第45話 誘拐事件 ※



 私はキャニング・K・ロビィーナ。


五大筆頭貴族の一つである[滅子爵]現当主の兄、カースティル・K・ロビィーナの実の弟である。


 私は年に一度だけ開かれる、魔道具のコンクール大会の審査長を務める為、少し歳の離れた妻、タニアと娘のマリンと共に帝国ホテルに宿泊していた。


 兄上の屋敷に泊まってもよかったのだが、旅行気分を味わいたいという娘の我儘に負けてしまった。


 だがそれは間違いだったと、今なら断言できる。


 まさか、タニアが少し目を離した隙に、マリンが川に落ちるだなんて……。


 もしマリンが助からなかったら……いや、こんな仮定の話をしても意味はないか……。


 黒仮面卿……か。

 

 今までは、私には一生縁のない存在だと思っていたが……どうやら考えを改めなければならない様だ。


 彼には借りが出来てしまったな。


 おっと、そろそろコンクール会場に行かねばな。

 出場者との打ち合わせもしなければならないしな。


 娘と妻にも更に護衛をつけなければ……なんとも忙しい日だ。






♦︎

 

 


 『パステル君、確か次の出場者が最後だったかな?』


 『はい。しかも例のを提出する二人になります。キャニング様』


 コンクール会場に着いた私は、朝から、出品される魔道具の確認や、有望な出品者に直に対応したりと、目まぐるしく動いていた。


 本来なら全て部下に任せてもいいのだが、このコンクール大会の成否には、兄上の顔が掛かっているからな。


 毎年胃が痛むよ、ハハハ。


 『そうか……、例のの提出者か。これはまた、胃が痛くなるなパステル君。ハハハハハ』


 『笑い事ではありませんよ、キャニング様。今や帝国中の、大物と呼ばれる貴族には、注目の的のお二人ですから。丁寧に対応しなければなりませんね』

 

 『確かにな。よし、私が直々に対応しようじゃないか。間違いがあってはいかんからな』


 『それがよろしいかと。………キャニング様、噂をすればなんとやら。どうやら例の二人が到着されたとの事です』


 部下から報告受けたパステル君が、私にも伝達してくれる。

 

 『分かった、直ぐに向おう。パステル君も着いた来てくれたまえ』


 私とパステル君がコンクール会場のエントランスに向かうと、女性の係員に応対されている、くだんの二人…いや三人が居た。


 『君、私が変わるよ、ご苦労だったね』


 声をかけられた女性の係員は、急に現れた私に驚き、丁寧お辞儀して去っていった。


 『ベルハット様、クロード様、そしてそちらの麗しのレディも、ようこそおいで下さいました。此方のお方はキャニング・K・ロビィーナ様になります』


 『紹介に預かった、キャニングだ。今大会の審査長兼、最高責任者を務めている。宜しく頼むよ』


 「お、俺…いや私はクロードです!本日は宜しくお願いします!」


 「私はネルネル・ベルハットです。今年も宜しくお願いしますね。キャニング・K・ロビィーナ様」


 薄紫色の髪の女性が丁寧に自己紹介をしてくれる。


 今年も……?ああ、そういえば毎年参加してくれていた様な気がするな。


 『ああ、此方こそ宜しく頼む。ネルネル君だったな?今年は素晴らしい物を作ったみたいだな。帝国中が大騒ぎだよ。……そしてそちらの女性は?』


 「申し遅れました。私は二人の同僚兼、護衛を務めております、グレース・ピースフィールドです」


 『これはまた美しい護衛もいた物だ。二人が羨ましいね。では早速だが、当日の流れを説明させて貰おう。パステル君、頼むよ』


 『はい、キャニング様。申し遅れました、私はパステル・カラードと申します。では、クロード様、ベルハット様、ピースフィールド様、当日の流れ、及び当施設の説明を……』


 パステル君が私に代わり、説明をしてくれる。


 やはり、優秀な部下は何人いてもいいな。


 それから小一時間に渡る、説明も終わり、後は三人を見送る為にまたエントランスに降りて来た所だ。


 「キャニングさん、パステルさん、今日はありがとうございました!当日も宜しくお願いします」


 ふむ、このクロードと言う子は、まだ若いし一見平凡そうに見えるが、の制作に携わるくらいだ…優秀なのだろうな。


 『いやいや、クロード君、お願いするのは私共の方だよ。当日は遅刻しない様に頼むよ。ハハハハハ。そちらのレディのお二人もね』


 「はい、ご期待に添える様に、誠心誠意勤めま……」


 『キャニング様ーー!大変です!お嬢様が!』


 馬鹿者が!大事なゲストの前でなんたる醜態!

 即刻クビにしてやる!


 『パステル!』

 

 『はっ!私にお任せ下さい、キャニング様。そこのあなた少しこちらへ……』


 「あの、大丈夫でしょうか?何か事件でもあったんじゃ……」


 『いやーー!部下がみっともない所を見せてしまったな、申し訳なかった。後はこちらで対処する故、ここらで失礼させて頂くよ』

 

 私の有無を言わせない態度に、三人は大人しく帰ってくれた。


 さて、この私に恥をかかせた愚か者の処罰をせねばならんな。


 ん?なにやらパステル君が青くなっているな。

 一体何があったと言うんだ。


 『パステル君、そんな深刻そうな顔してどうしたんだい?それと貴様、先程の不様な醜態の責任を……』


 『キャニング様……落ち着いて聞いて下さい。お嬢様が……マリン様が攫われました……』


 なんだ、そんな事か。

 パステル君も冗談が上手いな。


 『パステル君、マリンが皿の一枚や二枚割った所で痛くも痒くもないさ。ハハハハハ!』


 『違います!皿割れたではありません!攫われたです!誘拐されたのですよ!しっかりして下さいませ!』


 皿割れたではない?誘拐?何を馬鹿な事を!


 『だ、誰だ!私の宝を奪った愚か者は!何処のどいつだ!パステル!』


 『今は、まだ何の情報もありません。金目的か、それともキャニング様に恨みを持つ者の仕業か、はたまた魔道具コンクールの関係か……。とりあえず攫ったからには、犯人側から何か要求があるはずです』


 そ、そうだな。私が冷静さを失っては救える者も救えんは!


 『パステル君……相手が何を要求して来ても直ぐに対応できる様に、金、物、全てを用意しておきなさい。それと兄上にも報告を……』


 『畏まりました……全て、私にお任せ下さい』

 

 兄上もマリンを我が子の様に可愛がってくれた。

 必ずや手を貸してくれるだろう。


 そうだ!妻のタニアや護衛はどうなったのだ!?


 『パステル君!妻は何処にいるのだ!?それにマリンに付けていた護衛は何をしていたんだ!』


 『奥様は、お嬢様が攫われたショックで気絶なされたそうです。今は医療機関の方に……。護衛は残念ながら……』


 そうか……妻は無事か。

 

 護衛は死んだのか……。

 私の優秀な護衛を倒すとはな……。


 ゆ、許せん![滅子爵]家を舐めた報いは必ず受けさせてやるわ!


 塵一つ残さず"滅"してくれる!!


 

 

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