第3話 『包鉄』と『皇魔』


「貴方達は……」


 勇者は取り巻く聖気の奔流を体内に回帰させる。

 この地の生命は私を除いて絶えた筈。

 それなのに如何して、何処からやって来たのか。

 勇者はこの土壇場に現れた彼と、そして後ろから軽い足取りに現れた彼女を訝しんだ。


「俺は『包鉄ほうてつ』の勇者。数多存在する別世界の一つでその任を終えた者だ。今は派遣勇者として、こうやって力を貸している」


「私は『皇魔こうま』の勇者。……付き添いのつもりだったけど、出張らなきゃ駄目そうね」


 銃を携える者に続いた、蒼き魔法衣に身を包んだ白髪に無表情の女性。肩まで広がる帽子はその力量を暗に表す。

 見るからに魔法使いとしての装いではあるが、その手の杖は酷く年季が入って柄の表皮が所々剥がれている。

 しかし内部に宿るであろうものは勇者に冷や汗をかかせる物だ。

 包鉄。皇魔。一体彼らは何者なんだ。

 突如舞い降りたこの事態に勇者の理解は追いつかない。


「勇者よ……聞こえますか……」


「この声は、女神様……?」


 空に反響する聴き慣れた声色が耳に入った。

 幾度と無く助言を与えて頂いた。そして、私が私である事の証明をしてくれた天の主。

 この惨事に繋がりは断ち切れたと思っていたが、まだ、見守って下さっていたのか。

 不甲斐無さに思わず目頭が熱くなる。


「この度魔王の状況を鑑みて、彼ら他の勇者の力を借り受けました。力量は貴方と同等、若しくはそれ以上。……貴方の決意に泥をかける様な真似をして申し訳ありません」


 女神の言葉に勇者の顔が曇る。

 仕方のない事だ。この体たらくで、何を不平など口に出来るものか。


「私は勇者として失格です。最後の戦いに於いても貴女のお手を煩わせる事しか出来ない」


 情け無さに身が潰れる思いだ。


「決してそんな事はありません。これは謂わば……私の我儘です。使命に殉じて魂を散らせるのが正しい行いなのか、問い掛けてきた者がいた。……貴方に死んでほしくは無いのです最後の勇者よ」


 慈愛と少しの影が含まれた語り口には、女神も苦渋の上で決断した事なのだと示していた。

 惜しいと感じる程私の命を価値のある物だと思って頂いている。

 そして同じく使命を成し遂げて欲しいと胸を詰まらせている。

 女神フォーレリアの感情が錆の残る聖剣から伝わって来た。


「私は……」


「分かるよ、あんたの気持ちは。使命を受けてから積み重ねた研鑽の歴史。その末路がこれじゃあな。でも、悲観に暮れようと自罰は要らない。だからな」


 被せる様にした包鉄の言葉。

 例外。その言葉が耳に止まる。


「突然に力を付けた魔王の勢力と戦って来ておかしく思う事は無かった? 彼奴は他人の袴で相撲を取っているのよ。反則も反則よ」


 皇魔はそう言って杖の先を魔王に向ける。 

 確かに順調だった旅がある日突然厳しいものへ変貌した。

 あの魔王が持つ強大な力は他者から与えられたと言うのか。

 勇者は満ち満ちる暗黒の奔流に絶句した。

 彼等が現れてから一寸とも動きを見せなかったが、矛先に向けられたのを皮切りに鼻息を吐く。

 

「話は済んだようだな」


「へっ。この世界の魔王は随分と余裕があるな。警戒して損したぜ」


 包鉄は両手のリボルバーのシリンダー部を押し出して軽く回すと手首のしなりでそれを嵌める。

 軽快な金属音が踊った。


「我が深淵の主から力を授かる為のただ一つの条件、それは天から来る勇者の軍勢を打ち滅ぼす事にある。貴様等の到来こそが真の目的だ。……勇者が手を取っていれば尚の事簡単に済んだのだが」


 あの会話はこの状況を見越した上で。

 聖剣を握る力が増す。


「……些事だと言うのか、これが」


「如何にも。この功績を捧げ、我は更なる高みへと昇り詰める」


「何万、何億では済まない生命が無に帰して、それが前座でしかないと? 何処まで私をおちょくる気だ魔王!!」


「命なぞ、足下で崩れる土塊よ」


「貴様!!!」


 勇者の怒りに呼応するが如くその聖気が荒々しく沸き立つ。

 この激情は物言えぬ世界の代理だ。

 犠牲に対し唾を吐く様な所業。あれだけは生かしておけないとそう叫んでいる。

 だが燃え狂う心とは裏腹に頭は冷えていた。

 経験から成されたものかは露知らず、それでも冷静に聖剣の状態が良くなっていると察知する。

 『包鉄』と『皇魔』。彼らの生命はきっとこの世界のものとしてカウントされた。

 更には二人が聖剣フォーレリアを理解し、足す形で聖気を補っていたのだ。

 錆は払拭され勇者の鎧と相応しい白銀の刀身を垣間見せている。

 初めて感じる種類の聖気が聖剣の中に揺蕩っていた。

 知らない間になんて気の利く事だ。信用に値しない私へわざわざ歩み寄ってくれた。

 と暗に伝え、煮え切らなかったこの背中を押してくれたのだ。


「行ってこい。依然、メインはお前さ」


「あぁ。不甲斐無い私に力を貸してくれ勇者達よ! 此奴だけは必ず倒さねばならない!」


 今の聖剣ならばあの聖技にも耐えうる。

 一刀に伏す時宜を見定め、そこに全力を込め葬る。

 この二人が居るなら可能だと信じられる。

 勇者は聖剣を構え直すとしっかりと目の前の魔王を見据えた。


「正しき怒りに任せ剣を振るう。そんな気持ちが懐かしいわね」

 

 皇魔がそう口にする。


「失くしたのか?」


「そんな訳ないじゃない。……ただ抑えるのが上手くなっただけよ」


 そうして帽子の鍔を軽く掴み杖を斜めに構えた。

 鋭く突く様な瞳を伸ばす。

 包鉄はその様子に一瞬小さく笑いリボルバーの銃身低く魔王に向くのだった。

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