第4話 魔王の轍

 

 駆け出した足は羽根の様に軽かった。

 迸る熱意のそのままに魔王へと狙いを定める。

 彼らの協力を無駄には出来ない。私の役割は前衛にて魔王の注意を惹き、間に間に二人の援護を望みつつ喰らいつく事だ。

 そうして首元に一閃を輝かせる!。

 切先を正面に傾けた。


「獄淵隷縛。ディアボロスエンゲージ」


 魔王が自身の魔術を口にする。

 すると周囲を所狭しと蔓延っていた暗い粒子は一点に集う様な動きを見せ始めた。

 複数の事象として起きると人型を形造り密度を濃くする。

 そして黒き直剣を身に纏い、立ち上がったその影は一斉に勇者達に目掛け走り出した。

 傀儡程度で私を止められると思うな。


「ハァッ!」


 袈裟斬りに軌跡を走らせる。

 叫び声も無く霧散したそれにはまるで手応えが無い。

 二体、三体と同じく一刀に伏し、気付かぬ間に認識の外から悪意の孕んだ光球が背後を取る。

 同時に耳を劈く爆音が響いた。


「やらせねーよ。早撃ちは得意だ」


 包鉄の右手リボルバーの銃口から煙が上がっている。

 障気の傀儡と相見える最中に、その迎撃の矛先が光球に向けられていたのだ。

 援護か! 頼りになるな。

 勇者は続く影を両断して行く。 

 銃撃に晒された光球は傷口から分割する様に別れ、まるで飛ぶ虫が如く移動に速さを伴った。


「成程、分裂するのか。……まぁ関係ないがな」


 続けて左右の弾丸を浴びせ光球は四つに。そして八つと倍々式に数を増やすが、撃ち漏らす事は無く正確に全てを撃ち砕く。

 リズム良く楽しんでいるかの様な振る舞いに余裕が垣間見えた。

 

「下がって」


「はいよ」


 鉄火に焼けた銃身を軽く振って退くと、続いて皇魔の姿が出でる。


「クリア・アーカイブス」


 反響する様な声色の後、数多の光球の下に薄白色の開いた本が顕現する。

 ページで包み込む様に綴じると光球は途端に霧散する。

 本の装いをする聖気が空気に溶け、辺りには水滴が光に乱反射する景色を残した。

 その余波に当てられた傀儡の幾体かが消滅する程だ。

 勇者はこの様子を切り伏せながら目の端で映していた。

 中衛と後衛のバランスの良いパーティだ。女神様はその辺りの相性も考えて下さったのですね。

 更に数体を切り裂きそのまま目前の魔王へ斬りかかる。


「魔王!」


 体格に見合うようになった大剣は易々と聖剣を受け止めるが、一際光輝を照らし出すとその刃先に聖剣が食い込む。

 素晴らしい切れ味。回復は上々。


「緩いわ!」


 弾き返される聖剣。

 そして剣と剣の応酬が始まる。


「天聖乱剣。カラーズライト!」


 鎧に込められた各種の宝石が聖気により輝きを見せ、その剣戟は振り抜いた別の角度から幻光に創られた宝剣を連続させる。

 手数の増えた勇者の猛攻。捌く魔王の大剣には傷が重なって行く。

 変化し、悪辣を思うがままに解放する魔王。そして聖剣としての力を如何なく発揮させる勇者。

 両者は拮抗にあったが、装備の性能が勇者を優勢へと押し上げる。

 カラーズライトにより自身の幻光を創り出すと真横に一足分飛び出てその手を高く掲げた。


「天聖轟剣。コールライトニング」


 纏う聖気が稲妻へと置換され、雷の付与が帯びた一撃を叩き込む。

 勇者は確かな感触を刃先に掴む。

 雷鳴の轟きは伝播し、砂煙が上がり電光の瞬きを残らせた。

 余波は手元にも帰り多少の稲妻を侍らせる。

 この程度で倒し切れるのであれば、私の使命は揺らぎが無かった。

 油断は微塵も見せずにいた。


「獄淵連掌。ディアボロスレッドライン」


 怖気の立つ声色と共に視界を切る悪魔の腕が勇者目掛け飛び込んだ。

 やはりな!。

 聖剣でそれを弾き、その先の魔王へ更なる一撃を浴びせるため踏み込むが、聖剣の固まりに足を止める。

 刃の峰に目を向けるとその腕と接触した聖剣に肉が巻き付いていた。

 意地の悪い術を。

 そう思っていると間髪入れずに二つの銃声がこだまして一瞬の閃光と共にその肉が剥げる。

 包鉄の勇者の援護。

 その正確な射撃により自由を得る。

 見越していたかの様に悪魔の腕が十数と続き、途端に勇者は身を屈めて受ける態勢を取った。


「天……」

 

 いや、詠唱している暇はない。

 ならば全て--。

 暴腕に耐える心持ちでいると。


「セブンシールアーカイブス」


 その高い声が響き、本を模る聖気のエネルギー体が一本一本の腕を挟み取った。

 空間に杭を打たれたかの様に動きを失い、這うように飛び出る鎖に巻き取られる。

 その隙を見逃さず勇者は腕の全てを切り捨てた。

 

「忌々しい勇者共め!」


 そして煙が晴れると同時に魔王の巨体が姿を現し勇者の体を両断すべくか横凪の大剣が襲った。

 間一髪で鍔を合わせたが、その暴力は軽々しく身体を吹き飛ばした。

 

「がは……ッ」


「勇者!」


 地面に転ばせながら包鉄の呼び声が過ぎ去った。

 

「大、丈夫だッ!」

 

 間髪入れずに立ち上がり、追撃に姿を見せた傀儡に対処する。

 想像していた以上に傷が薄い。聖鎧の守りに助けられたか。

 それに--。

 勇者は一つ気付いた事があった。


「獄淵炎撃。ディアボロスインフェルノ!」


「ライフブリングアーカイブス!」


 地獄の猛火と生命を運ぶ水流が激しく衝突する。

 相反する要素は互いを食い合う。

 私の補填を彼らがしてくれている。申し訳ない!。

 勇者は走り出した。


「皇魔! 今度はあんたが下がれ!」


 前に躍り出た包鉄は右腕を直線に据えて弾丸を放った。

 その反動は腕を高く跳ね上げ体を仰け反らせる。

 先の連射とは異なる重苦しい銃撃は二種の魔法を貫通し魔王の肩部を丸々抉り取った。

 その痛みからか魔王は呻き声を上げた。


「獄淵命与ッ。ディアボロスブラッドロップ!」


 そして言い捨てた呪文。

 肉が再生する形で効果を発揮し、筋肉質な腕は元の姿を取り戻した。

 回復呪文。使えるのか魔王が。

 勇者は驚きを隠せなかった。


「チッ。魔王の癖に狡い事するんじゃねぇよ」


「一対三は卑怯と言わんのか」


 包鉄はその言葉に鳩が豆鉄砲を食ったような顔を浮かべた。


「お前が先に始めた事だろうがッ!」


 そして銃撃を続けるのだった。

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