第5話 使い所


「天聖極剣。フォーレリアマーシレス」


 天聖の極技を冠する物の一つ。

 収束した光のエネルギーが聖剣を逆十字に形造り、その両端には光の帯が浮かぶ。

 聖気の消費が激しい技だ。この女神の無悲なる一撃にて、永く苦しくもあった因縁に片を付ける。

 勇者は包鉄の隙を感じさせない早撃ちの応酬に合わせて狙いを定めた。

 四肢の両断は不適切。胴か頭だが、あの太く筋肉質な腹を裂くのは如何に聖剣と言えど難儀する。

 ならば、頭だ。

 勇者が走る勢いのままに肉薄すると銃撃の雨が止む。

 大剣が自身を守る様にして伸びるが、意にも介さず振るった。

 これを待っていた!。

 勇者は更に自身の聖気を重ね掛ける

 そして接触した聖剣は金属の弾く音と共に大剣を真っ二つに圧し割った。


「何ッ!?」


 魔王の驚愕の声に傾ける間を置かず刃を返して剣筋が喉を一直線に走った。

 跳ねたその首を両の眼に写る。

 武器を粗末に扱い過ぎだ。因縁はここに収束する。

 終わったと剣を仕舞うと……。


「まだだ! 油断するな勇者!」


 包鉄の叫び声が耳に入る。

 咄嗟に魔王の転がる頭へ目をやると痛みに顔を歪ませていた。

 これで生きているのか!?。


「魔神よ! 我に更なる祝福を与えたもう!」


 懇願と怒号を孕む響き渡った言葉。

 地面の奥深くから向かってくる闇の力を感じ、首筋を撫でる圧力に勇者は距離を取った。

 これは不味い。

 足元が覚束ない振動が襲い体を落とす。

 一体何が来たるのだ。

 勇者は体勢定まらぬ身の中で竦んだ。

 地面は盛り上がる様に割れ、登る煮詰めた障気の急流が魔王の体を飲み込んだ。

 そして更なる超振動に体が浮いた。

 星が、砕かれる……!。

 闇の熱量によって吹き飛ばされた世界に三人の勇者の影が空を舞う。

 

「フハハハハ! この御導きに感謝を申し上げる! 貴様らごと全てを飲み込み、この世界から巣立いて魅せよう!」


 大地を飲み込んだ闇の大海原からうねりを上げ、大蛇の様に変貌した魔王の姿がそこに降臨する。

 人地の及ばない力を貸し与えられた、かの魔王は大津波を引き起こし濁流が勇者達へ迫った。

 あれに触れてしまえば如何に聖鎧といえど夥しい邪気に侵され砕かれる事は必至。

 しかし、この状態では……!。

 勇者は身動きの取れない空中でただそれを眺める事しか出来なかった。

 魔の手が迫るのをただ眺めるしかない状況で、崩壊した世界に際して砕かれた天の残骸は星の様に煌めいていた。

 そこから一際世を照らす彗星が落下する。


「勇者!」


 女神の姿がそこにあった。 

 変わりのない神々しい姿に勇者は思わず目を細める。

 煌煌に照らし輝く姿のままに杖を振るうと勇者達の体を光の泡で包み込んだ。

 女神様のお力。何と暖かいものか。

 まるで陽射しの掛かる草原に寝転がる様な暖かさがこの中にはあった。

 空中に漂う泡を闇の抱擁は通過するがその全てから勇者達を護る。

 波打つ様に地に帰り、聖なるままに防ぎ切った泡は三人を含め一体と成った。

 そこへ女神が合流し追う様に白スーツの男も降り立つ。


「急に規模が変わるなおい。助かったぜ」


 包鉄が息を切らせている。


「ここまでの助力を示すとはね。随分と期待された魔王だこと」


 皇魔も余裕無く腰を落としていた。

 女神は彼らの言葉に見向きもせず勇者に近寄る。


「大丈夫ですか勇者。あぁ、これ程に煤汚れてしまって……」


「お久しぶりです。しかし、何故この場に……」


 その疑問に白スーツの男が一歩前へ。


「天界が砕けたのですよ。世界の崩壊に伴って」


「貴方は……」


「『旅羽りょば』とお呼びください。そういえば、女神にも名乗っていませんでしたね」


 旅羽……法則性から言って、この勇者達の仲間だろうか。

 勇者と二人はそれぞれ立ち上がった。

 そして包鉄は維持の悪い笑みを浮かべ、皇魔は不機嫌そうに眉間を険しくする。

 やはり知り合いの様だ。

 勇者はそう思った。


「あんたが矢面に立つのはレアだな」


「ええ。鑑賞でもと思っていたら巻き込まれてしまいました」


 ヘラヘラとした笑いを見せ、それに皇魔がにじり寄った。


「折角だから協力しなさい。手に余るわよこれは」


「いやはや。私の采配ミスでもありますね。手が無いのでしたら他の勇者に応援を頼むのも有りですが」


 そう言って遠慮がちに向けた視線。

 私がどうするのかその答えを待っているのだ。


「それには及ばない。私を……あの魔王の頭上にまで上げてくれさえすれば」


 歓喜に震えトグロを巻く魔王を見据える。


「勝算があるのか?」


「任せてくれ。……この聖剣と引き換えになってしまうが、葬る手立てはある」


 極技の中の深奥。正にこの事態にうってつけとも言える。

 だがこれは借り受けた物でもある。

 女神に目を向けると優しげな表情を返した。


「後顧の憂い無く、思う存分に」


「申し訳ありません。……ここで使い果たすのが運命なのでしょう」


 聖剣を胸の前に掲げ力を込める。

 体に宿る聖気も聖鎧の加護も何もかも一色に塗り替え注ぎ込むのだ。


「天聖収束。天聖合一。天聖勇理」


 詠唱に合わせごそっと中身が抜け出る感覚。そして聖鎧の光は失われ錆び付いていく。

 ……今までありがとう。

 脳裏を過ぎる戦いの歴史。役目を終えていく友に別れを告げる。


「あの海ごと叩き返すにはもう少し足りんな」


「私も合わせれば十全ね」


 包鉄と皇魔も勇者の手に触れ聖気が注がれる。

 彼らには最早言葉も無い。何の因果か力を合わせたが私にとって利しかなかった。

 ……この礼はいつか必ず。


「残された守護の理を全て付与致します」


 女神は杖を天に掲げ、その神力が巡り朽ちた鎧の代替となる。

 それが済むと杖自体が砂を感じさせる粒子状へ変化した。


「私は旅立ちの理を権能にしています。その概念を拡大解釈して一時的に付与すれば空も飛べるはず」


 旅羽と名乗った男は指を一つ鳴らし、その人差し指の先端へ鳥の羽を模した力の結晶を顕現させる。

 そして手の形を銃身に見立て勇者に発射のポーズを取り勇者へ与えられる。

 包鉄が訝しむ瞳で旅羽を見つめている姿に思わず笑みが溢れた。

 確かに受け取りました。紳士なる者よ。

 これ以上に手札は無い。これが駄目なら潔く私も闇の藻屑と転じよう。

 聖魔の因縁にもこれで終止符が打たれる。

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