第42話 裏切り


 「ふぁ〜…眠い…」

 

 私はクロードと別れ、眠気のせいでまだ覚醒していない体を引き摺りながら、2号室に向かって歩いていた。


 (たった数時間の部屋代に、金貨を数十枚も使うなんて…金持ちの考える事は分からないな…。)


 それから無駄に広い魔空艇を数分間歩き続けると、やっと一桁台客室がある通路の入り口に辿り着いた。


 「…君。チケットの確認を頼むよ…。早く眠りたいんだ」


 私は入り口前で仁王立ちしている黒服に、チケットを差し出した。


 『……確認が取れました。2号室のベルハット様ですね。…お手紙を預かっております。こちらで御座います。』


 手紙?一体誰から…。


 私は渡された手紙を乱暴に開き、中を確認する。

 

 中には一言だけ…"7号室で待つ"と書かれていた。


 「…あー、ちょっといいかな黒服くん。もう少ししたら、私と同じ2号室の連れが来るんだが…手紙の事は内緒にしてくれるかい?」


 『VIPのお客様…私共の仕事は、チケットの確認とVIPの安全を守る事だけで御座います。手紙とは何の事でしょう?』


 流石に高い金貨を払ってるだけの事はあるか…。


 「いや…私の勘違いだ。では通らせてもらうよ」


 『はい…お通り下さい。此方が2号室の鍵になります。無くさない様にお願い致します…では良き空の旅を』


入り口を通った私は、2号室ではなく、手紙にあった7号室に足早で向かっていた。


 眠気はもう何処かに行ってしまったみたいだ。


 (まさか…このタイミングで接触してくるとはな…クロードは怒るだろうな…。)


 流石のVIPルームと言ったところか、一部屋、一部屋が広いため、7号室に着くまで結構な距離を歩く羽目になった。


 7号室に着いた私は二度ほどノックをして、反応を待つ。


 『………誰だ。』


 「…魔力の加護がありますように…。」


 私の言葉に反応して、扉の鍵が開く音が聞こえた。


 『………入れ。』


 私は素直にその言葉に従い、7号室の中へ入って行く。


 その目を見張るような豪華な部屋に、青と緑のローブに身を包んだ、初老の男性がワインをたしなんでいた。


 『良く来てくれた…早速例の物を見せてくれないか…?』


 私は旅行用のバッグに忍ばせていた、リングの設計図とリングの試作品を取り出した。


 どちらも私が複製した物だ。


 「朝からワインとは…いいご身分ですね…sir.アレハンドロ。…此方が"影"に報告したリングと…その設計図になります」


 『フハハハ…そう邪険にするでない…。[神公爵]領の厳選された葡萄から作られた、最高級品だそうだ…。君も一杯飲んでみるといい…。そしてこれが……』


 sir.アレハンドロはリングと設計図を食い入る様に見ている。


 しかし、クロードがいつ戻って来るか分からない私は、こんな悠長にしている暇はない。


 「sir.…用件はこれだけでしょうか?なら私はおいとまさせてもらいますが…。なにせ連れがいるものでしてね…」


 『……ベルハット…これは素晴らしい物だ…。これがあれば君の復讐も必ずや遂行される事だろう…。期待して待っているといい。それに君の連れは、[王水]と[炎姫]が応対している…まだ来ないさ』


 馬鹿な![王水]と[炎姫]だと!何故そんな大物がクロードに…。


 「sir.…。彼は…クロードは善良なる一般帝民です。彼に何をする気ですか…?」


 私の声は普段より冷たい物になっている。


 『なに……彼もこのリングの制作に携わっているらしいじゃないか…。そんな人物の素行や人となりを調べるのは当然の事だろう…違うかベルハット?』


 「それは…ですが彼は最近まで絶対魔法主義者マギアイストについて何も知らなかったのです…。そんな彼にちょっかいや危害を加える行為は、絶対にやめて頂きたい!」


 クロードはタダの会社の後輩だが…コイツらにちょっかいを出されるのが、こんなに腹が立つとは…。

 

 『…あの触れる者全てを傷つけていたお前が…随分優しくなったものだな。安心しろ…今すぐどうこうと言う話ではない。今回は接触を持つ様、指示しただけだ』


 思春期か!私にそんな時期はない…ちょっとしか無い!


