の語り口は勇者にとって疑問を感じるものだったが、尋ねるべきではないと勇者は思う。

 私にとっては一世一代の大勝負であっても彼らにとっては道すがらの事。風の様に来たりて颯の様に去るのがその在り方なのだろう。

 ならば私も知りたいと思う未練を断ち切って見送るのが正しい。

 

「さらばだ勇者達よ。また逢える事があれば必ずその礼はする」


 その誓いだけを胸に抱える。


「いいって。見返りを求めたら俺達はそう呼ばれていない。……まぁ、あれだ。元気でな」


「じゃあね女神様とこっちの勇者。取り戻せて本当に良かったわね」


 別れを告げた二人はその扉の先に姿を消して行く。


「名残惜しいですが、ブレイブカンパニーの業務はこれにて終了と致します。それでは」


 最後に旅羽は道化師の様な振る舞いで頭を垂れ扉と共に去るのだった。

 人が減ると途端に静寂がやってくるが、それでも淋しさは感じない。


「……さぁ勇者。張り切って共に世界を巡りましょう」


「はい、女神様」


 生きている限り試練は続く。この戦いを経ても尚辛さに余る事は襲うだろう。

 だがきっと、それも乗り越えて自らの正義を忘れない。

 私は……一人では無いから。

 繋がる絆がここにあるなら臆する必要は無い。

 勇者と女神の足取りは軽く、次なる使命に赴くのであった。

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