 「…そうですか…。失礼な物言いをして申し訳ありませんでした…sir.アレハンドロ…。では私はこれで失礼……魔空艇が揺れていませんか?」


 『ふむ……どうやら気のせいでは無い様だな。この揺れ…魔物や風によるものではないな。』


 「はい…この小刻みな振動がずっと続くこの感じ…恐らく制御装置あたりに不具合が出たのかと…。」


 魔空艇には専属の魔導技師が乗っている。

 対処出来るくらいのものならいいのだが…。


 その時魔空艇の緊急用の大音量スピーカーから、放送がなり始めた。


 『揺れに注意して、部屋で待機せよか…マニュアルだな。これは最悪を想定して行動した方が良いかも知れんな…。』


 同感だ…緊急用の放送をした時点で、余程の事が起こったと言う事だ。


 そうだ、クロードが心配だ…一度合流しなければ…。


 「sir.私は一度クロードと合流するため、自分の部屋に帰ります。鍵も私が持ってますし、何より私が部屋にいなと不審に思われ…な、なにを!」


 sir.アレハンドロは私の手首を掴み、何やら詠唱を始めている。


 『映せ写せ移せ…ベニスの鏡…原初の鏡よ…過去…未来…裏世界の全てを写せ…我、求むるは[跳魔]の力![能力投影アマルガム!』


 sir.アレハンドロが作り出した鏡に[跳魔]エヴァ・フランメの姿が映し出される。


 その鏡はsir.アレハンドロの胸辺りに取り込まれていった。


 『固有魔法[跳兎サルタトレス]!すまないね、ベルハット…。リングの製法を知ってる人物を二人も同時に失う訳にはいかないのだよ…跳べ!』


 sir.アレハンドロが転移の魔法を使い、魔空艇の外に着地した。


 どうやら森の中だったらしく、魔空艇の様子が全く見えない。


 sir.アレハンドロはまた転移して、魔空艇の様子を見渡せそうな山の頂上に降り立った。


 「てっきりアジトに真っ直ぐ連れてかれると思いましたが…なにか未練でも?」


 『なに…まだ落ちると決まった訳ではないと思ってな。私の早とちりなら、君にはまた魔空艇に戻って貰うつもりだ。帝都にいる仲間は多い方がいいからな』


 そんな会話していると、ありえない角度で急上昇し出した魔空艇が、激しく火を噴き出して爆発した。


 だが、さっきから魔空艇の側に人の様なものが飛んでいるのは気のせいか?


 「これは…魔空艇は完全に制御不能ですね。sir.アレハンドロ…お願いがあります。私はどうなってもいいので…私の連れ…クロードもここへ転移させて貰えませんか?代金は私の命で…」


 『まぁ、待ちたまえよベルハット。見てみろ…魔空艇に奇跡様が降り立ったみたいだぞ?』


 奇跡…?何を馬鹿な事を…あれは…黒仮面卿?


 まさかまた奇跡を起こすつもりか!

 三年前のアンフュスバエナの奇跡の再来を!


 真っ逆様に落ちて行く魔空艇に余裕で追いつき、魔空艇を水平にしたかと思うと、あっという間に落下を食い止め、そのまま飛び始めてしまった。


 『フハハハ!見よベルハット!あれこそ神の使いよ!欲しい欲しい欲しい!我が鏡にその全てを写させて欲しい!フハハハハハハ!』


 sir.アレハンドロがここまで興奮している姿を見た事があっただろうか…。


 「sir.アレハンドロ…。落下は食い止められた様です。私を船に戻して下さい。今ならまだ誤魔化せます」


 『ああ…すまない…我を見失っていたよ。そうだな…君を船に戻そう。跳べ!』


 突如として襲って来る浮遊感によって、さっきまでいた7号室に戻ってきた事を実感する。


 綺麗に調度品が並べられていた部屋が、今は物が散乱し、最高級品のワインも全て床のシミになった様だ。


 「それでは今度こそ失礼します。…そういえば[王水]と[炎姫]は一緒に転移しなくて良かったのですか?あのまま落下したら死んでいたのでは?」


 『………忘れてた。いやいや、あの二人が魔空艇が落下したくらいで死ぬ訳なかろう!さぁ早く行きなさいベルハット!』


 誤魔化したなこの爺さん…。


 いや今はクロードだ!


 私はすぐに部屋を飛び出し、2号室に向かう。

 他のVIPルームの客達もデッキに向かって歩いている様だ。


 2号室に着いた私はすぐに鍵を使いドアを開けるが、クロードはいない。


 (私の馬鹿!鍵は私が持ってるんだから当たり前じゃない!)


 もしかしたら、皆んなと一緒にデッキに向かったのかもと思い、私も足を急がせる。


 途中、さっきまで喋っていた黒服が気絶しているのが見えたが、私の足は止まらなかった。


 しかし、何処を見渡してもクロードの姿は見えなかった。

 私は人の波に飲まれ、強制的にデッキに向かう羽目になってしまった。


 デッキに上がると、黒仮面卿が飛んでいるのが見えた。

 

 命を救われた客達は、皆一様に賛辞の言葉や、崇拝してる者まで現れる始末だ。


 かくいう私も、とても感謝している一人だ。


 「貴方のおかげでまだ少しだけ<ジャック>にいられるよ…」


 て言うかクロードは何処いったんだよー!


 クロードの馬鹿ー!

 


 

 


 



 

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